3-2:全てはこの時のために さぁ、はじめよう。
朝はいつも通りの時間に起きました。近所のホテルで売っている極端に美味しいパンを頂いて、デザートに果物も頂いて、クロちゃんはいつも通りにカニカマを食べて、そんないつも通りの朝食を楽しみました。
そして・・・
「現場までは柏木さんが車を出してくれるから。用意はもう特に無いけど、着替えだけは事前に部屋で済ませておいて」
赤松さんが緊張にこわばった表情でこれからの予定を説明してくれています。いつもと違って声が硬いこと硬いこと。
「儀式の詳細の説明は現場でするね。前も言った通りに不測の事態を避けるために依城さんに情報を入れないようにしているだけで・・・それ以外の他意は無いから」
あら?ひょっとしたら気にしてます?
「大丈夫ですよ。私だけ除け者にして!みたいな事は言いませんって。それに、あと二時間もしたら私にも教えてくれるんですよね?」
「うん、僕が何をしようとしているか、それと一番大事なところの説明も・・・させてもらう」
「じゃあ、それを楽しみにしてますよ」
赤松さんは・・・硬いを通り越して引きつったような表情をしている。だから、私はそっと手を握って語り掛ける。
「大丈夫ですよ、きっと。今まで色々と無茶苦茶な事もやって準備してきたんですから。だから、きっと大丈夫。ね?後の事は後で心配したらいいんですって」
「・・・うん、そうだね」
言葉とは裏腹に声は硬いままだし、手はちょっと震えてるし。
「もぅ、赤松さんがそんなだと私も安心して任せられませんよ。もっと自信をもってドーンと構えてましょうよ。ほら、それこそ普段なら『終わった後のお昼ご飯を何処で食べるか』を相談するタイミングじゃないですか?それぐらいの軽さで行きましょうよ?ね?」
そんな私の軽口に赤松さんは呆気にとられた感じのご様子。ちょっとわざとらし過ぎましたかね?
「あぁ、そうだね。緊張しても意味が無いってのは頭では分かってるんだけど、どうしてもね。お昼は・・・たぶん終わった後の僕ってズタボロになってると思うから御飯の前に治療して欲しいかも」
ズタボロ?
「ズタボロは確定ですか?」
「うん、確定」
なんで当たり前の事を聞くのだろう、不思議だな、って感じの表情ですね。
「いやいや聞いてないですよ、それ」
「確かに言ってなかったね」
「・・・ちゃんと備えはありますか?」
「柏木さんがしてくれてると思うよ?たぶん」
この人はホントに自分の事となると、抜けているというか軽視しがちというか。
「今から出来る限りの準備をしておきましょう。備えあれば憂いなしです。あなたが私を大事にしてくれるように、私からすればあなたが大事なんですから、私が助かったところで赤松さんが瀕死の重症とかになってたらダメに決まってるじゃないですか?そこのとこ分かってます?」
そう言って赤松さんを見ると
「うん、分かってるよ」
何故か笑顔だった。いやまぁ、硬いよりかは少しでもリラックスしてくれてた方がいいですけど・・・ちょっとぐらいは自分の心配もしましょうね?
「それでどんな風にボロボロになるんですか?」
「そだね。確実なのは全身に深めの裂傷、あと骨折が複数」
「はぁ?!」
「それとたぶん内臓を幾つも痛める事になると思う。頭はなんとか傷めないように頑張る」
「・・・赤松さんがそこまでボロボロになるって何をする気なんですか?」
「時間をかければ治るし大丈夫だよ」
そんなものでしょうか?治るから大丈夫とか、そんなので良いのでしょうか?いえ、全然良いわけないんですけど。
とりあえず柏木さんが迎えに来るまでの間、二人で怪我治療用の薬や魔術の準備にバタバタと走り回りました。赤松さんの緊張も動いている間に少し解れたようなので、結果的にこれで良かったのかも知れません。
そして柏木さんの車で目的地までの移動を行います。荷物が色々積んであるいつものバンですね。前も送ってもらったので乗るのは二回目。柏木さんには色々とお願いしてばかりで申し訳ない気がします。
その道中ですが、私達史上初の「誰も口を開かない」という奇跡が起こりました。正直、私も緊張し始めてきて、もう何が何やら。クロちゃんでさえ何も話さないからよっぽどです。
ちなみに、私も赤松さんも戦闘用の霊装を着ています。ヘルメットは用意されてなかったので、なんだか普通の黒いツナギみたい。赤松さんのは何だかあちこちゴツゴツしてるので、何か特別な機構が組み込んであるのだとは思いますけど・・・正直もっとフル装備みたいな感じになってるのかなと思ってました。想定よりも、ずっと軽装。
そんな事を思いながらも車は進み、思ったよりも随分と近いところにある目的地に到着しました。
そこは大災害の現場跡地に作られた記念公園でした。
その中をクロちゃんを頭にのせた赤松さんと一緒にサクサクと歩みを進めていきます。
人の気配は無いけど緑が綺麗な公園。こんな場所があるなんて知りませんでした。赤松さん家には何回も遊びに来てたのに。
「今日はこの公園一帯に人払いの術式をかけているから大丈夫だよ。普通の人がここに紛れ込む事は無いから心配しないで」
赤松さんが教えてくれましたけど、別にそこは心配とかしてませんけどね。私が心配しているのは赤松さんの身の安全ぐらいのものです。
そして木々で囲まれた遊歩道を抜けた先にあったのは
いつも夢で見ていた広大な草原でした。
「ここって・・・」
「そう、ここが僕達の儀式の場所」
やっぱりここが・・・最近の夢の舞台がここだって事はやっぱり。自然と緊張が込み上げ、脈が速くなっていくのが分かります。まるで夢が現実に追い付いてきたようで。
「早速準備にかかるから依城さんは荷物を・・・あっちの支部長の方に置いてきて」
ふと顔を上げると課長と四谷さんがいました。ストレスに押しつぶされそうになっていた心に少し余裕が生まれたのが分かります。大丈夫。私には皆がついているのだからと。大丈夫、大丈夫。自分にそう言い聞かせながら荷物を持って課長の方へと歩いていきます。
なんだかフワフワして足元が覚束ないような、そんな不思議な感覚。
「なぁ、依城。俺達も赤松も出来る限りの事はやってきたから・・・問題無いはずだから」
課長らしい不器用な励ましです。でも、いつもと同じ不器用な言葉だからこそ安心出来るような気もします。
荷物を置いてボンヤリしていると、赤松さんが私の手を引いて歩き出しました。草原の真ん中まで行って、そこで立ち止まって・・・どうしたら良いのでしょう?
「座ってくれて良いよ」
お言葉に甘えて腰を降ろさせてもらいます。さっきから何だか体の調子がちょっとおかしくて。思考もフワフワまとまらなくて。
「今から何をするかの説明をするよ。まず前提となる依城さんと朱天の説明から。
朱天はね、こいつは通常の魔術のプロセスで作られた物じゃないんだ。クロみたいに術式で編まれた存在じゃなく、過去に存在した物を無理やり降ろして世界に縛り付けているだけのモノ。
そして、その「存在の軸」として使われ、過去の亡霊を現世に押しとどめているのが依城さん。朱天は呼び出されて来ているんじゃない。依城さんと存在を被らせて、常に現世に存在している状態なんだ。・・・アレは常に君と共にある。
依城さんが朱天を呼び出す際に使っている小刀、あれも別に召喚のキーとかじゃなくて、単純に依城さんの意識のスイッチなだけ。現に朱天を呼び出す時に特別な術式とか使ってないでしょ?」
頭がフワフワして赤松さんの言っている事があまり理解出来ない。
でも、言われてみると・・・確かにそう。いつも呼びかけるだけで朱天は出てくる。なぜだろう。深く考えた事なんて無かった。
「続けるね。朱天が持っている力は、存在の媒介たる依城さんも自由に扱う事が出来る。でも、この一見するとメリットにしか思えない点、ここにこそ問題の本質があるんだ。
朱天が持つ莫大な力は人の器に収まりきるものじゃない。依城さんという器から零れ落ちた力は少しずつ現世の存在を変質させ、今まであった安定を壊してしまう。
依城さんを軸に安定していたはずの関係性が失われ、朱天と依城さんの境界を曖昧にし、どちらでも無い存在を作り出してしまう。
だから、僕の目標は、その前に朱天と依城さんを切り離してしまう事。それだけが依城さんを救う道になる」
朱天が・・・
「細かい方法は僕に任せてくれたら良いよ。大丈夫。僕が、僕達がどうにかするから」
やっぱりイザという時は言い切ってくれた方がなんとなくすっきりしますね。・・・きっとやせ我慢してるのでしょうけど。
あれ、そう言えば・・・
「結局、一番大事なところって何だったんですか?」
少し朦朧とする頭でも、そこは気になった。朱天が悪さしてるってのは予想の範疇ですし、わざわざ伏せてきた意味も無いような。
「うん、それを今から話すよ」
そう言うと赤松さんはサッと手を上げ、たぶん柏木さん達に何かの合図を送った。そして小手を付け、蜘蛛の小太刀を鞘から抜いて握りを確かめる。
こんな時だけど、光を反射する小太刀はとても綺麗だと、そう感じた。
「これを伝える事が『鍵』になるようにずっと調整して来たんだ。今から僕が君に伝えるのは、僕が伝える一番大事な話は、君の半身、朱天の正体だよ」
さぁ、はじめよう。




