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猫と僕と知らない世界  作者: シマタロウ
第一部3章:猫と準備と裏工作

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4-3:猫と整い始める舞台 でも、それじゃ間に合わない

 馬鹿みたいな強さを誇る近接特化型魔術師の赤松さん、結界魔術を長年研究し続けてきた磐田支部長、在野というかモグリの魔術師であるものの魔力結晶について随一の専門家と言える四谷師匠。


 俺が、俺だけが、何の専門家でも無く、取り柄も無い『大した事の無い奴』だって事を・・・俺は独り噛み締めていた。


 分かってはいたっすけど、正直、辛いっすね。



 支部長は一か月強の缶詰期間を経て、柏木家の伝統的魔術手法である『仮想演算領域への魔術構成の転写』をなんとか物にする事が出来た。俺だって使いこなせるまで何年も必要だったのに、完全ではないとは言え一か月程度でどうにかされると、少し虚しい思いが湧き上がってくる。が、それはそれとして、これで計画を次の段階に進める事が出来るようになった。


 蜘蛛の刀から術式の抽出、そしてそれを魔力結晶に転写し、組み換え、専用の結界を展開する。これが俺達の実現すべき事。支部長の用意が完了したおかげで、とりあえずオーダー通りの結界を作成出来るかどうかの試験を行えるようにはなった。幸いにも魔力結晶には随分と余裕がある。もちろん原材料の事を考えると乱用する事は出来ないけど、新しい試みである以上、試験を行わないという選択肢も無い。


 そして、年の瀬も近づいてきた先週、俺達は第1回目の試験を実施した。準備は完全に行ったはずだった。

 結果は失敗。適切に全ての回路は動いているはずだが何の結果も出力されない。


 それから3人で見直しに入った。それこそ全工程を何度も何度も。

 そして最終的には『蜘蛛の刀に込められた術式を正しく抽出出来ていないのだろう』というところに落ち着いた。他の部分は前工程から流れてきた情報を「流して」「写して」「組み替えて」出力するための回路に過ぎない。つまり、最初の工程から流れてくる材料が不足しているから結果が出力出来ないのであろうと、そんな結論に至った。


 当然の帰結っすよね。


 俺独りで考えさせて欲しいという事で時間を貰った。二人には休んでもらっている。支部長も師匠もだいぶ無理してたっすからね。特に支部長はもういい年なのに。


 二人がいなくなって静かな作業部屋、朝からずっとここにいるけど、正直、もう何をどうしたらいいのか分からない。何時間経っても何一つ思いつかない。

 物に込められた術式を引っこ抜くだけなのに。いつもやっている事と何も変わらないはずなのに。結果が出て来ない。二人の脚を自分が引っ張っている。赤松さんのやろうとしている事が俺のせいでダメになる。圧倒的なまでの無力感。こんなはずじゃ無かった、そんな思いが溢れてくる。

 もっと自分は出来る奴だと。出来るはずだったと。悔しさと情けなさが込み上げてくる。解決策を教えてくれるのなら悪魔との契約だって喜んで結んでしまいそうな最悪の気分。・・・もっとも悪魔なんて見た事ないっすけどね。


 その時、作業部屋の扉がノックされている事に気が付いた。しばらく放置してしまっていたのだろうか、ガツンガツンという激しい感じの叩き方で・・・苛立ちを感じる。


「すみません。いま、開けるっすよ」


 誰だろう?師匠かな?あの人、結構迂闊なとこあるし、忘れものでもしたのかな?そんな事を思いながら扉を開ける。すると、そこにいたのは


「お疲れ様です。あれ?泣いてたんですか?」


「泣いてないっすよ?!ちょっと物思いに耽ってただけっす!!」


 そこには無表情で佇む協会本部から派遣されてきた依城さんの後輩、藤野さんがいた。


「と言うか、藤野さん・・・あなたはまた教えてないはずの場所に当たり前のように」


 なんなんでしょうな、この人は。前もいきなり支部長にさえ秘密にしてる俺の工房に前触れもなく現れたし。


「この前の資料は役に立ちましたか?」


 俺の疑問には答えてくれないんっすね。やっぱね、魔術師の女性は怖い人ばっかりなんですわと。


「今日もちょっと用事があるので中に入れて貰ってもよろしいでしょうか?」


 そう言いながらも、こちらの返事は待たずにグイグイと中に押し入ってくる。なんというか押しが強すぎないっすか?コミュニケーション取る気あるっすか?

 そして勝手に中に押し入った藤野さんは、適当な椅子に座り自前の水筒からお茶を飲みだした。マイペースっすね。凄いっすね。


「すみませんね。今日は少し長い話をする必要があるかと思いまして」


「はぁ、悪いけど忙しいんで出来る限り早く帰って欲しいんっすけど」


「一人で物思いに耽ったところで分からないものは分かりませんよ」


 くそ・・・こいつ、何を分かったような口ぶりで。


「だから、今回もあなたにプレゼントを持ってきました。本当はじっくり悩んでご自身で答えを見つけて頂くべきだとは思うのですが、なにせ制限時間がありますからね。一種の緊急避難のようなものと思ってくれれば」


 どういう事だ?


「蜘蛛の刀から直接結界を構成する要素を抜き出そうとするのは無駄です。だって、あの刀に込められているのは結界の術式なんかじゃないんですから。

 あの刀は『幻想種』にまで昇りつめた蜘蛛の力を取り込み『人に使える形』に加工していただけ。『幻想種』の力を奪い、概念霊装として利用してしまう。それがあの刀の使われ方。

 赤松さんがあの刀にどれだけ魔力を注いでもびくともしなかったでしょ?普通の霊装とは器の大きさが違うんですよ。

 刀本体と術式の分析にもっと時間を掛けていれば柏木さんなら気付けたのでしょうが・・・今回は時間が無かったので勘違いしたのも仕方が無かったと思いますよ」


 藤野さんが一方的にツラツラと語る。

 真偽は一旦横に置いておくとして、内容を咀嚼すると・・・つまり、俺が刀に込められた術式だと勘違いしていたのは、赤松さんが刺殺した蜘蛛の能力?


 もちろん、いま俺達が必要としているのは蜘蛛の力。

 俺は刀から術式を抜き取っていたけど、それは『蜘蛛の力』の制御のために使われているものだった?

 だったら、あの刀から引き上げるべきなのは・・・


「分かったっす!藤野さんのおかげで方向性が見えたっすよ!」


「それは良かったですね。でも落ち着いて。まだハードルはあるのよ」


 いつの間にか興奮して立ち上がっていた俺に藤野さんが座れ座れと手で合図をする。急ぎたい気持ちもあるが、教えてくれた手前、大人しく指示に従う。


 少しお茶を飲んでから藤野さんは続けた。


「今までの話でアプローチの方向性は分かったと思うけど、抜き出すべき物が変わってしまった以上、必要となる手法も変わる事は理解出来ますよね?」


 あぁ、そりゃ、そうだ。違う物を拾いあげるんだから違う理屈が必要になる。ましてや、術式を引き上げるか、力そのものを引き上げるかだ。やる事が変わる事は避けられない。


「分かってるっす。今から支部長と四谷師匠の力も借りて分析のやり直しっす」


「でも、それじゃ間に合わない」


 藤野さんはピシャリと断言した。


「・・・やってみないと分からないじゃないっすか」


 どことなく疲れた様子で「ふぅ」とため息をつく藤野さん。


 ・・・・・・

 ・・・


「別のところの『あなた』のお話になりますが、あなたが幻想種の力を扱える仕組みを構築するまでには20年以上の年月が必要になるそうですよ」


 ・・・・・・

 ・・・


「それは、それは赤松さんからの情報なんっすか」


「直接そうと言うわけでは無いですが、似たような物です」


 意味が分からない。じゃあ


「どうしたらいいんっすか」


 どうにもならないじゃないっすか。


「あなたからするとカンニング、いえ、どちらかと言えばチートですかね?どちらにせよ気分の良いものでは無いと思いますが、ここに『あなたが今から必要とする資料一式』の用意があります。受け取ってくれますね?」


 そう言って藤野さんは前と同じようにUSBメモリと中身が一杯に詰まった封筒を俺に押し付けた。

 観測された結果として『間に合わない』と断言されてしまえば、俺には受け取るしかない。

 これが何処かの俺が作り出したものなのか、それとも他の誰かが積み上げたものなのかは知らない。でも、どちらにせよ、使わなければ、あの人の、赤松さんの力に成れないのならば。


「ありがとうございます。受け取って頂けて助かります。ここからは私の独り言ですが、今回で私達からの手助けは最後になります。ですが、私個人としては、まだしばらくやる事が残っているので、もうしばらくだけ、少なくとも今回の件が終わるまで、私の事は秘密にしておいて頂けると助かります」


 身勝手な事を言って申し訳ないですがお願いしますね。そう言って藤野さんは頭を下げ帰り支度を始めた。


 俺は何の声を上げる事も出来ず、ただじっとそこに座っていた。


「あぁ、そうだ。忘れてました。最後に一つだけ。文脈は全然違いますけど、その資料のオリジナルは『あなた』が作ったものです。『あなた』が他の場所の赤松さんのために開発したものを流用しただけです。・・・そこでは結局無駄になったそうですけどね。だから、それを役立てる事が出来るなら、きっとそこの『あなた』も本望だと思いますよ」


 そして今度こそ藤野さんは去り、俺は独り作業部屋に残された。



 それから3日後、無事オーダー通りの結界を作成する事に、俺達は成功した。

 


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