2-4:猫と彼の思い 手を・・・・手を握っても・・・いいかな
神社からの帰り道、駅の近くで赤松さんはクロちゃんを呼び戻しました。特別なアクションがあるわけでもなく
「クロ、起きて。終わったよ」
そう呼びかけただけ。それだけでいつの間にか頭の上にクロちゃんが・・・って、よく頭の上にいるとは思ってたけどデフォルトの召喚位置がまさかソコ?!そりゃ座標指定が簡単とか理由はあるでしょうけど、普通そんな術式組まなくないです?普通は魔方陣とかの上に呼び出すものじゃあ?
「どしたの?ナギ。・・・あぁ、そっか、大丈夫よ。元々、二人以外には見えてないんだから」
クロちゃんは目撃されてないかを気にしていると勘違いしたようですけど、それは今更なので、とりあえず「ハハハ」と謎の愛想笑いで流してみたり。
赤松さんは、そんな私の様子を見てニコニコと笑っています。なんだか神社の出口のところで、ちょっと様子がおかしかったような気がしたんですけど、気のせいですかね?今はいつも通りに見えますし?
・・・何かあるようなら自分から話してくれますよね。それぐらいの信用はありますよね?
「ねぇ、依城さん」
そんな事を考えていたので、いきなり呼びかけられてビックリ。
「ハイ!なんでしょうッカ?!」
少し声がひっくり返りましたよ。
「??いや全然大した事じゃないんだけど、夜ご飯の時はお酒飲んでもいいけど控えめで行って欲しいなって」
ん、前回はかなりの醜態を晒しましたものね。言われても仕方がありません・・・飲みだすとブレーキが効かなくなりがちなのは自覚してますし。
「今日は寝る前に少し話をしたい事があるから」
おっ?!これは・・・これは!!ひょっとしたら愛を囁かれる系の話っすか?!!そりゃ酔っぱらってる場合じゃありませんな!と言うか、流石にそんな場面でべろんべろんだったら百年の恋も冷めちゃいますよ的な。これはちゃんと自省しないと。大丈夫です、お任せください、あなたの依城さんは反省出来る女ですから。今日はちゃんと意識を保ったまま夜まで過ごしてみせますから!前回のような醜態を晒すこ事は二度とありませんから!!
「あれ?依城さん、どうしたの?」
「マスターが思わせぶりな事を言うから固まっちゃってるのよ。もう少し気を使ってあげないと」
「?????」
うむ、さすが赤松さん。安定の分かってない表情。
「いえ大丈夫です。気にしなくてもいいんですよ」
ちょっと私の暴走癖が出ただけですし、そういった気遣いが出来なさそうなのは、こちらも重々承知なので。流石に猫以下ってのに思うところが無いわけでは無いですが。
「まぁ、それならいっか?んじゃ、サクサク戻ろうか。早めに買った物の整理をしておいた方が良いだろうし」
そう言って赤松さんは楽しそうに笑い、私の手を握った。
その顔はとても楽しそうで、少し前に感じた些細な違和感なんて私はすっかり意識の外に追いやってしまった。
そしてホテルに戻ってきました。半日ぶりぐらいですね、ずっと周りをウロウロしてましたけど。まず最初はチェックインのお時間。と言っても事前に払いも済んでいるそうでカウンターで名前を告げるだけの楽々手続き。
今更ですけど誰が用意してくれたんでしょうね?また来週にでも課長に聞いてみましょう。
はい、サクサクっと手続きが終わったのでお部屋にご案内・・・って案内の人が付くんですか??あれ荷物も持ってくれるんですか??嵩張るけど軽い物ばかり(駄菓子と服が主)ですので、そんなに気を使わなくても??あれ、ホテルって、こんなエスコートみたいな事をしてくれましたっけ???
赤松さんと二人して違和感に顔を見合わせながら言われるがままエレベーターに乗り込む。押されたボタンは28階。このホテルの最上階・・・・ヤベェですよ、これ。
「ねぇ、依城さん、これ凄く高価な部屋なんじゃあ」
赤松さんも気付いたようです。少し顔が引きつっているのが、申し訳ないけどちょっと面白いです。
「ご案内させて頂くお部屋はエグゼクティブスイートになっております。夜景が綺麗な部屋でございますよ」
荷物を持ってくれているホテルの人が教えてくれました。
・・・・エグゼクティブでスイートですか。当初の旅行の予定にあった民宿からだとどれぐらいランクアップしたのでしょう?
到着したフロアは、エレベーターホールが無意味に広々としていて何故か部屋があんまり無い場所でした。ホテルってドアがズラズラあるイメージしか無いので違和感が凄いです。
そしてホテルの人の引率でお部屋の前まで連れて行ってもらいましたが・・・私が思うに、ここって、たぶん大きい会社の偉い人が大事な会合とかの時に泊るとこですね。なんだか、そんな雰囲気です。遊びで使って良かったのでしょうか?
赤松さんが恐々と扉の鍵を開ける。なんとなく二人しておっかなびっくりです。場違い感が半端ないですもの。
「何してるのよ、二人とも」
クロちゃんだけがいつも通りの態度。赤松さんの頭から飛び降り、開いた扉の隙間を通り部屋の中に一人先んじて走り込んでいく。
「あら!いい部屋じゃないの!!」
中からそんな声がしますが電気が消えていてよく分かりません。
「あぁ、これか」
壁際をゴソゴソしていた赤松さんが電気のスイッチを発見。そして照明オン!
部屋はなんというか想像以上に広い。たぶん赤松さんのお家と同じぐらいの広さはあるんじゃないのかな?
「見て見て、大きなベッド!!」
クロちゃんがベッドの上でピョンピョンしている。この前のいかがわしいホテルより普通に大きい。
とか思ってたら赤松さんもベッドにダイブ。クロちゃんが反動で跳ね上がる。ポーンって。
「ちょっと危ないじゃないの?!」
「ハハハハハハハハ」
怒るクロちゃん、テンションが振り切れて笑う赤松さん。
よし。私もダイブだ。一瞬だけ膝を曲げ力を溜め、一気にベッドに飛び込む!
おぉ、モフっとした感じでベッドが全ての衝撃を受け止めてくれる。そして視界の隅でクロちゃんが再度跳ね上げられているのが見えた。
これは素晴らしい。確かに笑える。
「アハハハハハハハハハハ」
「もう何なのよ、二人とも。子供じゃないんだから、ちょっとは落ち着きなさいよ!!」
そんなクロちゃんこそ最初に飛び跳ねてましたけどね。
私達は三人でしばらく声をあげて笑った。なんだか無性に楽しかったから。
そして、しばらく経ってテンションを落ち着かせた赤松さんがゴロリと仰向けになる。とりあえず私も仰向けに。
「いや、ホント凄い部屋だね、ここ。凄すぎて表現の方法が思いつかないや」
「私もこんなとこ初めてです。仕事で遠出をする時はあんまり良いところに泊る事も出来ませんし」
あれ?よく考えたら、いつも呼ばれて出向いてるのに・・・それにしては扱いが悪いような?車中泊かビジネスホテルの小さい部屋ばっかりですよ?
「そうなんだ。やっぱ派手に動くと目立つから使える施設が限られるのかな?いつも大変なんだね」
なるほど。そうなのかも知れません。必ずしも嫌われてるとか軽んじられてるとか、そういう事ではないのかも?と言うか、きっとそういう事ですよ。そうに違いありません。
と、そんな風にベッドの上でダラダラと休憩がてら時間を潰したら次は晩御飯。なんというか最高の時間の使い方ですよね。可能なら毎日こうして過ごしたいぐらい。
まぁ、何日か続けるだけでメッチャ太りそうですけど。朝から食べて遊んで食べて遊んでの繰り返しですし。実際のところ、赤松さんは私が太ったところで気にしないとは思いますが。
いえ、気にしないどころか相談したら「こんな良いトレーニングメニューが」みたいな展開が待っているような予感さえしますね。なんというか『一緒にトレーニング編(very hard)』が始まる感じかなと。
ちなみに晩御飯はホテルの中のステーキレストランにしました。お昼はクロちゃん優先で海鮮を選択したので、晩御飯は私達の好みでお肉です、牛肉です、ブランド和牛です。
ここも想像以上にすんごい贅沢で綺麗な造りのお店でしたが、流石に耐性が出来てきたので二人とも普通に過ごす事が出来ました。キョドってないですよ?本当ですよ?
そして、肝心の食事は、当然のように過去最高レベルで美味しいお肉を出してくれたのですが
「ねぇ、クロちゃん、お肉を食べたいのは分かるけど流石に危ない橋を渡りすぎなのでは?」
クロちゃんが普通に机の上に座って赤松さんのお肉を強奪しています。
あれですよ、目の前の鉄板で焼いてくれるスタイルのお店ですよ。つまり、料理人が目の前にいる状況ですよ。大胆過ぎですよね?
「大丈夫よ!こんな事もあろうかと!認識の疎外と情報の捏造をリアルタイムで行える術式を開発しておいたから!!ちょっと魔力の消費は重いけど魔術師でも無い普通の人には効果抜群なんだから!」
なるほど。そう言えば食事中なのに赤松さんがやけに静かですね。高級店だから気を使っているのかと思っていましたが、単純に魔力を吸われ過ぎて無言になっているだけだったと・・・って、それダメなのでは?
「大丈夫ですか?赤松さん。維持が辛かったら途中で言って下さいよ」
「ん。大丈夫、大丈夫。このままでも後10分ぐらいは行けると思うから」
ダメじゃん!余裕ほとんど無いじゃないですか?!
「ねぇ、クロちゃんそろそろ。またお肉は食べさせてあげますから」
「そうね。わりと満足したしマスターも辛そうだから、これぐらいにしておいてあげるわ」
そう言ってクロちゃんは赤松さんの頭の上に戻ってくれました。
「はぁー、疲れた。この術式はダメだね。消費が重すぎて使い物にならないや」
この二人は一体何をしているのでしょうか?物凄く高度な魔術を食事用に・・・と言うか、そもそも食事のために魔術を使うの止めましょうよ。ほら一応、魔術って神秘とか、そういうのじゃないですか?とは思うのですけれども
「うわ!なにコレ、美味し?!」
と喜んでいる赤松さんを見ていると、別にどうでもいい気がして来ました。言ったところで、この2人は絶対に止めないでしょうし。
あっ、そうそう、お酒はちゃんと控えましたよ。頂いたのは食前酒だけです。私はちゃんと反省出来る女ですからね。
そして、食事が終われば後はお風呂に入って寝るだけです。とは言え、今日は色々あるかも知れないので念入りに体を洗ったりしてみます。正直に言えば、昨日も同じことをしました。結局は寝落ちしちゃいましたけど。もっと積極的に行った方がいいんでしょうか?・・・それにしても
「なんでこんなに広いのでしょうね」
思わず独り言が零れるほどにお風呂が大きい。長くなりそうだから赤松さんに先に入ってもらったんですけど、これなら普通に二人で入ったところで
「そうじゃん!なんで普通に順番に入ってるの・・・誘えば良かったのに」
ちょっと時間かかるから先に入ってて下さいよーって『一番風呂を譲ってあげます』みたいなノリで風呂場に叩きこんでしまいました。
あれですね。私には何かが足りません。もちろん、赤松さんにも足りませんけど。
・・・まぁ、仕方ない。・・・明日もあるし。明日もあるし!
そんな感じにちょっとガッカリ感を抱えながらお風呂から上がる。すると、そこにはベッドの端っこで仰向けになって寝ている赤松さんが。位置から考えると、最初は腰かけてたけど、そのまま寝落ちしたって感じでしょうか。
・・・私があがるのを待ってる間に眠っちゃったんでしょうけど、そこはもうちょっと頑張ってもいいでしょうに。普通、一緒に泊ってる彼女がお風呂に入ってる間に寝ますか?そこは寝ないでしょう!!
なんとなく、ちょっとだけ怒りを覚えながら赤松さんの横に座る。どうやって起こそうかと思っていましたけど
「あれ?なんだか苦しそう」
良く見るとうなされてました。それも酷く。眠りながら歯を食いしばって何かに耐えているような表情で・・・
「ねぇ、ちょっと、大丈夫ですか?どうしたんですか?!」
慌てて赤松さんを揺さぶって起こす。
「あぁ、ごめん。寝てたみたい」
まるで何も無かったかのように目を覚ましました。けど
「酷くうなされてましたよ」
「うん。最近さ、ちょっと夢見が悪くて」
あれは夢見が悪いとか、そんな軽く済ませて良い物なのでしょうか。
「いや、依城さんに隠し事をするのは良くないね。・・・それに元々今晩はその話をするつもりだったから」
赤松さんは俯きながらそう言った。
「ごめん。お願いがあるんだけど・・・・手を・・・・手を握っても・・・いいかな」
「もちろんいいですよ。何と言っても、私はあなたの彼女なんですから。それぐらいドンと来いです!」
少しお道化て返事をしてみた。
「ありがとう」
静かにそう言うと、赤松さんはその大きな手で私の手をそっと握った。
その手は可哀そうなほど力なく震えていた。




