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猫と僕と知らない世界  作者: シマタロウ
第一部4章:猫と僕と知らない世界

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1-4:猫とはじまりの話 幸せな思い出こそが一番の呪いみたいで

「なぁ、お前の名前だけど、これでいいのか?」


 自席でグロッキーな僕に支部長が問いかける・・・名前?


「いやいや、そこで不思議そうな顔するなよ。いつまでも苗字だけってわけにはいかないだろ?戸籍だってでっち上げないといかんわけだし」


 そうだ。なんとなく「赤松さん」って呼び名が出来たから、それだけで満足していた。でも、名前ねぇ。


「特にこだわりは無いので、それでいいですよ。確か・・・■■でしたっけ」


「お前がいいなら別にいいが、一応自分の名前なんだからさぁ」


「いえ、どうでも良いってわけじゃないですけど、依城さんが決めてくれた名前なので異論を挟む気も無いというか。そもそも、この名前って使われる事ってあるのかなって感じもしますし」


「いや、まぁ、そりゃあれだ、使うんじゃないか?確かに他の人間が使うのは『赤松』の方ではあるだろうが、ほれ、役所の書類を書いたりする時とかに使うだろ?そうだな・・・あれだな、よく考えると・・・わりとどうでもいいかも知れんな」


 そんなわけで、僕の名前はあっさりと決まった。前の呼び名が「4番」だった事を考えると、どんな名前でも付いているだけで上等だと思う。でも、そんな事はどうでも良い。今はそんな些事より勉強だ。休憩時間も終わったから今からは座学の時間。お昼までの少しの間ではあるが出来る限り進めておきたい。

 座学は残念ながら依城さんが教えてくれるわけでも無く、普通に自習の形式。だけど、正直しばらくはそれで十分な気がしている。今までずっと基礎的な勉強ばっかりしてたおかげで、実践的な知識もわりとスルスルと入ってくるから。もちろん、知識が入ったところで本当に実践出来るかどうかは分からないのだけど。


 ちなみに、依城さん曰く、魔術の実践に最も必要なのは、前提としての知識や素養はあるけれど、まず第一に体力らしい。最初に聞いた時は訳が分からないと思ったものだけど、事情を確認すると納得がいく話だったり。長時間の移動後、あるいは移動しながら、あるいは攻撃を受けながらでも使えないと魔術なんか役に立たないですよねと。いざという時に使えないなら鉄砲の方がきっと強いですよね、という話。


 言われてみると、その通り。依城さんも鉄砲を持った相手を魔術で圧倒していたし、そんな事は固定砲台みたいな魔術の使い方をしていたら絶対に出来ないわけで。それに命を救われた立場からすると圧倒的なまでの説得力なわけで。その結果、依城さん作のトレーニングメニューを毎日午前中にこなす事になった。魔術師をやりに来たはずなのにフィジカルを先に鍛える事になるという理不尽な現実。いや、まぁ、やるけど・・・超頑張るけど。


 と言うわけで、朝起きて、ジムに行って、全力でトレーニングして、シャワー浴びて、プロテイン飲んで、事務所で倒れる、ここまでが午前中の日課になりましたとさ。で、たまに依城さんが暇な時はトレーニングの指導をしてくれるのだけど、これがまたキツイ。負荷の掛け方の基準が彼女の中の基準だから凄くキツイ。依城さんは魔術戦闘を前提とした鍛え方をしてきた端的に言えば超人、片や魔術回路の強化はしてあるとは言え、事実上は気合が入っただけの元引きこもり。そもそもの運動強度に対しての認識が根本的に違う。でも、そこのところの認識の擦り合わせがうまく行ってないから


「あれ?おかしいですね?そんなにキツくないはずなんですけど」


 トレーニング初日に速攻でひっくり返った僕に対する依城さんの感想がこれ。

 全く加減が出来ていない。いやセリフからすると本人はきちんと加減しているつもりなんだろうから一層質が悪い。とは言え、弱音を吐くわけにもいかないので頑張るのみである。せっかく連れてきてもらったのに基礎トレーニングでへこたれたりしたら失望されてしまう。それはよろしくない。


 と気合を入れたところで事務所に戻ってきたら毎日へばってるんだけどね。だって、やればやるほどトレーニングメニューがキツくなるんですもの。いや、ホント、無理だって。僕、引きこもりの魔術師擬きよ?いや、ホント、頑張るけど限界はあるって。んで、そのフィジカルなトレーニングばかり要求する我が命の恩人はというと


「お昼ですよ!赤松さん!そろそろお昼を食べに行きましょうよ!!」


 わりと自由な感じに振舞っている。ちなみに、これを言い出す直前まで熱心にネットでランチのお店を調べていた事を僕は知っている。しかも僕がジムから戻ってきた時には既に見ていた事も知っている。

 いまいち魔術師協会という組織の仕組みが分からないけど、人の派遣とか本部とのやり取りは全部支部長がやっていて、『よっぽどの事情』がある場合に依城さんが現場に投入されるって感じの運営をしているみたい。もちろん、他にもメンバーは在籍しているらしいけど、この事務所に出勤して来るのを見た事は無い。正直なところ、ちょっと実在を疑ってたり。


 まぁ、つまり、ここって普通の時は支部長しか働いてないんじゃないのと?そして、ひょっとしたら僕がここに招かれたのは、魔術側の事情を知っている事務員が欲しかったからじゃないのと・・・そんな事を思ったりするわけで。


「ねぇ、行きますよ、赤松さん。早く行かないと混んじゃいますって。今日はパンが美味しそうな店を見つけましてね」


「はーい!いま行きますって!ちょっとお昼行ってきます!!」


「おぅ、食ったら、ちゃんと帰って来いよ」


 支部長に一応ことわってから依城さんとともに街にくり出す。

 少し前までの生活を考えると、信じられないぐらいに楽しい毎日。当初目標だった魔術全般がわりと後回しになってるような気もするけど、今が楽しいから別にいいかなって、僕はそんな事を思っている。







 マスターとナギの楽しい生活はこんな風に始まった。


 約3年の間、この楽しい日々は続いた。

 ほどよく苦労して、仕事も頑張って、それなりに成果も出して、普通に恋に落ちて。

 そんな楽しい日々。


 でも、そんな日々こそがマスターを縛る原因になってしまって。


 きっとマスターは、そんな事は無いって言うとは思うけど。

 わたしから見れば幸せな思い出こそが一番の呪いみたいで。

 


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