3-7:全てはこの時のために 僕にとっての都合の良い嘘
因果は巡るとでも言うのだろうか。ある世界で起こった事は他の世界でも起こる。僕と依城さんはどんなルートを使っていても何処かで出会うし、依城さんとは必ず死に別れるし、そして朱天は毎回毎回・・・なぜか僕の左腕を持っていく。どんなに対策を打っても、僕が朱天を圧倒している時でも、何があっても左腕は必ず持っていかれる。
もちろん原因は分かっている。無数の僕達の起点である『一番最初にこれを始めた僕』、その『僕』が観測した事象が他の世界でも同じように起こっている。ただ、それだけの事。
途中で他の世界と違う事をしていても、世界が起こるべき事象の集約を行ってしまう。これを避けるのは非常に難しい。何か世界の仕組みを誤魔化すような一手が必要になるわけだけど、当然の事ながら、そんなの簡単に用意出来るわけもない。今回は駄目元で新武装として小手を用意してもらったけど・・・やっぱり防げなかった。とは言え、これも予想通りの動きではあるのだけど。
朱天に左腕を切断された直後、僕は後ろに大きく飛び退き回復に集中した。動けなくなる事だけは絶対に避けないといけないから。
そのための時間稼ぎには事前の仕込みに活躍してもらう。退避した僕に取り残され、未だ宙を舞う左腕、それに仕込んでおいた術式が自動で発動する。体と一定距離以上離れた際に発動するようにしていた所謂『自爆系の魔術』。発動条件が異常に嫌らしいけど、これが一番シンプルで確実。
『霊子の動きを妨害する波的な物』が左腕から爆発的に広がる。魔術師なら魔術がうまく使えなくなるし、霊子の塊みたいな奴なら体の制御そのものが不自由になる。
ほら、朱天が膝をついてる!やっほい!効果は抜群だ!!綺麗に嵌って実に気持ちが良い!!ざまぁみろって感じ!!
まぁ・・・僕は片手になって戦力激減だけど。術式の中心にある左腕は何をどうやっても修復不可能だろうし・・・さようなら、いままでありがとう。
そんな事を考えながらも朱天が立ち直る前に血を止め、断面を簡易治療。とりあえずは戦闘機動が取れるように状態を立て直す。そして、立ち位置をずらし、万が一にも依城さんが戦闘の余波で傷つく事が無いようにする。
この状態になった朱天は、理由は知らないけど、何故か僕ばかり執拗に狙ってくるようになる。その特性を活かして「依城さんの安全を確保しつつ、僕も出来る限り死なないように頑張りつつ朱天を撃退する」ってのが今からのプラン。
どう考えても無理ゲー。でも、そのどうしようもないハードルをクリアする方法は既に用意してある。だから決して不可能な道のりというわけではない。ただ難度が高いだけ。
左腕の治療を終えたクロが次の仕込みの準備を始める。
僕が行う事は結局のところ先と同じ。クロが状況を打開する手段を用意するための時間稼ぎ。次に使う術式は細かい指定が必要で、僕だけでは戦闘中に発動出来ない・・・脳筋だから出来ないわけじゃないよ?本当だよ?雑な術式ならすぐにでも使えるし。
霊子の乱れから立ち直った朱天が、こちらに再度その鬼のような面で覆われた顔を向けた。
なんとなく怒っているような雰囲気。「騙し討ちとはなんと卑怯な!」みたいな感じだろうか?いや知らないよ?ただの妄想だよ。朱天と話をした事なんかないし。それに怒られたところで僕は武士でも剣士でも無いから知ったこっちゃないし。あくまで僕は魔術師だから。偏見かも知れないけど卑怯上等っす。
今度はこちらから斬りかかる。主導権を渡したままってのもムカつくから。
一息に距離を詰め、僕が出せる最高速で朱天に一撃を加えようと試みる。
加減を止めた僕の横薙ぎの一撃を朱天がギリギリで受け止めた。
肉体強化による限界を遥かに超えた動きで腕の筋肉や骨が損傷するも瞬時に回復、そしてまた朱天に受け止められた衝撃で破壊され回復する。
これだけ頑張っても受け止められるだけってのは残念だけど、いつもの姿に戻った朱天に対しても僕の性能がそれなりに通用する事は確認出来た。
今までは依城さんに怪我をさせる事を恐れて速度や力、それに攻撃手段にも制限をかけていた。が、分離に成功した今や何も遠慮する必要は無い。何をしても良いし、どんな損傷を負わせても良い。もちろん、クロの準備を待たずに倒してしまったところで問題も無い。やりたい放題だ。
早速、僕の攻撃を受け止め硬直中の朱天に追撃をかける。もちろん、魔術師らしい追撃を。
朱天は僕の一撃を刀で受け止めて踏ん張っている状態。だから、その足元の地面を空間魔術で圧縮する。
ほんの一瞬だが力のバランスが崩れ朱天の体勢が揺らぐ。
喉元を狙って蜘蛛の刀を翻す。短刀の利点は小回りと速度。どうせ正面からぶつかっても力じゃ勝てない。だから、出来るところで出来る事をやった方が勝率は高い。
朱天が上体を逸らし紙一重で刃を避ける。
だが、こんな見え透いた一撃がうまく決まるとは僕も考えていない。
狙いはその後だ。
影法師の時と違い、鎧姿になってくれたおかげで動きが読みやすい。関節の可動域が分かるだけで攻撃も回避も『何処まで、どう動くか』が推測出来る。足運びを見るだけで『体重を何処にかけているか』が理解出来る。僕の、いや色々な世界の僕達の経験を反映すれば・・・今の僕は朱天の『天敵』として存在する事が出来る。
だから、予定通りに次の一撃を当てる事が出来た。
避けられた刃を引き戻しつつの軽い一撃。鎧の胸元を軽く傷つけるような一撃。
これ自体に具体的なダメージは無い。たかが、かすり傷。だが、僕のやりたい事には、これだけで十分に事足りる。
『術式展開』
加速した意識の中で独りそう呟く。
クロが展開する術式と比べれば小規模だが、斬りつけた場所を中心に見慣れた赤い帯のような物が発生した。
そう、神だか英霊だか知らないけど、今の朱天は所詮霊子の塊で、魔力で存在を支えているだけのモノに過ぎない。だから魔力さえ抜けば勝負はつく。わざわざ向こうが得意の剣技で削り合う必要なんて僕には無い。
朱天が驚いたかのようなリアクションを取っている、木偶のくせに。だが、もちろん、このまま悠長に魔術の効果が出るのを待っていたりはしない。
朱天の体の左側に回り込み、刀で追い打ちを加える・・・が、不意に朱天の左手に小太刀が現れ、その一撃は防がれた。
朱天の膝が大きくたわむ。全身のバネを使う、その予兆。空間魔術で足場を崩すような暇も無く、朱天の体が大きくその場で回転した。両手を大きく広げ、左右二刀で薙ぎ払うような斬撃。
当然、受け止める事も受け流す事も不可能。馬力の差はいかんともし難いから。
仕方なしに再び距離を空けた。
朱天はその隙に胸に張り付いた赤い帯のような魔術を力づくで毟り取る。って、そんな風に解除されるとか・・・自分の目では初めて見たけど、結構新鮮。まぁ、少しとは言え魔力も抜けたし、時間も十分に稼げたしで、目標は達成出来たから別にどうでもいいんだけど。
ここからは幾度も繰り返された必勝パターンを繰り返すだけ。もし可能であれば出来る限り怪我もしないように・・・と思わないでもない。それは流石に難しいかも知れないけど。
『始めるよ、クロ』
『はいさー、対象と効果の指定範囲はバッチリよ!やっちゃって!!』
そして、僕は世界に宣言する。
『これは何者をも切り裂く刃である』
僕の持つ蜘蛛の刃を、何者をも、それこそ『神』でさえも切り裂く刃であると、世界に『誤認』させる。
たとえ並行世界であったとしても既に観測された事象であるならば、世界はそれを再現しようとする。帳尻を合わせようとしてしまう。これは、その特性を悪用した僕だけの魔術。
世界そのものを変えるのではなく、僕の観測内容を『捏造』し、僕にとって都合の良い嘘を世界に再現させる魔術。理屈の上では魔力さえ供給する事が出来るならば、大概の事は実現出来る。だが、当然の事ながら人間の理解を超える事象を捏造する事は困難を極め、また苦労して成功させたところで一瞬で世界に修正され『嘘』は消えてしまう。
だから、捏造する事象は単純で分かりやすいものを選ぶ必要がある。そして、もちろん、今回のケースでは「朱天の強みを潰す事が出来るもの」である事も最低限必要になる。
『マスター、刀の状態は安定してるわ。あと少しだから頑張って』
『おうよ、ここまで来たら後は余裕な!任せとけ!』
僕の結界のせいで朱天もいくらか強くなっているようだけど、無数の世界で僕達が鍛え上げ続けた対朱天用の魔術に抗える程では無い。
だから・・・
だから、もう少しだけ待ってて。




