3-3:全てはこの時のために 僕が必ず迎えに行くから
「朱天はね、依城さんの一族が降ろした神様の成れの果てなんだ」
依城さんは地面に座り込み、熱に浮かされるかのような顔をして、こちらを見ている。もう僕の言葉が届いているかも分からない。けど、約束は約束だ。説明を続けていく。
「実はね、朱天って、そんなに昔から伝わってるわけじゃないんだ。せいぜい長くても100年ぐらい。細かくは資料とかが無くて分からないから推測だけど。だからね、依城さんは、たぶん10人目ぐらいの巫女なんだと思うよ。何故、東北の、言ったら悪いけど、大した力もないはずの一族が近畿に由来のある『彼』を呼び出したのかは正直よく分からない。きっと、その時代には必要な理由があったのだと思う。でも、そんな事は僕達には関係無い。だから今は無視させてもらうよ。
僕達に関係があるのは朱天の特徴でね。あれは、何と言うか、ちょっと特殊過ぎるんだ。土着の信仰を集める地方の神なら対処は簡単だった。言い伝えが残っている英霊程度なら、苦労はするだろうけど、それでも対処は難しくなかった。でもね、元は実在した人物で、それが英霊として祭り上げられ、そして神にまで至ってしまった、そんな訳の分からない物が依城さんには憑りついているんだ。
・・・つまり、いま君は神のような何物かと存在が混じっている状態にあるんだ。凄いよね、いつの間にか僕の彼女が神様混じり。
ねぇ、依城さん、朱天の本当の名前って憶えてるかな?元々は朱天なんて呼び方してなかったはずだよ」
僕は知っている。その名は僕の存在の根っこに刻み込まれている。だから依城さんがアレの名前を呼ぶ度に記憶の齟齬が発生していた。アレはそんな名前じゃ無いはずなのにと。
「え・・・?名前?・・・・朱天の・・・名前ですか・・・・」
朱天からの浸食が進み意識が朦朧としているのだろう。もう真面な受け答えは出来そうにない。でも、きっと、あいつは自分の名が呼ばれるのを待っているはずだ。
「依城さんは朱天の事を多聞って呼んでたはずだよ。幼名の多聞丸からとったのか、それとも由来の多聞天からとったのかは知らないけど。
ここで使っている朱天って名前は、たぶん見た目と元の呼び名の響きから適当にでっち上げたあだ名みたいな物なのだろね。なぜ呼び方に変化が出ているのかは僕にも分からないけど、まぁ、今はそれはいいや。もう結論に行こう。時間も押しているし。依城さんの中にいるのは英霊であり神でもある楠木正成。南北朝時代の大悪党だよ」
「・・・・知ってます・・・私は・・・確かにそれを・・・知っていました」
その言葉を切っ掛けにして依城さんの体が黒い靄のようなもので覆われていく。
過去の記憶でお馴染みの朱天の魔力だ。・・・ここでは朱天って呼ばれてたのだから朱天でいいや。敵の名前になんか拘っても仕方ないのだから。
そして、その様子を確認した柏木さん達が結界の起動準備を開始する。
「クロ!」
『あいさー』
僕とクロもそれと合わせ戦闘の準備に入る。強化魔術を本格的な戦闘用に切り替え、そして、それに体が耐えられるように回復魔術も同時に展開。刀と装備一式にも結晶からの魔力を通す。
取り急ぎの用意としては、これで終わり。どうせ貫かれるだけだし防御の魔術は霊装に仕込んだ物だけで十分。それに、ほら今回は小手も作って貰ったしさ。
そんな事を考えている内にも結界の構築は進んでいく。刀に封じられた蜘蛛の力と皆の技術で作られた『世界とここを切り離す』ための結界、それが世界を塗り潰し始めた。刀を通じて魔力結晶の力が止めどなく吸い出される。そして具象化されるのは刀の持ち手である僕の心象風景。切り離された世界の内側に僕の心の中が投影されて行く。
現れたのは面白くも何ともない景色。荒れ果てた僕の生まれ故郷、もうとっくに壊してしまった僕が生まれ育った村の姿。
「・・・結局、僕はあそこで立ち止まってるって事なのかね」
『マスター、遊んでないで加速いくわよ』
「了解」
朱天が動き出す前に思考速度の加速を始める。日頃の強化魔術で行っているよりも速く。人の限界を遥かに超えて速く。どこまでも可能な限り加速していく。
頭が鋭く痛むが事前に使用していた回復魔術が壊れた組織を修復、そして痛みも麻痺させる。
加速を続ける思考速度、そして、それに伴い受け取る情報量も無秩序に増加して行く。
体感で10倍以上に圧縮された時間が、取得する情報の密度を無尽蔵に上げてしまう。世界の何もかもがハッキリと、まるで解像度を上げたかのように鮮明さを増した。
限界を超えて酷使している脳が悲鳴を上げているのが自覚出来る。だから、朱天の情報だけを限界まで取得し、他の情報は意識的に全て捨てる。
周りの光景なんて僕の妄想みたいなものだ。そんな屑みたいな情報は捨てて問題無い。朱天の事だけが分かれば、それで十分だ。
目の前の朱天は、依城さんが前面に出ている通常状態から、朱天が主体となった状態へと形を変えている。既に依城さんの面影は無く、僕の前にあるのは真っ黒な影法師のような姿。普段の朱天の鎧姿とも異なり、さして強敵のようには思えない。
だが現時点で強敵かどうかは問題では無い。そもそも、この状態の朱天を倒す事が目的ではないのだから。
まず最初にすべき事は、依城さんと朱天が混ざった状態から『依城さんの存在だけ』を切り離す事。また切り離しを実行する際には、依城さん側に十分な魔力を残しておく必要がある。魔力が枯渇している状態だと、朱天を排除した際に半身である依城さんの魂とやらが形を維持出来なくなる事は分かっているから。詳細は今の僕には分からないけど、魂とやらを肉体という器に込め直す力、それが魔力の形で残っている必要があるらしい。でも、宿主側の魔力が十分に残っているという事は・・・
こちらをぼんやりと眺めていた朱天がふらりと揺れたかと思うと、高速で踏み込んで来る。
物理法則を無視したかのような踏み込み、まるでコマ落ちした映像のように一瞬で僕の目の前まで間合いを詰めて来た。
だが、こうなる事は何度も経験し理解している。朱天がどれだけ非常識な速さを発揮しても何も慌てる必要は無い。既に準備は整えてあるのだから。
僕の斜め前で朱天が前触れなく取り出した刃を振り抜こうとしていた。
何も知らなければ、為す術無く斬り伏せられ終わりだっただろう。だが、これも知っている。
蜘蛛の刀で朱天の刃を弾く。
お互いに普通の刃物ではない。僕の刃は蜘蛛の力と何人もの命を吸わせて強化・変質済み、朱天の刃はそもそも金属ですらない魔力の塊が形を成した物。
だから、それらが衝突する音も金属を叩きつけた鈍い音ではなく、甲高い、まるで何かの楽器の音色のような現実離れをした澄んだ音色を奏でていた。
一合・二合・三合と何度も刃を弾き合う。
袈裟斬り、逆袈裟、そして胴体を払うように。
動きは速いが技も何も無い単調な軌道での攻撃が続いた。
普通の刃なら一合目で潰れ、二合目には叩き折られ、三合目で僕自身も止めを刺されていただろう。だが蜘蛛の刀は、その存在を少しも損なう事なく、僕と朱天の動きに喰らい付き続けている。
依城さんと混じった状態の朱天なら、僕の力だけでも押し切れる。それに加えて、僕には蜘蛛の刀がある。『他の僕』は武器の性能を魔術でカバーしていたが、蜘蛛の刀のおかげで、その必要が無く、幾分か余力が生まれている程だ。そうなると後はもう消化試合。とっと最初の目的を実行してしまう事にする。
朱天からの三度目の刃を弾いた後、今度はこちらから朱天に切り込んだ。もちろん、依城さんと混ざった状態の朱天を切り倒す事は出来ない。目的はそんな事じゃない。
蜘蛛の刀で朱天の刃を弾き、右手の位置を無理矢理ずらし、胴体のガードを下げさせる。
だが朱天は左手を空け、その拳で僕を牽制しようとする。
甘い。死に体で放った拳程度で僕が止まるはずもない。
顔面を殴られるが、その場で踏みとどまり、次の行動に備える。
『マスター、いつでも行けるわよ』
丁度クロの準備も整った。
この段階での目的は朱天を打ち倒す事じゃない。依城さんと朱天を切り分ける事。そのための『魔法』は長い長い時間をかけて準備してきた。
そして、僕の仕事は準備してきた『魔法』を目標に届けるための『アンカー』を打ち込む事。
朱天のがら空きの胴体を左手で殴りつける。もちろん、殴った程度では霊子の塊と化している朱天には何のダメージも無い。だが、それで良い。僕の左拳に待機状態で留めてあった魔術、それが朱天に絡みついて行くのが見えたから。
『マスター、オッケーよ!』
そのクロの言葉を聞きながら、僕は大きく後ろに跳躍し朱天と距離を取る。
朱天は体勢を整え、刀をだらりとぶら下げた状態で再び僕と相対した。
状況は振り出しに戻ったように見える。だが、これで良い。この状況に持ち込んだ時点で、ひとまずの目的は達成された。
あとは僕が使える唯一の『魔法』の発動条件が揃うのを待つだけだ。
もう少しだけ待ってて。僕が必ず迎えに行くから。




