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猫と僕と知らない世界  作者: シマタロウ
第一部4章:猫と僕と知らない世界

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1-9:猫とはじまりの話 僕は、そのために全てを捧げようと思う

 ■■は得体の知れない「神様」じゃない。人が扱える何物かに過ぎない。


 それに思い至った僕の行動は早かった。すぐさま極東支部に帰還、過去の資料と人脈を使い該当する術式を探り始めた。だが、大規模な儀式を必要とするような目立つ術式のはずなのに、その情報の片鱗さえ見つける事が出来ない。

 あっという間に手詰まりだ。ここまで完全に何も見つからないという事は、支部長より上の権限で情報の隠蔽が行われている、という事なのだろう。となると情報の大元を握っているところに乗り込むしかない。


 支部長に依頼し、今までの研究成果の提供を条件に協会本部に研究員として移籍する事を打診。「僕の知っている事の全てを引き換えに」と言う感じではあったが、なんとか話を通す事が出来た。ちなみに、この件が片付くまでに半年ちょっと必要だったのだが、事務作業以外で支部長と会話をする事は一度も無かった。


 でも、旅立つ直前、その最後の最後に、「達者でな」、僕にそう語り掛けてくれた事は覚えている。



 そして、僕は魔術協会の本部付け研究員となったのだが、求めていた答えの入手は思いのほか早かった。と言うか即日だった。

 僕の研究内容を聞きつけた協会所属の魔術師が訪ねて来てくれたのだが・・・その人が同様の儀式に参加した「生き残り」だったのだ。


 呆気なかった。初日で僕が知りたかった事は全て分かってしまった。そして、通常の手段では■■を再現する方法が無い事も同時に判明してしまった。神や英霊の具象化には「必要な魔力を溜める巨大なタンク」が必要であり、それこそが儀式の肝であり、古い家系が後生大事に隠し持っている門外不出の秘宝との事。ま、そりゃそうだ。神様みたいな物を引っ張ってくるなんて人間業じゃないんだ。それなりの秘密があるに決まってる。


 さて、目標が一気に無くなってしまった。そして、目先の目標が無くなった以上、今後の事を考えるため、僕は自分の「動機」に向き合う必要がある。なんで■■の事なんか調べてたのだろう?と。


 ■■を呼び出していた術式を再現して呼び出したい?

 そんなわけない。正直なところ、もう二度と見たくない。


 じゃあ、何がしたかったのと?

 もちろん、少し自問自答するだけで回答はすぐに出てくるんだけど。

 動機は復讐。でも、もう出来ないから復讐の代わり。どうしたら■■を自分でも壊せるだろうってのを考えていただけ。


 最後に起こった事から考えても、依城さんと■■は根本的に存在を被らせてあったようだから、単純に壊せば良いってわけじゃないとは思う。それに、あの時は本体である依城さんが「弱った上に魔力を封じられていた」から、僕でも対処出来ただけであって、実際には普通の魔術師に神霊をどうにかするなんて不可能だ。そんなに甘いものでは無い。

 当然ながら、そんな事は最初から分かっている。理屈は分からないが、あの時■■は空間を弄る魔術でさえキャンセルしていたのだから。あいつを通常の手段で傷つける事は不可能だ。


 ・・・まぁ、今更そんな事はどうでも良い。こんなのはどうせ大事なものを亡くしてしまった僕の・・・現実逃避なのだから。


 正直、生きていても、これぐらいしかやる事がない。彼女は幸せになれって言ってたけど、僕には・・・ちょっと難しいみたいだ。


 だから、僕は改めて研究を始める事にした。成功したところで使い道も無い無意味な新魔術の開発。神霊さえ打倒出来る可能性がある手段の検証。そんな虚しい仕事が僕の人生の目標になった。

 それからの日々は客観的に見れば順調なものだったはずだ。今までに開発した魔術が評価された事に加え、持ち帰った■■の情報もある。それに、自分でも忘れかけてはいたが、僕自身の体も貴重な魔術実験のサンプルなわけで。自分で開発した魔術、自分自身をサンプルとした他の研究への協力、主にその2つの成果によって、翌年には自分の研究テーマに対しての予算を与えられ、更に研究に没頭する事が出来るようになった。信用が無いから人員は付けて貰えなかったけど、それでも新入りの研究者としては破格の待遇を得る事が出来た。


 そして僕は様々な魔術を研究し、開発し、そして無意味な検証を続けた。何年も何年も作っては検証し、作っては検証し、傍から見れば順調に成果を出し続け、でも自分としては、ずっとずっと同じ場所で足踏みを続けている、そん心境だった。


 ずっとずっと、僕は彼女を亡くしたあの場所から動く事が出来ずにいた。


 そんなある日、僕に転機が訪れた。

 それは本部に来た当初に言われるがままに協力した「自分自身をサンプルにした実験」が切っ掛けだった。詳しい話は教えて貰えなかったのだが、僕には極々微かながら「並行世界を覗く?能力」があるらしい。具体的にはどういう物かは分からないが、部分的に「自分の情報」を他の世界の自分と共有する事が出来るとか。

 そんな事実が分かった経緯を是非問い質したい。・・・十中八九、僕の体の情報から体細胞クローンを作って魔術で促成栽培したか、あるいはホムンクルス的な物を作ったか、そして、それで人体?実験を繰り返したという事なのだろうけど。


「ありがとうございます。自分でも自分の事が分かっていなかったので助かりました。こちらでも色々と検証してみて分かった事があれば共有させて頂きます。まぁ、変則的ですが共同研究という事で」


 最終的には、そんな風にまとめるに至った。


 そして僕には一つ思い付いた事があった。今はまだ荒唐無稽な思い付きだけど、ひょっとしたら、これは・・・


 それから僕は一旦全ての研究を中止し、自分の可能性についての探索を進めた。が、当然の事ながら、その作業は困難を極めた。僕のクローンを研究していた人達は、室内から出た事も無く何も学んだ事も無いはずの実験体が「魔術師のような動き」を繰り返していた事から、色々な可能性を調査・検討する中、たまたま実験室を訪れていた「並行世界に理解のある魔術師」に意見をもらう事で、やっと朧気ながら実体を掴むに至ったそうだ。


 正直、自分自身では全く自覚症状が無い。ただ、強いて言えば、僕の異常とも言える魔術の分析能力、これはひょっとしたら「色々な世界で色々な魔術に触れた経験がベースになっている物なのかも知れない」と思わないでもない、まぁ、その程度。

 他の魔術師が一生掛かっても集める事の出来ない経験を、僕は最初から持っているのかも知れない。振り返れば、一番最初の時、あの時も、拙いながら障壁の魔術を一発で使えていた。魔術が発動するところなんて、まだ見た事すら無かったはずなのに。


 とは言え、よく分からないのが正直なところ。まぁ、専門家が言ってるんだ。僕がどうのこうの考えるより正しいはず。だから、時間がかかっても探せばいい。そしたら、きっと・・・


 それから何年もの時間が過ぎた。自分の事ながら検証にあまりに時間がかかり過ぎた。

 合間合間で他の研究もしながら予算を確保し、協会の知識で足りない部分は、中東にある別の団体の知見も借り、なんとか十分な理解と活用の方法を見つける事が出来た。


 と言っても僕が出来るようになったのは「並行世界の自分達に情報を送る事」だけ。しかも任意の情報を任意のタイミングで、と言うわけには行かず、一気に送り付ける事しか出来ない。


 でも、これは僕の目的を考えると、さして問題になるものでは無かった。僕の能力の根源は並行世界の自分との同期。キーになっているのは僕という存在そのもの。そんな事になっている理由なんてサッパリ分からなかったけど、「存在を起点にしている」と言う事は、僕が存在さえしているなら、情報を送った際に受け取る側が存在している「時間軸」自体は無視出来るはず。それこそ僕が初めての魔術の発動にあっさり成功していたのも「別の世界の僕が障壁の魔術を展開した経験」を朧気ながら受け取っていたから・・・なんじゃないかな?もちろん、何処ぞの僕が障壁の魔術を使えるようになったのは、あの施設から抜け出した後のはず、あそこでは術式の展開は封じられていたのだから。つまり、時系列の無視が清々しく発生している。だから、この推論はきっと正しい。


 ちなみに「障壁を使える僕」が存在していた事から逆算して考えると・・・自分で障壁を展開出来なくても、依城さんが何とかしてくれたか、撃たれても死ぬ事は無かったって事なのだろうね。それはホント今更だけど。


 そして、この自分自身の特性を活かして僕が何をするか。何をしたいか。生きる目的も失って惰性で研究を続けてきた僕が何を望むのか。


 それは、救う事が出来なかった僕からの、まだ救う事が出来るかもしれない僕達への贈り物。


 僕が望むのは、もうそれしか無かった。


 何をしたって失われた命を取り戻す事は出来ない。でも、彼女を失う前の僕に、今の僕の持っている物を伝える事が出来るなら。


 もし、それが出来るなら。


 もし、何処かで依城さんが死なずにすむ可能性が見つかるかもしれないなら。


 僕は、そのために全てを捧げようと思う。


 そして、そのための準備は既に整えてある。

 工房の床に描かれた魔方陣。僕が持っている一切合切の記憶を情報に変換し圧縮するための魔術式。

 この術式で精製される情報は、あらかじめ僕の仮想演算領域に転写されている術式に従い、並行世界の僕達に送信される。

 情報の転写自体は僕達が生まれた直後に行われているはず。後は、その情報をどれだけ早く思い出してくれるかが勝負になるが・・・こちらとしては出来る限り早いタイミングになってくれる事を祈るしかない。


 恐らく、これでうまくいく。とは言え、確認の方法も無いし、もちろん確証も無い。案外、全ては勘違いと狂った僕の心が見せるまぼろしなのかも知れない。でも、それでも、僕は、この可能性に賭けずにはいられない。


 工房に刻まれた魔方陣を起動する。

 薄暗い部屋に足元から青白い光が広がった。

 小難しい呪文なんて必要ない。全ては魔方陣と仮想演算領域の中に用意してある。ここまで来たら僕に残された仕事は・・・覚悟を決める事だけ。もう後戻りは出来ない。


「今更の話か・・・戻るところなんて、とっくの昔に無くしてるし」


 用意しておいた術式を順次起動していく。

 僕の魔術が僕自身の脳みそを、魔術回路を、精査し解析し、刻まれている情報を送信可能な形に変換・圧縮していく。


 その過程で自分の体が焼き切れていくのが分かる。人の体も魔術回路も多かれ少なかれタンパク質の塊に過ぎない。そこから魔術で情報を無理やり抜き取るって事が何を意味するのか。その答えが今の状況だ。

 ひょっとしたら、そのうち「情報精査用の人体に無害な魔術」が産まれるかも知れない。けど、僕は待てなかった。もう限界だった。依城さんのいない世界で独りで生き続ける事に、もう耐えられなかった。

 脳みそは最後の術式の展開が完了するまで、回復魔術で生かされたままのはず。だから、あと少しだけ、この意識にも時間はある。


 少しずつ思考が不明瞭になってくる。きっと自殺扱いされるんだろうな、とか愚にも付かない事を思った。


 そして終わりの時が近づいて来る。もう体の感覚はほとんど存在しない。自分が横たわっているか立っているかも分からない。目も見えないし、音も聞こえない。


 もうすぐ僕は終わりだろう。他の僕達に情報を伝える事は出来ただろうか?彼らの役に立つ事は出来ただろうか?


 そして、体の感覚も無くし、真面な思考も出来なくなった僕が最後に思ったのは


 もう一度、会いたい。


 ただ、それだけだった。


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