4-2:猫と整い始める舞台 私の後輩、属性盛り過ぎだと思いません?
この一か月、真面目にお仕事をしている依城です。
いえ、もちろん普段から真面目にやってますよ?ただ今は課長が缶詰とか言って職場に来なくなっちゃってるので私と藤野さんだけで事務仕事をこなさないといけないわけなので、いつも以上に頑張っているという事です。
「ねぇ、先輩。曖昧な表現や主観的な言葉は避けるようにって言いましたよね。そろそろ自分の始末書ぐらい自分で書けるようになりませんか?・・・今回は私の方で修正案を作っておきましたから違和感が無いか確認しておいて下さい」
「はい、ごめんなさい。いつもありがとうございます・・・」
と言うわけで、藤野さんに絞られています。怒り方はキツイんですけど、いつも手伝ってくれるし、優しいところもあったりするんですよ。ちょっと言い方がキツ過ぎるような気もしますけど・・・
私も普通の事務仕事なら問題なく出来るようになったんです。協会に提出する書類も自分一人で作れるようになりましたし(藤野さんチェックは入ってますけど)。でもフォーマットに沿って仕上げれば良い書類と違って、自分で内容を考えて作成する必要があるものはどうにも苦手で。それに・・・色々と隠さないといけない内容もありますし。あと、正直、ちょっと数が多すぎるってのもありますね。最近は余暇の重要性をヒシヒシと感じておりまして、プライベートの時間を最大限確保する事を念頭に置くと、どうしても動きが雑になってしまって。
と言うか、赤松さんと出会うまでは毎日暇を持て余してばかりだったのに、ここに来て仕事が急に増えるってのが意味分からないですね。
あれ?案外、昔は課長のところで仕事が来るのを止めてたんですかね?そう言えば「最近はお前も落ち着いてきたな」とか言ってましたし。・・・そこは気にしないでおきましょう。精神衛生上よろしくない予感がします。
・・・・・・
・・・そんなにダメでしたかね、昔の私って。
「先輩、依城先輩!!」
おぉ、ぼんやりしていた。ごめんよ、後輩ちゃん。
「あっ、すみません。これで問題無いと思います」
内心はさておき、出てくる言葉は無意識レベルで恐縮した感じになっています。藤野さんの教育の成果ですね!やったね!
「もう、意味の分からないところでドヤ顔っぽいのするの止めて下さいよ。書類はこれで出来上がりですし、今日はもうこれで終わりにしてジムに行きましょう。あまり遅くなると混みますからね」
「・・・はい、よろしくお願いします師匠」
「誰が師匠ですか?本当にもうその軽いノリはどこから来たんですかね?」
たぶん赤松さん由来の成分です。
それはそれとして最近は仕事が終わった後に藤野さんに個人レッスンをお願いしたりしています。もちろん、事務仕事とか文章の書き方講座ではなく
スパンという小気味の良い音を立て、グローブで包まれた拳が私の頭を揺らす。そして揺れた視界に写るのは間髪入れずに踏み込んでくる師匠(藤野さん)の姿。
なんとか体を後ろに流さず、その場で踏ん張り、体を捩じって左フック!
と思っていたのに顔面を左側からの衝撃に押され、私の体は意思に反して仰向けで倒れ込む。
藤野さん強すぎ。
そう、こんな風に毎日ジムで近接格闘の訓練をつけて貰ってます。私の弱点は近づかれた時の対応にあるってのは、それはもう身に染みて分かっておりますので。にしても、私だって素人じゃないのに、こうも毎回一方的にのされるのは
「さて、次、行きますよ」
そして、やっぱり容赦が無い。なんだかんだで私の要望に応えてはくれるのですけど、まぁ、容赦が無い。
声を出す元気が無いので無言で立ち上がる。雑な攻め方をするといつも打ち負けるので、次は受けに回ってみる。
だいたい私の場合は実戦で近接戦闘するのは時間稼ぎが目的なわけで。よくよく考えると、そんなに積極的に攻める意味も無いんですよね?
藤野さんの左のジャブをガードでしのぐ。そこから距離を詰めて・・・と思ってたのに!受けたはずのガードが藤野さんの一撃で押し込まれる!ジャブじゃ無かった!全身の勢いを使った一撃がガードの上から撃ち込まれた!!
そして予定調和の如く体勢を崩したところで、顔面に良い感じの右を貰ってひっくり返る私。
ダメだ。私って才能無いや。
もうダメ・・・起きられない・・・あー、天井に埋め込まれた照明が眩しくてウザい。
と言うか格下相手に謎モーションの技とか出さないで下さいよ。
「じゃ、今日はここまでにしましょうか。だいぶ良い動きになってきてますよ。これからも頑張りましょうね」
あー、変なところで優しさを出さないでー。そんなの言われるともっと頑張れちゃうからー。
ジム帰りは疲労でフラフラになりながら藤野さんと駅まで一緒に帰ります。今のところルーチンのように繰り返している定番の流れ。
「なんか全然上達しない感じで嫌になってきたんですけど。毎日ボコボコにされてるだけですし」
「いえ、ちゃんと上達はしてますよ。普通の打撃には対応出来るようになってますし。それに自分なりの工夫を入れる余裕も出てきてるじゃないですか?ほら、今日の『待ちに入る』というのも良い選択だと思いますよ、実戦では。もちろん、他の人の助けが無い時は止めた方がいいとは思いますが」
やっぱり思い付きはダメですか。朱天を出した状態なら「有り」なような気がしますけど、その状態だとそもそも近接戦闘が必要なところまで押し込まれる事も無いでしょうからね。
あれ?そう考えるとなんで格闘の訓練なんてしてるんでしょう?まぁ、そこは言っても仕方ないですか。根本的には不測の事態に備えようって話なわけですし。藤野先生ありがとうございます。でも
「格闘技もそうですけど事務作業も全然上手になれなくて藤野さんに迷惑かけてばっかりで。もう少し色々とうまくやれないかなぁって最近ずっと思ってて」
「はぁ、そんな一朝一夕に全てが出来るようになるわけないじゃないですか」
相変わらずバッサリ行きますねぇ。
「あぁ、でも毎日ボコボコにされるって事に対しては私の気遣いが足りませんでした。痣だらけの体を見たら赤松さんだって良い気はしませんよね、確かに」
ん?・・・・・・・・・え?何?いきなりの下ネタ??
横を歩く藤野さんの表情を伺ってみる。真顔だ。少し申し訳ないような感じの雰囲気さえ漂っている。
ふむふむ。オッケー。了解。冗談で返す場面じゃないね。この人は真面目に言っている。オッケー、オッケー、私は空気も読める子ですからね。
「大丈夫ですよ。私は一晩寝たら大概の怪我も不調も治ってしまいますから!寝て起きたら綺麗なお肌ってわけですよ!」
「・・・・・・・・」
あれ?違いましたか?間違えましたか?なんで滑り倒した時のような空気に?あの、リアクションが欲しいところなのですが
「少し真面目な話をしますが、先輩は焦らずに普通にしてくれてたら良いと思いますよ。支部長達も赤松さんも各々頑張っているようですし。先輩はそれこそドンと構えておいて頂けたら十分かと」
おぉ、リアクションが無いどころか、完全に流してきやがったか。それにしても常に真顔でしゃべるので真意がいまいち分からないですね、この後輩ちゃんは。でも、話の内容からすると、こっちの事情もある程度は知ってるって事ですよね?
「ひょっとしたら藤野さんも何か動いてくれてたりするんですかね?」
案外、そのために欧州から来てくれたのだったり?
「・・・・・・・・・・・」
うん、返事無いし。返事無いし!!
・・・・・・
・・・
「ねぇ、依城先輩、今日で一通りの書類仕事は終わりましたし、クリスマスから年末年始は引っ付けて長期休暇って事にしてくれていいですよ」
「おぉ、マジっすか?!あなたが神か!!」
質問の返事は貰えなかったけど代わりに最高のプレゼントを頂きました!やっほい!
後輩に休暇の許可を貰うって時点でかなり意味不明だけど、実際に仕事を取り仕切ってるのは後輩ちゃんの方なので仕方ないのだ!情けない先輩だけど休みは嬉しいのだ!!
「・・・また、私の事は落ち着いた時にでもお話させて頂きますよ。では、今日はこれで」
さようならと言って藤野さんは帰っていた。
眼鏡で黒髪ロングで仕事も出来て殴り合いもやけに強い。属性を盛り過ぎてよく分からない私の後輩ちゃん。
彼女も秘密とかあるのでしょうね。なんか私の周りはいつの間にか、そんな人ばっかりです。でも・・・
「いつか、もうちょっと仲良くなれると嬉しいですね」




