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猫と僕と知らない世界  作者: シマタロウ
第一部4章:猫と僕と知らない世界

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1-7:猫とはじまりの話 物語の始まり

 この日、僕達の幸せな時間は終わり、そして、僕の新しい物語が始まった。


「・・・本当にあなたは困った人なんだから」


 依城さんは、いつも通りに小さく笑う。彼女は病床から左手を伸ばし僕の頬を優しく触っている。僕はその笑顔を見ているのが辛くて、そっと視線を伏せた。

 少しの間、涙を堪え、そして覚悟を決める。僕だけは、たとえ依城さんが諦めてしまったとしても、絶対に諦めないと。


 その時


 顔に添えられていた左手がそっと離され・・・僕の胸を軽く押す。考えに没頭していた僕は、少し後ろによろめいた。

 僕は彼女の表情を確認しようとして

 でも、そこにいたのは

 ほんの少し目を離しただけなのに

 もう、そこに居たのは依城さんじゃなくて・・・

 ■■の特徴を色濃く残した何か別の物で。


 依城さんがいた場所には影がそのまま形になったような、何処となく昔の武士を思わせるような、何度も何度も一緒に戦闘をこなしてきた■■のような何者かがいた。


 状況がうまく飲み込めない。目で見るだけでは事態を掴む事が出来ない。

 だから魔力の探査を行う。魔力回路を封じているとはいえ、依城さんの魔力そのものが枯渇しきっているわけではない。少なくとも目の前の黒い物が依城さんかどうかの区別はつくはず。そう考えたが


「・・・なんだこれ」


 分かったのは、何も見通せない魔力の塊が目の前にあるという事だけ。依城さんの魔力の反応は近くには無い。

 中身を見通せない魔力の塊、忽然と消えた依城さんの姿。一番有り得る可能性は・・・


「■■・・・お前、取り込んだのか?術者を・・・依城さんを」


 先程の依城さんの言葉が僕の頭の中を過る。

 一族の守り神みたいなもの。巫女が依り代になって現界を続けている。巫女は短命。

 そういう事か・・・比喩表現でもなんでもなく■■は本来であれば神霊の類の物なのか。それを何らかの手段で無理やり『格』を落とし、巫女と呼ばれる役割を持つ者と存在を被らせる事で「魔術による現象」という形で現界させていると。


 だが『格』を落とそうが何をしようが、神霊なんて人の器に収まるわけがない。そんな大きな力も「ある程度の期間」なら人の器から溢れていても問題は無いのかも知れない。溢れた神霊の力は「形の無い魔力」として巫女が好きに使う事も出来るのかも知れない。


 それこそ依城さんがいつも使っていた「黒い魔力」、あれこそが神霊の力が零れたものだったのだろう。だが零れても零れても、それでもなお「神の力」を注ぎ続ける事で問題は起こらないのだろうか?

 恐らくそれが巫女が短命である事の理由。それが今の依城さんに起こっている事。器が「注がれる力」に耐え切れなくなるタイミング。それが今やってきたのだろう。


 想定でしかないが、いま目の前に現れているのは、零れた力が■■の姿を形どって現界してしまったものなのだろう。


 ・・・なら僕がやる事は明確だ。


 依城さんを取り込んだ■■の魔力を奪い、人の器に納まるところまで小さく、今までよりもっと格を落とし、極限まで矮小化してやるだけの事。使う機会には恵まれなかったけど、魔力を封じる魔術なら、僕には取って置きの物がある。難点は発動に接触が必要な事だけど・・・どうだろうか?出現から何の動きも見せてないから・・・いけるか?


 術式の発動準備を手早く済ませ、座り込んでいる■■に触れようと一歩近づいた。


 だが、やはり姿かたちは変われど■■は■■。素早く立ち上がると同時に体勢を整え、僕と距離を取る。とは言え、さして広くない戸建てのリビング。大きく距離を取る事も出来ず、僕の魔術の射程圏内のまま。


 まず先手を取って壁に沿うように障壁を展開する。長時間の維持は必要ない。出力は大きく、現界は数秒だけの間に合わせ。


 僕の狙いは障壁で足止めした■■に、空間を圧縮・解放する事で発生する衝撃波をぶつけて隙を生み出す事。まともにやれば僕の身体能力じゃ■■に触れる事さえ叶いそうにないのだから。


 空間魔術が発動し、■■の周りの空間が圧縮され、次の瞬間には解放される。

 そして空間の揺り戻しと共に発生した衝撃が、■■に向かうはずのそれが・・・何の前触れも無く消えた。


 ■■に動きは無い。無かったはずだ。だが何の痛痒も無く■■は同じ体勢で・・・いや、違う。■■は、刀を引き抜くような、まるで居合のような、そんな体勢で。


 その手の中には、いつの間にか魔力で作られたであろう黒い大きな刃が。


 まずい。


 加速する意識の中でそう感じた。が、■■が体勢を崩す事を前提に、僕は身体能力を強化し全力で■■へと加速し左手を伸ばし切っている。


 どうしようもない。逃げる事も避ける事も出来そうにない。


 次の瞬間、■■は刀を振り切った。いや、振り終えていた。


 僕には何も見えなかった。

 ただ左の肘に激しく鋭い熱さのような感覚があるだけ。


 回復魔術の応用で左手の感覚を全て殺す。痛みは今は必要ない。


 ■■は出来損ないの魔術師なんか一刀で十分だと油断しているのだろう。追撃に出て来ないどころか、僕の事など一顧だにしていない。


 それが僕の勝因。


 相手への接触が必要なのは魔術の発動起点を指定するため。だから、どんな形でも接触さえあれば良かった。触れられなくても、斬られるだけで十分だった。


 ■■が持つ黒い刀を起点に「略奪の術式」を発動。

 どこぞの鬼の一族が使っている固有魔術、それの質の悪いレプリカに過ぎないけれど、魔力で構成された生き物には天敵となる術式のはずだ。


 刀の部分から赤い帯が発生し、一瞬にして■■の体を包み込む。純粋な魔力体である■■にはあの帯を破る手段は存在しない。接触するだけで力を奪い、そして存在を掻き消していく。それが、この魔術の特性。


 そして■■が術式に食われている間に奪った魔力を用いて傷の手当を行う。左手は肘から下が無くなっていた。取り急ぎ、切断面を荒く回復し血管を再構築。出血だけは止めておく。


「・・・後で依城さんにだいぶ怒られるね、これ」


 彼女の事だ、自分が死にかけていた事を棚に上げ必死で怒ってくれるだろう。『なんで、そんな無茶をしたんですか』って。


 そんな光景を想像すると・・・胸が暖かくなる。


 さぁ、あとは■■が限界まで魔力を奪われるのを待つばかり。元神様だか、それに近い物だか知らないけど、所詮は魔力の塊、魔力を吸ったら消えちゃいますよと。で、魔力を吸い終われば、後は現界の軸にされてる依城さんが残るってだけの話。


 そう、それだけの話。原因さえ分かれば対応する事は難しくないはずなのだから、きっと。これで魔力流出の原因も取り除けるし、ゆっくり養生したら、きっと元気になれる。家はボロボロになったから住処は新しく用意しないとダメだけど。・・・そう言えば、クロはちゃんと別の部屋に逃げれたのかな・・・余裕が無くて忘れてたけど、大丈夫かな?探査の魔術を使ってみると・・・いたいた、良かった、端っこの部屋まで逃げてるみたい。いやはや一安心。


 心配事も無くなったので■■が包まれている薄い赤色の繭を眺める。中の魔力が少なくなってきたからだろう。色味も随分と落ちてきて中身が薄っすらと透けて見える程だ。■■の刀はもう消えている。輪郭もだいぶ溶けて小さくなって来た。


 順調順調、実に順調。


 そんな事を思い観察を続けていると、繭が完全に消え、中身が床へと落下した。それはうつ伏せで倒れていた。まだ全身黒いままだが「普通の人間のような形」になってはいる。

 動かないし危険は無いはず、そう考え、早速、抱き起こして容体の確認を始める。

 人と言うより・・・人の形に固めた「影」のようだ。


 ・・・依城さん・・・だよね?


 大丈夫なはずだが・・・不安が込み上げてくる。得体の知れない恐怖に押し潰されそうになっていると、黒い影のあちこちに小さな罅割れが生じだした。


 期待に胸が踊る。良かった、現界したままだった■■の残りカスがこれで消える。そう思った。


 黒い影はポロポロと剥がれ、床に落ち、そのまま世界に溶け込むように消えていく。その黒い影の下には依城さんの体があって・・・


 でも、影が消えると同時に依城さんの体も少しづつ色味を失い、影の欠片と同じように何処かに溶けて消えて行ってしまう。


「なんで?!依城さんの実体はちゃんとここにあるはずなのに!!」


 意味は分からないが消え切ってしまう前に保全措置を行うしかない。範囲をごく狭く絞った結界を用意し、依城さんを世界から切り離そうと試みる。だが何の効果も無い。結界でくくっても、魔力を外から無理やり補充しても、影も依城さんも少しずつ消えていく。


 少しずつ彼女は消えていく。


 何をしても彼女が消えていく事を防ぐ事が出来ない。


 僕は何も出来なくて、無駄な足掻きを思いつく限り繰り返し、そして・・・


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