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【第4部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
精霊使い編

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第80話 沈黙の空間

 王都エルマースでの祝宴の翌日。ジルベルトがエミリアの客室を訪れた。本日あらためて怪我人たちの診察をしてもらっており、その結果を伝えに来たのだ。


「エミリアさん。幸い、ラウル君や衛兵たちの怪我は大事には至らなかったようです」


 その言葉を聞いて、エミリアはほっと胸をなで下ろした。

 だが、今、無理に国を跨ぐ移動を行うのは負担が大きいだろうとのことだった。治癒魔法も万能ではない。完全な治癒は、ある程度手当てした後、各人の回復を待つほかない。


「私の仕事もあと少し残ってます。もう数日は王都ですね」


 その後はシェナの帰郷に合わせて、サマルにしばらく逗留させてもらう手はずとなったらしい。さすがに衛兵なしで国境を越えるのは危険だ。慎重なジルベルトらしい対応だった。


「もっとも、仕事とはいっても会議に参加するだけなんですけどね」


 ライモンドから伝えられている判断基準を元に、認められた権限の中で裁可を行うという。伝書鳩とあんまり変わりませんよ、と彼は自嘲気味に笑った。




 数日後、エミリア一行は国王や長老ダールノに別れを告げ、シェナの故郷であるサマルへの帰途についた。


「導師よ、私の方でも何か手がかりがないか調べておきましょう」


 王都の入口まで見送りにきたダールノはそう言うと深く頭を下げた。


 道中は穏やかであったが、エミリアの心は晴れなかった。根本的に解決されたわけではないこと、その解決の手がかりがないこと、そしてラウルの体調。焦りばかりが募ってゆく。


 怪我のことを考えゆっくりと帰路を辿った。途中ようやく雨が止み、わずかに晴れ間が見えた。ただ雲はまだまだ厚く、またすぐに雨が降りそうにも見える。


「これが本来の雨季なのです」


 シェナの声はいつものようにか細かったが、それでもエミリアには、彼女の声がほんの少し弾んでいるように思えた。


 一行がサマルの街に到着したのは王都を出て一週間後、陽もとっぷりと暮れた頃だった。

 街の人々から安堵と歓迎の声で迎えられ、エミリアたちはすぐさま族長の屋敷へと案内された。夜も遅かったため、シェナの父である族長ザイードのみとの対面となり、あらためて翌日に場を設けてもらうこととなった。


「ラウルさん、体調悪そうですね……」


 心配そうな表情を見せながら自室へと向かうシェナと別れ、エミリアたちは客室へ向かった。


 ラウルは客室に入るなり、寝台へ倒れ込んでしまった。


「ラウル! 大丈夫!?」


 エミリアは駆け寄った。

 エミリアの問いかけに、ラウルは荒い息を吐きながらゆっくりと目を開けた。顔色は青白く、右手で左腕を強く握りしめている。


「……治癒魔法を何度かけても熱が引かない。まるで腕の内側から……燃えているような感じなんだ」


 ラウルはかすれた声で答えた。

 エミリアがラウルの左腕の袖を捲り上げる。


「熱っ──!」


 エミリアの手に刺すような熱を感じた。

 以前はただの鱗状の火傷痕に見えていた痣は、今は不気味なほど赤く脈打ち、微弱な光を放っていた。触れると火傷しそうなほどの熱を持っている。


「お嬢様。私、お水をいただいてまいります」


 アンナが扉の方へ向かおうとしたちょうどそのとき、部屋の扉が開いた。水盆を手にしたシェナだった。


「ラウルさん、大丈夫ですか? ……あっ、その腕」


 彼女はラウルの腕の痣を見るなり目を丸くした。


「あ、姫様……どうされました?」

「水を持ってきたんです」


 中に入ってきたシェナは寝台の脇のテーブルに水盆を置くと、ラウルの痣をまじまじと見つめた。


「あの……それ、私にも覚えがあるんです。小さい頃、精霊の痣が濃くなるとき、同じようにひどい熱と痛みが出ました。この国では『精霊の祝福』と呼んでいるんですけど」


 シェナは一拍置いた。


「もしかして……ラウルさんも精霊使いなんですか?」


 精霊使い──だが、エミリアの感覚はそれとは違うものだった。たしかにあの声が示す通り、〝オペレーター〟である可能性は高い。ただ、精霊使い以外にもオペレーターという存在がいるのか──それは謎だった。


「でも、変ですね」


 エミリアが口を開くより先に、シェナ自身が首をかしげた。


「ラウルさんの周りに精霊の気配をまったく感じません。それに、なにより痣の形が私達のものとは違いますし、症状も微妙に違うような……」

「そうなんです。でも、病気や呪いの類とも違う感じなんです」


 エミリアは呟いた。

 ラウルから発せられている圧倒的な熱。だが、これがラウル自身から生み出されているかというと、それもまた違う気がした。

 何らかの仕組みが、ラウルを通じて熱を発している──そんな感覚すら覚える。


「こんなの見たことがないわ……。ラウル、あんたこれ、昔からこうだったの? 違うわよね?」

「……ああ。こんなことは初めてだ。それに──」

「それに?」


 呻くように呟いたラウルはそこで口をつぐんだ。


 なぜかは分からないが、母から「内緒にしろ」と言われた。だが、原因が分からないまま苦しみ続けるのも嫌だ。

 エミリアとだったら解決の糸口が見つかるかもしれない──高熱に浮かされながら、ラウルはぽつりぽつりと記憶を辿るように話し出した。


「……母さんは、これを『特別な友達ができる印』だって言ってた」

「お母様? あんた、うちに来たときにはお母様はいなかったわよね?」

「ああ、物心ついたときにはいなかった。死んだのかどうかも知らない。父さんも話してくれなかった」


 エミリアは息を呑んだ。

 ラウルから母の話を聞くのは初めてかもしれない。当時、自分もまだ小さかったからかもしれないが、ラウルとオルフェンの親子が侯爵家に住みだしたとき、ラウルの母がいないことに何の疑問も持たずにいた。


「俺たちがイルスレイドの生まれじゃないのはエミリアも知っているよな? 父さんと母さんは、父さんが大陸を旅していた時に出会ったらしい。詳しい場所は聞いてないが……イルスレイドから遠い西にある、山深い谷の出身だって……」


(西の山深い谷……)


 どこだろう。山なんてどこにでもある。西といえは、イルスレイド王国とガルナック帝国の国境の山岳地帯。もっと西というと、ガルナック帝国とシャリューン王国との国境か。あの地方はたしか──


「ラウル、その谷がある所って──」


 エミリアが尋ねようとしたその瞬間。


 ──ズンッ!!


 大気を震わせる重低音と共に、館全体が激しく揺れた。

 外から人々の悲鳴と、金属が激しく打ち合う音が夜の闇を引き裂く。


「何事だ!?」


 隣室からジルベルトが剣を片手に駆け込んできた。エミリアも窓の外を覗き込もうとした直後、彼女の脳内に、氷のように冷たい無機質な声が立て続けに響き渡った。


《警告。未認可のフォーマットデバイスが作動》

《ローカルネットワークへの接続が切断されました》

《オペレーター権限、および管理者コマンドの送信が制限されます》


「ネットワークが……切断?」


 また分からない言葉だ。だが、これまでの無機質さとは明らかに違う──『警告』の言葉のとおり、危機的状況を告げるかのような冷徹さだ。


 エミリアが呟くと同時に、目の前に広がる館の中庭に複数の黒い影が見えた。漆黒の法衣姿の男たちだった。法衣は所々濡れたように不気味な照り返しがある。あれはもしかして──返り血ではないのか。


「──そこにおられましたか」


 男たちの背後から、灰色の法衣を着た不気味なほど柔和な笑みを浮かべた男が姿を現した。


「……誰なのよっ!?」


 エミリアが叫ぶと男は拳を口に当て、ククッと嗤った。だがその嗤い声は、どこか作りもののように思えた。


「これは申し遅れました。私、異端審問官のソルダムと申します」


(異端審問官──!)


 エミリアはソルダムを凝視した。

 彼は柔らかな笑みを浮かべていたが、その表情はまるで仮面のように感情が見えない。そして彼の手には、何かの文様がびっしりと刻まれた小さな金属の箱が握られていた。


「審問の結果、教会法に則り、あなたを神のもとへ還すこととなりました。神は慈悲深い。もう一度神のもとで正しき教えを学ばれると良いでしょう」


 ソルダムは箱を持った手を掲げ、何かの言葉を呟いた。

 その瞬間、エミリアの耳元で「キイィィン──」という耳鳴りのような音が鳴る。


(なに? この音──)


「精霊の声が……聞こえません!」


 振り返ると、シェナが口に手を当て青ざめていた。悲痛な叫び声を上げた彼女の周囲から、常に彼女に付き従っていた光の粒子が完全に消えていた。


(どういうこと!?)


「精霊か何かは知りませんが、聖遺物『静謐の箱』の前ではすべての〝仕組み〟が亡きものとなるのです」


 ソルダムが顎を上げた。

 次の瞬間、漆黒の法衣たちが声すら上げず地面を蹴り上げ、無防備なエミリアへ襲いかかってきた。彼らの持つ剣が、窓からの光を鈍く映した。

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