3-5:全てはこの時のために あの人が私の事を呼んでるんですから!!
「どこでしょうね、ここは」
よく分からないけど、なんだか薄暗いところです。
自分の恰好を見てみると普段のOL風のスーツを着ています・・・仕事中だった?でもスーツ姿って事は事務仕事(という名の暇つぶし)中だったはずで・・・にも関わらず、こんな見た事の無いところにいるというのは
「さっぱり分かりませんね」
とりあえず、じっとしていても仕方ないので歩き出します。完全に遭難する人の行動パターンですけど、そもそも今の場所が分かる物も持って無いし、他の人との連絡手段も無いし、じっとしてるよりかはマシですよね?
どんどんと何も無い薄暗闇の中を進んでいきます。
歩いても歩いても何も無いですし、なぜだか少しも疲れる気配がありません。時計が無くて分からないのですが、案外「たくさん歩いたつもりだけど、実際はまだ少しだけ」みたいな状況かも知れませんね?
そして「歩くのにも飽きたし横になって休憩でもしてみるか」と考え始めた時
それと出会いました。
それは人の形をした影のようなもの・・・と言うか普通に影ですね?
横に回りこんで厚みをチェック。ありますねぇ、厚み。
なんなんでしょうね、これ?
まぁ、こんな時は・・・
「はじめまして。ここに住んでおられる方ですか?」
魔術師には訳の分からない人も多いですからね。まずは人間だった場合の可能性を潰しておきましょう。後で怒られが発生するのも嫌ですし。
返事を待ちます。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
どうも返事をしてくれる類のものでは無いようです。まぁ、影ですしね。
とは言え、何も無いこの薄暗い陰気な場所で見つけた初めての物なわけですし・・・キリが良いという事で、ちょっとここで休憩していくとしましょうか。別に喉が渇いているわけでも無いですが、なんとなく何か飲みたい気分。もちろん、そんなの無理ですけどね。何も持って来てないですし。
それにしても、今の状況って何なんですかね?ここが何処なのかも分からないですし、そもそも何故こんなとこにいるのかも分からないですし。何かとても大事な事があったような、そんな気はなんとなくするのですけど。
そんな事を考えながら黒く塗りつぶされたような地面に座り込みます。・・・よく見ると、ちょっと黒すぎて不気味ですね。
それにしても、この影・・・なんか脱力したような姿勢でぼんやり立っている・・・にも関わらず地面に根を下ろしたような意味不明な安定感。なんでしょうね・・・強いて言えば格闘技の達人みたいな雰囲気?よく分かんないですけど。とりあえず、とにかく凄そうです。
そんなどうでも良い事を考えながら休憩を続けます。だって、別にやる事もないですし、やらないといけない事も分かりませんし。それに・・・何かを考えようと思っても頭がモヤモヤするばかりなんですもの。あまりの暇さに任せて影の人?に再び話しかけようとした時
誰かに
誰かに呼ばれた気がしました。
聞いた事のある懐かしい声。
私の・・・私の大事なあの人の声。
そうだ。こんなところでのんびりしてる場合じゃない。
「早く・・・行かないと」
あの人はきっと私を呼んでいる。そう思い立ち上がると影が・・・こちらに向き直した。
なるほど。この影は私をここに留めるための道具か何かなんですね。
「邪魔ですね!あの人が私を待ってるんですよ!!」
全力で踏み込みながらの右ストレート。体の加速と捻りの遠心力を込めた渾身の一撃。
だが、影は私の拳を右手の回転運動を使ってサラリと受け流す。
ムカつきますね。・・・これじゃ足らないって事ですか
更なる速さを求めて強化魔術を展開しようとしますが
「あれ?魔力が?」
妨害でもされているのか、うまく魔力を練る事が出来ません。でも、そんな時のために備えが・・・?うん、備えはあるけど・・・なんでかな?分からないや。なんで、こんな事が出来るのだろう?それも、きっと・・・
そう思いながらも、何処かに繋がっているパスから魔力を引き出す。望めば望んだだけの魔力が私の中に流れ込んでくる。魔力の流れの起点を辿ると・・・指輪?左手に付けた指輪から
そうだ!なんで忘れてたんだろう・・・これは、そうだ、この指輪は!あの人と一緒に私が作った!!
右足を力強く踏み出す。
そうだ!・・・これはあの人がくれた力!
急激な加速感を覚えながらも私は影に拳を向ける。今度は外さない。あの人に力も借りたんだ。外すはずが無い!
強化された膂力で影に一撃を加える。さっきと同じ全力の右ストレート。まるで木の板でも貫いたかのような薄い感触。だが今回は綺麗に影の胸のど真ん中に突き刺さった。
そのまま右腕を影の胸の奥へとねじ込みながら私は告げる。
「さっさと退場してもらいますよ!あの人が私の事を呼んでるんですから!!」
左拳で影の顔面を何度も殴りつける。影は少し身じろぎはするものの抵抗らしい抵抗もなく、されるがまま。
影の欠片というのも妙だけど、殴りつける度にパラパラと黒い小さな何かが零れ落ちる。
とりあえず何度も何度も繰り返し殴り続ける。最初は少し反応もあったが、幾度目からは、それすら無くなった。しかし、それにしてもなかなか壊れない。何度も殴ってるのに、影の顔面は原型を保ったまま。無抵抗な『人の形をした物』を殴り続けるのは私としても、ちょっと如何なものかと思わないでも無いのですが・・・でも止めるわけにもいきませんし。
仕方ないですね。一発大きいのをかましますか。
そう決めた私は左手を大きく振りかぶり影の首元を殴りつけた。それを何度か繰り返すと影の胸から無事に右手が抜けてくれました。ちょっと奥まで差し込み過ぎたんですよね。引っ張っても抜けないから叩いてみたわけです。ちなみに影は全く身動きせず黒い地面に仰向けで倒れています。
でも、私の意識?思考?あるいは記憶なのかな?そう言った類の物はいまいちハッキリしないままなので、まだ影の機能は死んでいないはず。
だから、今ここで完全に壊しておく。こんな事もあろうかと、と言う訳では無いのですが、事前に仕込んでおいて正解でした。ここって、なんでか上手く魔力が練れないんですよね。仕込み無しだと魔術が使えないところでした。いやはや本当にこの指輪を用意しておいて正解でした。
そんなわけでパスを通じて確保した魔力を指輪の機能で変換し、簡易的に魔術として展開します。完全にオートマチックです。凄く簡単。そして、私の左手に拳大の白い光の塊が精製されました。
「ほいさ」
それをポイと倒れている影に投げつける。
爆発音は無いですけど、光の塊は影に衝突した瞬間に大きな白い火柱のような物を立ち上げました。薄暗い空間の中で、その光の柱は意外と綺麗で
「たまや~」
なんとなく、独り呟いてしまいました。




