4-4:猫と整い始める舞台 だって、これが僕の誓いなんだから
今日はクリスマス。とは言え、まだ約束まで時間があるので和室でクロと寝ころんでダラダラと過ごしていたり。
依城さんは『長期のお休みが取れた』との事で、今日は仕事を早めに切り上げ、東京から我が家まで来てくれる事になっている。正直、ちゃんと働いているのか激しく疑問は残るけど、後輩さんが良い感じに気を使ってくれているのだろうと判断して、この疑問は忘れる事にする。それに僕の方が圧倒的に働いていない自信あるしね。気にしない気にしない。また今度たくさん働けばいいんですよ?
ちなみに、晩御飯はあえて3人揃って我が家で頂く予定。外で食べると何だかんだでクロが不自由するし。もちろん、クリスマスっぽい料理なんて作れるわけもないので昼間事前にデパートに行って買って来てある。最近はやれる事も無くなって暇になってきたから、買い出しも自由自在。そう、僕は暇なのである。ぶっちゃけ僕がやるべき事はもうほとんど終わってしまった。次に動く必要があるのは、本番1週間前ぐらいからの仕込みぐらい?
あぁ、そう言えば、田村さんが左手用の保護具を作ってくれているはずだけど、あれは間に合うのかな?かなり無茶な注文をしてしまったから無理かな?でも、それぐらいの要求水準でないと貰っても意味ないし。難しいよねー。間に合いそうなら取りに行かないとなー。
そんな事を思いながら畳の上をゴロゴロする。寝ころんでいるクロを起点に右周り、左回り、ゴロゴロと。
「ねぇ、マスター」
クロが可愛い前脚で僕の頭を押さえつけながら言った。
「わりとウザいわ」
ごめんなさい。
ゴロゴロするのをやめて大人しく仰向けに寝転ぶ。静かに穏やかな時間が流れる。再び動き出さないようにだろうか、僕の頭の上にはクロの手が乗ったまま。少し爪先が出ていて痛いような気もするが、それもまた良し。
特に何をするわけでもなく寝ころんだままボンヤリとして過ごす。ゆったりとした時間の中にいると、ふと自分が追い込まれた状況にいる事を忘れてしまいそうになる。いつまでもこうしてのんびり過ごしていけるような。そんな可能性は何処かに無かったものかと、そんな事を思ってしまう。
もちろん、仕事はしないといけないから、いつまでもダラダラするだけでは生きていけないのだけど。それに、それに第一・・・
「んじゃ、そろそろ時間だから迎えに行こう」
頭からクロの手を退け、お出かけの準備を始める。と言ってもズボンを履き替えてダウンジャケットを着るだけなんだけど。コートも持ってるけど寒いのは苦手なので防寒性を重視してダウンが必要になるわけ。筋トレマンは寒がりだからね!
そして、いつも通りクロを頭の上にのせて出発。ちなみにクロは霊体化してるので防寒着とかの必要性はありません。ちょっと羨ましい。
冬の住宅街を二人でサクサクと歩く。この辺りは温暖で雪が降ったりする事は滅多にないけど、それでも体に堪える寒さのように感じる。それこそ体を温めるために駅まで走ってもいいけど「大の大人が街中で走ったりするもんじゃないわよ」と以前クロからお叱りを受けたので寒いけど我慢してサクサク歩くに留める。
最寄り駅の改札前で依城さんが出てくるのを待つ。恐らく、あと10分程度。依城さんは小まめな連絡は何故か苦手だけど計画通りに動いてくれる人だから。
クロが暇そうにしている気配が頭上から伝わってくるけど、話しかけるのも触ったりするのも、傍から見るとヤバい人にしか見えないので我慢する。そんな事をしてたらイマジナリーキャットを構っているヤバい人になっちゃうからね。ご近所でどう見られるかぐらいは僕でも少しは気にするのです。
ぼんやりと改札を通り過ぎる人を眺めていると両手一杯に紙袋を持った依城さんが現れた。きっと都会で色々なお菓子とか買ってきてくれたんでしょうね。いつもありがとう。彼女は、こちらの姿を見つけた途端に笑顔になって走って来て、紙袋を両手に持ったままボフリと僕に抱き着いた。
ふわふわのコートの感触がまるで大きな猫を抱いているかのよう。
と言うか、イキナリはやめて。こういうのは僕に凄く効く。無意味にドキドキするからやめて。いきなりだとメッチャ心に来るから。
「迎えに来てくれたんですね!ありがとうございます!!」
パッと離れて依城さんはそう言ってくれたが
「あぁ、うん、そりゃ、もちろん。あ、荷物、持つよ」
なんかもう先制攻撃のダメージが大きくて謎の片言でしか話せない人になってしまう。
「ねぇ、マスター、少し落ち着きなさい。ちょっとおもしろいわよ?」
クロからの指摘も入る・・・僕のバイタルでも取ってるのかな?いや依城さんもクスクス笑ってるから、たぶん見たら分かるぐらいにキョドってるんだよね。仕方ないじゃん。経験不足だし、そもそもの防御力が低いんだよ、僕は。
「はい、じゃあ、半分お願いしますね」
半分?渡された荷物をなんとなく受け取る。
「出来れば左手で持ってくれますか?」
??唯々諾々と指示に従う僕。
「さぁ、お家に帰って御飯にしましょう!」
そう言って、依城さんは僕の右手を引いて歩き出した。
待って!そういうのも凄く効くから!!互いに片手を空けるために荷物を半分にしたのね!なるほど!凄く機転が利きますね?!
そんなこんなで依城さんからの攻勢で訳が分からなくなった。何かを話しながら帰ってきたような気もするけど、いまいち記憶が定かではない。気が付いたら、いつの間にか玄関扉の前だった。
「はッ?!いったい、いつの間に?!」
「ボケてないでさっさと鍵を開けなさいよ」
クロの呆れ声。ごめんよ。防御力の低い飼い主でごめんよ。
「あれですよ、クロちゃん。久しぶりだったから仕方ないですよ?」
「ナギは普通にしてるじゃないの」
「まぁ、それはそうですけど」
そんな会話を聞きながら家の扉を大きく開けて依城さんを中に招く。
「おかえりなさい」
「・・・・ただいま、赤松さん」
お土産はいつも通り様々な都会のお菓子だった。女性はお菓子好きよね。ちなみに、我が家のお菓子はキットカット以外、全て依城さん経由での入手になっております。いつもたくさんくれるからね、だいたい余ってるのよ。
とりあえず、オススメの箱を開けてお茶の用意をする。わざわざ遠方から来てくれたので、まずはティータイムで休憩なのです。
今日のチョイスは新作のチョコ菓子だったのだけど、なんだか豪華なキットカットみたいな感じだった。いや、たぶん僕が分からんだけなのだけど。なかなか菓子の良し悪しというのも難しいもので。
「あっ、そだそだ、見て見て、なんか凄いケーキ買って来たんだよ!」
別に特別に気合を入れたわけでも無く、近所のホテルに買いに行ったら凄いのしか無かっただけなんだけど。とりあえず、その凄さを共有したい。冷蔵庫からケーキを取り出しダイニングテーブルの上で御開帳。
「うわ、確かに、これは」
絶句する依城さん。そして何故かドヤ顔のクロ。
そのケーキは小ぶりで、ベースは普通のよくある真っ白なクリスマスケーキなのだけど、なんというか上に乗っている飾りのグレードが違う。なんだか白い飴細工的な物でクニャクニャとしたオブジェっぽい物が設置されている。硬い素材なのに柔らかそうに曲がってる感じの謎の造形。デザイン的な価値は分からないけど、作るのが凄く大変であろう事だけは僕にも分かる。
「なんだか分からないけど綺麗で凄いよね」
「ええ、確かに、なんだかよく分からなくて凄いですね。お家でクリスマスを祝う人は、こんなの買ってたんですね・・・これは飾る用?」
「いや、食べるんじゃない?とりあえず写真撮ろうか」
そして謎のケーキ撮影会が始まった。3人ともクリスマスを祝った事なんて無いのでお作法が分かりませんの。まぁ、そのうち一人は猫だけど。
とりあえず満足いくまで撮影したので一旦ケーキは冷蔵庫へお戻り。御飯を食べた後で頂きましょう。・・・でも、これってデザート的なポジションでいいのかな?よく分からない。大体でいいのかな?どんなタイミングでも食べてしまえば一緒だし?
「んでさ、先にこれも渡しておくよ。どういうのが良いか分からないから僕なりのチョイスなんだけど」
クリスマスと言えば、あれでしょ、定番はケーキとプレゼント、よね?
「開けてみても?」
「どうぞ、どうぞ」
依城さんはいそいそと封を開けていく。なぜかテーブルの端っこに座ったクロがご機嫌な顔をして、その様子を眺めている。
「・・・綺麗ですね」
用意したのはシンプルなネックレス。あれだ、装飾過多のより素朴な方が好みだったので。ええそうです。僕の好みだけで選びましたよ。
「どうです。似合いますか?」
付けてみてくれた依城さんは・・・なんというかとても良い顔をしていた。
「うん、とても」
そんな姿を見た僕は、やっぱり簡単な言葉しか話せないポンコツになってしまうわけで。でも、そんなに言葉が必要な場面でも無いような気はする。
だから、きっと、これでいい。
・・・・・・
・・・
それに僕には他に言うべき事がある。
「今年はさ、サプライズっぽくなっちゃったけど、来年は・・・次は、一緒に買いに行こう」
「・・・マスター」
クロの小さな声が聞こえた。でも、これはちゃんと言っておかないと。だって、これが僕の誓いなんだから。
「ええ、そうですね。楽しみにしてますね」
これからも彼女と過ごしていく事が僕の願いなのだから。




