<閑話14> 南からの手紙
テルネーゼ侯爵家の書斎。分厚く重厚な机で、ベルナードはひどく険しい表情で一通の手紙を見つめていた。
差出人は娘のエミリアだった。シャリューン王国からの早馬で届けられたそれは、衝撃的な内容にもかかわらず、客観的な事実と今後の行動予定のみが簡潔な文章で綴られていた。
おおよそ貴族の令嬢が父に書く文面ではない。ベルナードは内心呆れていたが、美辞麗句を並べている場合ではないということも理解できた。
手紙には、ジルベルトからも王宮へ同様の報告が届けられているとある。これは、王太子と一度話し合う必要がありそうだ。
「……オルフェンを呼んでくれ」
ベルナードの低い声に、控えていた執事が足早に部屋を退出した。
「お呼びでしょうか、旦那様」
「……これを読め。エミリアからだ」
手渡された羊皮紙に目を通したオルフェンは、常に冷静な彼にしては珍しく、わずかに息を呑んだ。
「法王国の暗殺部隊による襲撃!? それに……ラウルが竜に攫われた──?」
オルフェンは思わず声に出した。
手紙には、サマルでの戦闘の経緯、ラウルがありえないほどの熱を放って暗殺者の持つ特殊な聖遺物を破壊したこと、そして直後に上空から飛来した『竜』によって、北西──マレンデールの方向へ連れ去られた事実が淡々と記されていた。
──エミリアは自身の〝力〟のことを書くと、また話がややこしくなると思ったのか、管理者や導師については伏されていた。
さらに末尾には、『ラウルの捜索のため、ジルベルト殿下たちと共にマレンデールへ向かう』とあった。
「エミリアの報告に虚偽や誇張はないだろう。だが、竜なる生物が実在したなど、にわかには信じられんな」
ベルナードは立ち上がり、窓辺へ歩み寄った。手を後ろに組むと、一つため息をついた。
雇い主であるベルナードの疑問に対し、オルフェンは沈黙したままだった。
彼の脳内では、かつて自らが封印した記憶が、つい先日のような鮮明さで蘇っていた。
「事態については理解いたしました。お嬢様のご判断も、危険ではありますが〝らしい〟といえば〝らしい〟かと。私もギルドなどのツテを頼り、マレンデールについての情報を集めましょう」
「……頼む」
ベルナードが短く応えると、オルフェンは一礼して書斎を後にした。
◇ ◇ ◇
侯爵邸の一角にある、彼に与えられた私室に戻ったオルフェンは、窓辺に立つと西の空を見つめた。
ここからは見えないが、シャリューン王国とガルナック帝国の国境に広がる険しい山岳地帯──マレンデールの風景を思い出す。
「リーズ……」
マレンデールの奥地にある谷、オルフェンはそこで後に彼の妻となるリーズと出会った。彼女は、ただの山奥の村娘などではなかった。そのため村を出ることになった。
──いや、自分が村から連れ出したのだ。
それが正解だったかどうか今でも分からない。現に、リーズはもういないのだから。
息子の左腕にあった、奇妙な痣。
リーズにもあったものだ。
それが何なのか、今まで息子には話してこなかった。このことを話すと、記憶が抜け落ちている息子にあの時のことまで話すはめになってしまうと思ったのだ。
だが、エミリアの手紙にあった「ありえないほどの熱」という事象──やはり、血は争えないのかと心が沈む。
そして、ラウルを連れ去ったという竜。
(……竜はラウルを攫ったのではない。ラウルだからこそ──リーズの血を引く者だからこそ、迎えに来たのかもしれん)
オルフェンは窓枠に手をつき、小さく息を吐いた。
父親として、そしてエミリアの師として、王都でできることはないだろうか。だが、竜の真実は谷の秘匿であった。
ギルドのツテを頼るとは言ったものの、正直見込みは薄い。
あのとき、よく帝国が気づいたな──と、今さらながらに思った。
今はただ無事を祈るしかない──オルフェンは振り返り、自身の机へ向かった。
これにて第3部「精霊使い編」完結です。
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【予告】
さて、次話より第4部「竜の谷編」です!
※第4部開始は4月下旬の予定です。
竜が棲む谷があるという、マレンデール。
エミリアは無事ラウルを探し出すことができるのか?
・ラウルの謎の力とは?
・ラウルの母、リーズの正体は?
・竜の真実とは?
・マレンデールへ向かった枢機卿ロイデンは?
法王国だけでなく帝国も注目する新天地、マレンデールでのエミリアの冒険を、引き続きお楽しみください!
並行して公開中の新作、
『指環の執行官──警視庁捜査一課第四特殊犯捜査係』
https://ncode.syosetu.com/n8354ma/
オジサン刑事と謎の女子高生が異能犯罪に挑むサスペンス!
ローファン×異能バトルと、本作とはまた違ったジャンルですが、こちらも読んでいただけると嬉しいです。
今後もよろしくお願いします。




