3-9:猫と修行パート でも、それが私には・・・耐え難い。
「昨日の夜に蜘蛛の刀が届いたそうよ。これで私達の仕込みは終わったわね」
私は独りそう言いながら、眠る彼の頭をそっと撫でる。いつの間にか髪が伸びすぎて前髪が眉より下のラインにまで届いてしまっている。視力が落ちるから髪は短い方がいいって、あれだけ言ってたのに。
「でもね、私達があんなに苦労して色々用意してあげたのに、あの人達って傍から見ると何だか遊んでるようにしか見えないのよね。毎日楽しそうにワイワイしてるし、最近は旅行ばっかりしてるし。
あっ、でも支部長さんは頑張ってくれてる感じがするのよ。昨日も様子を見てきたんだけど徹夜続きでボロボロになってたし。時代遅れかも知れないけど、やっぱり死力を尽くして頑張るってのが一番大事な気がするのよね。だって、それが」
「あら、今日もいらしてたんですね」
いつの間にか看護婦さんが部屋に入って来ていた。全然気が付けなかった。
「すみません。時間をよく見てませんでした。えと、しばらく席を外しておいた方がいいですか?」
「大丈夫ですよ。患者さんの身内みたいなものなんでしょ?そんなに気を使わないで。あっちで座って少し待っていて下さいな」
お言葉に甘え、端っこの方で椅子に座りなおし、看護婦さんが処置をしてくれているのを眺める。
処置といっても、この時間にするのは点滴の交換と体温・血圧の測定ぐらいのもの。患者に負担をかけないためなのか、それとも作業効率を優先しているのか、全ての作業が段取り良くスムーズに進んでいく。
とは言え、私自身は暇なので小さな個室の中をぼんやりと見つめ時間を潰す。
今の彼にとっての世界の全てがこの個室にある。でも、ここには彼があんなにも一生懸命追い求めていた物も、時間をかけて積み上げてきた物も何も無い。清潔で殺風景で何も無い。今は意識さえ無いのだから、それも別にどうでもいい事なのかも知れないけど。
でも、それが私には・・・耐え難い。
「終わりましたよ。また帰る時には声をかけて下さいね」
軽く会釈をかわし看護婦さんを見送る。いつも丁寧に彼の世話をしてくれているのには頭が下がる。次に来るときは差し入れのおやつでも買ってきた方がいいのかな?ここのところ気を張ってたから、そういうのまで心を配れてなかったし。
そんな事を考えながらも、私はまた彼のベッドの横に座る。
こうやって彼の寝顔を独りで見ていると不安になってくる。
本当に彼が目覚める日は来るのだろうか?
やれる事はやったつもりだけど、本当にうまく行くのだろうか?
物事の起こるタイミングをコントロールし、その時点では出会うはずの無い人達を出合わせ、手に入るはずの無いものを手に入れさせ、まだ気付かないはずの事を気付かせる。まるでゲームのチートみたいな事を二人でやってきた。
でも結果がどうなるかは分からない。そこは誰も見た事の無いところだから。それに・・・
「まだ最後の情報は渡せてないし」
本当にこれが必要な段階まで彼らは到達する事が出来るのだろうか?どうにも危機感というか焦りというか、そういうのが感じられない気がする・・・と言っても変な介入をして事態が前倒しで起こってしまえば全てが水泡に帰してしまう。つまり、今の時点で出来る事は既に無い。
・・・・・・
・・・
「やる事が無くなってしまうのも辛いものね」
・・・・・・
・・・
私が気を揉んだところで状況は変わらないし、赤松さんの事だ、どうせ他の人に頼り切りな状況を許容したりはしていないだろう。私には想像も付かないような「奥の手」なり「最後の手段」なりを用意しているんだとは思う、たぶんね。
・・・・・・
・・・
帰る前にもう一度、彼の頭をそっと撫でる。
「仕事があるから、そろそろ戻るわね。また明日も来るから」
本当に彼とまた話せる日が来るかは分からない。
でも、やれる事はやった。彼と一緒に考えて出来る限りの手は打った。
だから、後は待つだけ。でも・・・それでも私は・・・




