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猫と僕と知らない世界  作者: シマタロウ
第一部4章:猫と僕と知らない世界

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1-3:猫とはじまりの話 そして、この日から僕は「赤松さん」になった

 東北の寒村で魔術系の組織が処分された。そこでは非人道的な実験が長年繰り返し行われており、尋常で無いレベルで人的被害が出続けていたそうだ。その組織の処分は「とある強力な魔術師」を軸とした「組織を跨る混成チーム」によって決行され、関係者のほぼ全員が現場の判断で処分、生き残った者についても全員拘束済みとの事。実験体の総数は不明だが一名のみ保護に成功。現場で証拠隠滅のため処分された個体や、騒ぎに乗じて逃亡した個体もいるとは思われるが、未だ調査継続中のため詳細は不明。


 で、その「保護に成功した実験体」ってのが僕なわけ。


 そんなこんなで、僕は、いま協会の極東支部でお世話になっている。と言っても、ずっと辺鄙なところにいて社会常識すら知らないので「いきなり都会に連れて行くわけにもいかん」って話になって、千葉県にある教育施設で現代社会のお勉強をさせられていたりする。僕個人としては、どうせなら魔術の勉強とかしたいし、実際に魔術が使われているところを見たりしたいのだけど、お世話になっている状況で文句を言えるはずもなく、日々粛々と普通のお勉強に励む毎日。


 でも、このお勉強が思っていたより面白い。今まで何の変化も無い試験と義務的にこなしていた教育ばっかりだったから、社会の情報を知れる事が楽しくて仕方ない。勉強に身が入って身が入って一日が「あっ」という間に終わってしまう。


 ・・・楽しいのは楽しい。だけど、僕には一つ気がかりがある。僕を助けてくれた依城さん。欠片の理解も出来ない凄い魔術を使う人。あれから会えてないんだよなぁ。

 具体的には「上司にゴリ押ししてくる」ってダッシュで消えてから会えてない。その場のリップサービスだったのか、それともゴリ押し失敗だったのか。どちらにせよ、今の状況で僕に出来る事は無いので大人しく言われた事をこなしていくのみ。でも、正直、ちょっと寂しいんだよね。何か連絡の一つぐらいくれてもいいのになって。もちろん、僕の我儘なんだけどさ、そんなのは。


 そんな感じの状態が約一か月半ほど続いた。すっかり世間の常識も学び終え、他の人とも普通に話せるようになり、一般人的な振る舞いも出来るようになった(と自分では思う)。

 そうなると思考にも余力が出来てきて今後の事が気になってくる。恐らく魔術回路自体は他の人より出力の高いものを持っているはずだけど、僕はそれを活用する方法を持っていない。出来るのは、出来損ないの障壁擬きを張る事だけ。そして、僕には、その無駄に豪華な魔術回路以外に何の取り柄も無い。正直、こんな状態で出来る仕事が世の中にあるとは思えない。これって詰んでないかな?


 ちなみに、今後の事や魔術については、誰に質問しても「そのうち分かりますよ」みたいな回答が半笑いで返って来るだけなので誤魔化されている感が半端ない。これマジでどうしたものだろう。流石にまた実験体戻りって事は無いだろうけど、ずっとこんな暮らしが出来るわけじゃないし・・・ヤバくない?

 そんな風に緩いながらも不安な生活を送っていたある日、朝からお呼び出しの連絡があった。殺風景で妙に広い施設の中、二か月近くを過ごしたのに、まだ一回も足を運んだことの無い区画。そこにさっさと来いとの事。


 朝のお勉強の用意を放り出してさっさと向かう。誰か知らないけど先方を待たせるわけにもいけないから急がないと(一般常識を学んだ成果)。

 指定された部屋のドアには「第3応接室」というプレートがかかっていた。ノックを二回してから「失礼します!」はっきりとした声で挨拶をしてドアを開ける。こういうところから勉強の成果を見せていかないとね?


 そして、扉の向こうで待っていたのは


「あれ?しばらく会わないうちに雰囲気変わりましたね?なんかサラリーマンみたいな入室スタイルでしたよ?」


 久方ぶりの依城さんだ。ソファーに座って「おひさしぶりー」って言いながら小さく手を振っている。


「ぁ・・・・おひさしぶり・・・です」


 いかん、いかんぞ。なんだか緊張してうまく話せない。落ち着け、落ち着け。大丈夫だ。何回もシミュレーションしたし特訓もしたし大丈夫。大丈夫。そう僕は大丈夫。


「すみませんね。遅くなっちゃって。うちに来てもらうのも面会するのも、観察期間が終わってからにしろって上司がうるさくてですね。別にそんなに気を付けなくても、実際に会って話をしてる私が大丈夫って言ってるのに。なんだかうちの上司って、ちょっと心配性なところがありまして。実験の悪影響とか?そんなのがあったら大変だーとか、なんだかんだで組織を壊した協会を恨んでいるかもしれんとか、なんかそんな事を言ってましてね。

 別にそれぐらいどうって事ないと私は思うんですけどね。まぁ、そんなわけで遅くなっちゃったんですけど、話の方は問題無かったですよ。うちで一緒に働きましょう。ところで座らないんですか?」


「あっ、はい。ありがとうございます」


 いきなりドンドンと話を進める依城さんに押し流されてるうちに、なんかよく分からないけど緊張は解れた・・・と言うか、教育兼監視期間だったんだね。知らなかった。でも、確かに納得。そういうのも必要よね、怪しい実験されてたわけだし。


「で、早速うちに来てもらう事になるんですけど、何かしたい事とかありますか?」


「やっぱり、まずは魔術の訓練ですね。今の僕は何も出来ませんし。・・・その前に素朴な質問なんですけど、僕って何処に行くんですか?自分でも今更聞くのはどうかとは思うんですけど」


「あれ?誰からも聞いてません?秘密ってわけじゃないはずなんですけど・・・まぁ、いっか、来てもらうのは私と同じ魔術協会の極東支部ですよ。一応、魔術系の組織の中では、一番まともなところだと思います。

 パッと良い表現が思い付かないですけど、日本にいる魔術師の取りまとめをやっている組織になります。細かい説明は後で私の上司からしてもらうといいですよ。たぶん分かりやすく教えてくれるはずですから。

 あと、そう言えばって感じで言っちゃうのも変なんですけど、私も質問がありまして。これからあなたの事をどう呼べばいいでしょうか?資料にも名前の記載が無かったですし、何か希望の呼び方とかありますか?」


 あぁ、なるほど。確かに呼び名が無いのよね、僕って。ずっと4番って呼ばれてたし。


「名前は確かに無いですけど、もし実験がうまく行って外に出られるようになった時は、村長の身内扱いとして『アカマツ』っていう苗字を名乗ってもらうとか、そんな話を聞いた事はあります」


「なるほど。じゃ、とりあえずは赤松さんって呼ばせてもらいますね。名前はまた一緒に考えましょうよ。一生の事ですから慌てる必要も無いでしょうしね。では、これからよろしくお願いしますね、赤松さん」


 彼女は笑顔でそう言ってくれて、そして、この日から僕は「赤松さん」になった。

 


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