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猫と僕と知らない世界  作者: シマタロウ
第一部4章:猫と僕と知らない世界

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1-1:猫とはじまりの話 僕は目の前の光景に心を奪われていた

 これは「まだ」わたしが生まれる前の話。今のマスターは「まだ」知らないけど、マスターが一番大事にしていた思い出の話。そして、わたし達の「はじまりの話」




 白い部屋、白い天井、ガラス越しにこちらを見ている研究員。僕は一日の大半をこんな環境で過ごしている。部屋から出る事が出来るのは、毎日夕方の運動の時間と数日に一回ある散歩の時だけ。その散歩も施設の敷地内だけだから、まぁ、飼い犬が散歩させてもらってるぐらいの感覚かな。そして、この部屋で何をしているかと言えば


『よし、いいぞ4番。今日もお前がトップスコアだ』


 能力試験をずっとやらされている。実感はあまり無いのだが、僕は魔術回路とやらを後天的に強化された特殊な実験体らしい。自分以外のメンバーは見た事ないのだけど、4番って呼ばれている事とトップだと言われている事から最低でも同じような実験体が4人はいる事が分かる、全部ブラフかも知れないけど。

 ちなみに、何のためか分からないけど最低限の教育は受けていて、だからこそ、なんだかこう「人権」とかそういうのが気になる今日この頃。まぁ、気にしたところで部屋から出る自由さえ無いのだから人権もクソもないのだけど。


『褒賞はいつもと同じでいいのか?』


「・・・それで」


 トップを取ると情け深い事に「ご褒美」が貰える事になっている。とは言え、試験がある度にトップを取れている事から考えると、実際にはモチベーションを上げるために全員に「お前がトップだ」と言っている可能性も大いにあると思う。我ながら捻くれた考えだとは思うけど、たぶん、そんなもんでしょ。


 それはそれとして貰えるものは有難く貰う。僕が欲しいもの、それは実際の魔術の知識。せっかく魔術回路の強化っていう「魔術を使う者向けの調整」が施されているのだから、いつか自分が魔術を使う日の事を夢見て、自分なりに学んでおきたい。


 そう、残念ながら「いつか」の話。どういう仕組みなのかは知らないけど、ここでは魔術を展開する事が出来ない。・・・いつもやってる試験も箱の中に魔力を垂れ流すだけ。そもそも自分が何のために実験体をやってるかも分からないし、ここを出られる日が来るかも分からない・・・けれど、それでも知っておく事自体はきっと無駄にならないはずだから。


 そうやって僕は発動もしない魔術の自主トレと意味の無さそうな試験を繰り返す日々を送っていた。ずっとずっと、ただそれだけを繰り返していた。どうせ、ここから出る事も無く、いつか無意味に死んでいくのだろう、薄っすらそう思いながらも淡々と日々を過ごしていた。


 僕がデータ取りに使われている「魔術回路の強化」とやらが少しだけでも世の中を良くする事に使われると嬉しいかも、なんて事は思ったりもする。もちろん、ずっと引きこもりの僕が実験の成果なんて知れるはずもないのだけど。それでも、そう思わずにはいられなかった。


 そんな諦観にも似た静かで何も無い日々の繰り返しは、ある時、何の前触れも無く唐突に終わる事になった。



 その日もいつもと同じように定刻に目覚めた。そして、いつも通りに意味の分からない試験をこなし、昼ご飯を待っていた。

 だが、珍しい事に、というか恐らく生まれて初めての事だけど、昼ご飯がいつまで待っても出て来ない。


 ???


 あれだろうか?昨日の食事で誰かに食中毒でも出て営業停止的な感じだろうか?まぁ、それは冗談としても、流石に腹も減ってきたので状況ぐらい知りたいところ。

 とは言え、部屋から出る事は出来ないわけで。部屋の三面は真っ白な壁。残り一面は強化ガラスと異常に分厚いドアという監禁犯も真っ青な脱出不可能ルームに居るわけでして。


 ・・・・・・


「そうだ、内線」


 使った事は無いけど緊急連絡用の内線電話が設置してあったのを思い出した。とりあえず受話器を持ち上げてみる。ボタンは二つだけ。通話開始と終了の2ボタンだけ。実に簡単操作。

 はい、スイッチオン


 ・・・・・

 ・・・


 通話開始のボタンを押しても何の反応も無い。壊れているのか、あるいは何かのトラブルか。

 部屋が無意味に防音されている事もあり、さっぱり状況が分からない。それこそ魔術さえ使えれば少しは外の様子を探る事も・・・いや、まぁ、使った事は無いから想像だけど。


 考えたところで、出来る事も無いし、何かあったところで逃げようも無いし・・・大人しくしとこう。とりあえずベッドに座って魔術の教本を読み返す。よく考えたら一食ぐらい抜いても問題は無かった。別に運動するわけでも無いし、ちょっとしたダイエットか何かだと思えば。


 結局、昼ご飯抜きのまま時間は過ぎていく。

 ぶっちゃけ研究員に対する態度が悪かったから「嫌がらせで飯抜きにされてるのかな?」とか思わないでも無い。もう何年もの付き合いになるのに未だに名前すら憶えてないからね。


 ・・・ん?よく考えたら、これはわりとマジで酷いかも?コミュニケーションって大事らしいものね?次に会った時にまだこの事を覚えてたら善処しよう。もう飯抜きは嫌だし。


 そんな事を考えていた時だった。

 突然、部屋の壁と強化ガラスがビリビリと震え出した。いや、部屋中が細かく振動している。


「なんだ?もしかして地震?」


 今までこの部屋にこんな大きな変化が起こった事なんて一度も無かった。緊張で声が震えているのが自分でも分かる。


 そして、唐突に「硬質な何かが砕ける甲高い音」が部屋中に響いた。部屋の中の物は何一つ壊れていないのに、その音だけがハッキリと聞こえた。頭の中でガンガンと音が反響してフラフラする。立っていられず床にうずくまる。音自体はすぐに消えたが頭の中の違和感が凄い。吐きそう。


 うずくまりながら一人で気持ち悪さにうなっていると・・・不意にドアの開く音が聞こえた。

 やっと事態の説明をしに来てくれたか、あるいは遅めの昼ご飯か。

 そう思い顔を上げた僕が目にしたのは、こちらに小さな拳銃を向ける研究員の姿。


「・・・悪いな」


 そう言って引き金に指をかけ


「がぁぁ!!」


 咄嗟に魔力障壁の展開を試みた。

 妙な頭痛がしたが無理やり押し切り、体内の魔力を咄嗟に構築した術式に流し込む。どうせ発動はしないけど、せめて・・・


 そんな事を思っていたが、僕の目の前にはオレンジ色に薄っすらと光る壁のような物が浮かんでいた。


「発動してる・・・・なんで?」


「クソが!」


 そう言いながら研究員が何度も拳銃を発砲する。サイレンサーって奴が付いているのだろう。発砲音はパスパスとまるで玩具のような頼りないもの。だが拳銃弾の威力は本物。僕の不格好な障壁ではその威力を支え切る事が出来ず、魔術の維持を続ける事さえ難しくなってきた。銃弾が当たる度に障壁の形が少しずつ崩れていく。


「ぐぅっぅぅぅ」


 床にうずくまりながらも障壁にありったけの魔力を注ぎ込む。

 だが、もうあまり長くはもたない。いや、そもそも咄嗟に試しただけの魔術が発動している事が奇跡なのだ。これ以上を望む事は・・・


 僕は諦めに沈もうとしていた。


 でも、そんな思いは次の瞬間に吹き飛ばされる事になった。


 何かの衝突音が聞こえると同時、僕の障壁に研究員が叩きつけられた。いや衝突したのは研究員ではなく、研究員だった物と言うべきか。だって、その全身には大きく抉った傷跡が何個もあって、既に生きていない事は明白なのだから。


 もちろん、遺体の衝突で障壁は崩れてしまったけど、僕はその事にも気づかずに目の前の光景に心を奪われていた。


 地面から延びているのは、影のように黒く、そして鋭い無数の針。


 そして、その後ろに佇む黒いツナギの様な服を着た若い女性。肩口ぐらいまでの黒い綺麗な髪、堂々とした力強い立ち姿。そして、少し困ったような表情。


 この人は・・・


「大丈夫。私が助けてあげますから」



 これが僕と依城さんの出会いだった。

 


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