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猫と僕と知らない世界  作者: シマタロウ
第一部4章:猫と僕と知らない世界

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3-6:全てはこの時のために 見慣れた姿と反撃の始まり

『マスター!速く補充して!!結界が崩れちゃう!!』


 頭の中にクロの焦った声が響き渡る。それを聞きながら僕は一つ、また一つと魔力結晶を砕いて行く。だが、砕いた傍から魔力がドンドコ流出していって治まる気配が全く無い。


『一体なんなのよ!!』


 クロは結界の制御に必死。その一方で比較的余裕のある僕は大体の事情を察する事が出来た。魔力の大幅流出が発生した瞬間から朱天の動きが止まってるんよね、機能不全を起こしたみたいにピタリと。


『マスター!次!!』


 もう一つ魔力結晶を砕く。と言うか、マジ半端ないペースよね。何やってるんだろう?結局、動きもしない朱天に睨みを聞かせながら結晶を追加で2個砕いた。


『なんなのよ。結界の制御だけでも大変なのになんて事をしてくれるのよ』


『ほら、そう言わずにさ、これやってるの依城さんだろうし。指輪を起点にした魔力の通り道が使われてるから』


『そうなの?!ならいいわ!!後で文句は言うけどね!!!』


 一気にクロはご機嫌な様子。確かに、依城さんなら膠着した状態に何か変化をもたらしてくれるような、そんな予感がする。きっと何かをやってくれるという予感が。


 丁度そう思っていた時の事だった。

 何の前触れも無く朱天が白い光の柱に飲み込まれた。音は無かったけど足元からドカンと立ち上る光で一瞬で焼かれた感じ。


 ・・・これ攻性魔術よね。そう言えば指輪を作る時になんか依城さんが嬉々として「いざという時はやっぱり破壊力ですよ破壊力」とか言いながら術式を刻んでいたような?

 いや、ホント何やってるの依城さん。と言うか、こんな派手にやって自分は大丈夫なの?焼けちゃわない?絶対そこまで考えてないよね?・・・まぁ、あれだ、大丈夫じゃなかったら最悪その時に考えよう。それこそ大怪我ぐらいならどうとでもなるし。


 そんな事を考えながら、ぼんやり眺めていると光が薄くなってきた。

 朱天がドサリと倒れ込む。

 あれだね、今回の件で初めて朱天にダメージ入ったね。自殺点みたいな感じだし、僕は何もしてないけど。


『マスター!分かったわ!ナギの存在を掴めた!これでもう大丈夫!!』


 待ちに待ったクロからの報告。後は魔法の発動まで時間を潰せば・・・もちろん、そんな素直に進むとは思って無かった。けど、ちょっとぐらい期待もしちゃうわけで


 倒れていた朱天が起き上がり、再びこちらに踏み出して来た。


 速さは先ほどまでと同じ。だが当初のような直線的な動きじゃない。こちらの意識の隙間を縫うような嫌な動き方をしている。もう完全に中の人の要素が出てきてるわけで・・・こんなのチンタラしてたら詰んでしまう。こっちは攻撃出来ないのに向こうだけドンドン強くなるとか、なんて無理ゲー。


 でも大丈夫。この状況は後ほんの少し時間を稼ぐだけで抜け出す事が出来るから。そう後少し。でも、その少しが・・・重い。


 視界の外から迫る刀をギリギリで躱す。ゾワリとした怖気が全身に走った。意図してギリギリだったんじゃない。ギリギリになってしまっただけ。もう余裕なんて欠片も残っていない。


 ちなみに、肉体能力だけでは避けられなくなる事を見越して感知用の結界を体から少し離して配置していたのだけど、見事に先の一撃で切断された。何の意味も無かった。いや、案外、狙われたのかもしれない。向こうからすれば目的の分からない魔術を先手で破壊する事で後顧の憂いを断とうとしたとか。


 まぁ、そんな事はどうでも良い。ギリギリでも、少し当たるぐらいでも何でも良いから、とにかく死なないで発動までの時間を稼げれば十分。そう、守りに徹すれば右手の短刀と左手の小手の2通りの手段がある分、こちらの方が有利・・・なはず。どうか有利であって欲しい。そう願いながら防戦に死力を尽くす。


 辛うじて目で追う事が出来るレベルの斬撃を右手と左手をフル活用して捌き続ける。

 朱天の刀はどう振られているのか理解出来ないレベルで目の前全ての空間を刻み続ける。


 いつぞやに「剣というのは面をおさえるのがどうのこうの」みたいな話を聞いた事がある。今やっと、その言葉の意味が分かった。心の底から理解した。ホントにもう何も出来ない。とにかく自分の体の方に斬撃が来ないように目の前の空間の穴を塞ぎ続けているって感じ。しかも一刀一刀が重い。斬撃を弾く右手も、受け止める左手も両方ズタボロ。斬撃が当たるたびにあちこち壊れて、そして瞬時に治っていくというサイクルを繰り返している。


 これ小手が無かったら、たぶん負けてた。ありがとう田村さん。無茶な注文に応えてくれてありがとう。

 そんな事を意識の片隅で思いながらも体を動かし続ける。頭上から降ってきた一撃を弾き、肩口を狙った袈裟掛けの一撃を受け流し、喉物に迫った突きを小手の表面を滑らせる事でやり過ごす。


 目の前は刀と刀が衝突した際の燐光で眩しいほど。聴覚なんて、とっくの昔に失われている。それに限界を超えて意識を加速させ続けているせいで頭が酷く痛む。これは厳密には痛覚ではなく、脳の過剰な負荷を痛みという形で誤認してしまっているだけ。つまり、まだ頑張れる。僕はまだやれる。


 出来る限り距離を詰めたまま、朱天の斬撃の嵐を凌ぎ続ける。死ななければ良い。時間さえ稼げれば、それだけで


『マスター!!準備完了!!』


 その声が頭の中に響くと同時、僕は朱天に更に踏み込み肉薄する。


 そして、魔術で朱天の周りの空間を、あらゆる角度から押し込むような形で圧縮する。もちろん、魔術の効果はすぐにキャンセルされるはず。だけど、無意味じゃない。一番大事な『魔法』を当てるためには、この方法が最も効率が良いし成功する可能性も高い。近接戦闘の最中に魔術で干渉するとか卑怯かもしれないけど、ほら、僕も一応魔術師だからね。武士じゃないし、そこは勘弁して頂くという事で。


 空間圧縮の効果でほんの一瞬朱天の動きが止まった。狂った距離感のせいで反射的に止まっちゃうよね、剣を扱う事が生業の人なら。


 そして、僕は朱天の右肩に向け左手を突き出した。


『術式展開!!』


 その声は僕のものだったかクロのものだったか。それすらもよく分からない。でも、その声を合図に僕の中で10年以上の時をかけて構成された『魔法』が、この世界に浸透を始めた。


 発動の見た目はシンプルだ。僕の左手が少し薄青く光っているだけ。魔術にしても見た目は地味。ましてや『魔法』だなんて誰も思わないだろう。それこそ僕達以外は。

 僕の左手は当たり前のように朱天の中へと進んでいく。まるで黒い水の中に手を入れたかのように。


『依城さん!!!!!』


 朱天の、黒い影の中に入っていた左手が確かに掴んだ。実体を掴めているわけではない。だが僕達の『魔法』が実感を与えてくれる。


 一気に左手を朱天から引き抜いた。


 まるで朱天の中から掴み出してきたかのように依城さんの姿が、その『魂』とでも言うべきものを軸にして再構成される。

 依城さんがいなかった世界が間違いだったとでも言うかのように、僕の左手に抱きかかえられるようにして、依城さんがその存在を取り戻した。


 服装はなぜかOL風のスーツ姿。これが依城さんにとっての自分のイメージって事なのかな?

 ・・・その姿を見ていると、まだ『途中』だとは分かっていても、どうしても胸に込み上げてくるものがある。


 依城さんを再構成出来た事に安堵していたからだろうか。朱天の変化を完全に見落としていた。


 気が付いた時には、その姿は今までの影法師ではなく、見慣れた黒い武士の姿。そして、今まさに鞘に納めてある刀を引き抜こうとしているところ。


 依城さんを後ろに投げ捨てる。乱暴で申し訳ないけど、これが精一杯。


 そして、朱天の抜刀術を受け止めるため、予測される軌道に蜘蛛の刀を割り込ませようと試みる。

 加速された意識の中、朱天が刀を抜き放つタイミングを測る。


『抜いた』そう思った瞬間に右手に持つ刀のガードがかち上げられていた。


 刀と刀が衝突する音さえ遅れて発生した気さえする。なんとか斬撃を防ぐ事には成功したが何も見えなかった。正直、こんなのただのマグレに過ぎない。このまま近接戦闘を続ければ・・・


 僕は安直に距離を離す事を考えたが・・・全てが甘かった。だって、朱天の行動はまだ終わっていないのだから。


 抜刀術で振りぬいた刃は、まだ朱天のコントロール下にあった。いや、それどころか、抜刀術の勢いを保持したまま、次は頭上から振り下ろす一撃となって、再び僕に襲い掛かった。


 まだ右腕は弾かれた姿勢のまま。左の小手の防御性能に期待するしかない。


 先と同じく、全力で魔力を込め、朱天の振り下ろしの一撃を迎え撃つ。

 そして、降ってきた刃は、魔力が込められた小手ごと僕の左手を両断した。



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