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【第4部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
精霊使い編

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<閑話13> 令嬢の決意

 数日後。父からの手紙を受け取ったイルダは王宮での職務の合間を縫ってルーエン伯爵邸へ帰省した。

 家族揃っての昼食後、ルーエンは妻と娘を書斎へ呼び寄せた。


「あなた、どうなさったのですか? イルダまで里帰りさせて」


 昼食の場で夫人にイルダの急な里帰りの件を尋ねられても、ルーエンは食事の場で話すことではないなと感じ、はぐらかしていた。


 我慢できないといった様子で夫人が眉を寄せると、ルーエンはやはり曖昧な返事をし、手に持ったカップをしばし見つめていた。やがて、カップをゆっくりと机に置くと、ようやく切り出した。


「……実は、イルダの縁談の話なのだ」


 夫人の表情が途端に明るくなる。


「まあ! そうだったんですの!? んもぅ、私にも隠してらっしゃるなんて。……それで、いったいどちらのご家門でらっしゃるんですの? それとも……もしかして……」


 妻の期待に満ちた瑠璃色の瞳から、ルーエンは視線を少しだけ逸らそうとした。だが、ここまできて誤魔化すわけにはいかない。

 ルーエンは軽く咳払いをすると、重々しく答えた。


「テルネーゼ侯爵家だ」


 輝いていた夫人の瞳は一瞬で色を失い、みるみるうちに表情が険しくなる。


「……なんですって? テルネーゼ家ですって……もしかして、先日テルネーゼ卿をご招待なさったのは、このお話……。なんてこと……」


 夫人は今にも食ってかかりそうな様子だ。唇を噛み締め、握りしめられた拳は震えていた。


「あなた……あの家のことを知らないわけではないでしょう!? 私はあの娘にどんな辱めを受けたか……」


 妻の怒りも分かる。しかしながら、そのことを差し引いてもこの縁談は成功させなければならない。

 だが、それを今の妻に説明しても聞き入れてもらえなさそうだ。


「あり得ません! あの生意気な小娘がいる家門など絶対に認めなくってよ!」


 茶会での屈辱は、妻のプライドに深い傷を残しているようだ。彼女は扇を握りしめ顔を紅潮させてイルダに向かってきつく言い含めた。


「イルダ、あなたも断りなさい。あなたは本来ならジュリアン殿下の妃となるはずだったのです。あのような血脈の怪しい、しかも異端の噂がある家門に入るなど……ルーエン家の恥です!」


 ──何をもって〝血脈が怪しい〟というのか。侯爵家は武の血脈に秀でた家門だ。エミリア嬢が〝二つ持ち〟であることはただの〝神の祝福〟だ。自らの血脈を信じるあまり、すっかり歪んだ認識を持ってしまっている……いや、そう思わないと納得できないのか。

 それに異端など根も葉もない噂だ。結局、妻は自分の手の届く範囲しか見ようとしていないのだ。


 ルーエンは内心でため息をついた。


 貴族として、伝統ある血脈制度を大事にしたい気持ちは確かにある。第二王子派に属していたのもそんな思いからだった。

 だが、血脈の濃い薄いで家門や人物を比較することには疑問を持っていた。


 とはいえ、今さら妻と血脈論を交わしたところで平行線になるのは目に見えている。




 もの凄い剣幕で金切り声を上げる母の表情を、イルダは一歩引いた姿勢で見つめていた。


 ──ジュリアン殿下への憧れ。


 母の言葉を聞きながらイルダはひどく冷静に自問していた。あれは本当に自分の感情だったのだろうか。いや、違う。母からそう言われ続け、自分でもそう思い込んでいただけだ。権力や見栄という虚像に恋をしていただけかもしれない。


 イルダは静かに、しかしはっきりと首を振った。


「いいえ、お母様。私はこの縁談をお受けします」

「……は?」


 予想外の返答に夫人は絶句し、ルーエンもわずかに目を見開いた。

 イルダは姿勢を正し両親を真っ直ぐに見据えていた。そこには、かつて彼女から醸し出されていた血脈を鼻にかけたり両親におもねるような様はなく、真摯に自らの意思を表そうとする姿があった。


「お母様のおっしゃることも分かります。ですがエミリア・シル・テルネーゼは、お母様が考えているような狡猾な悪女ではありません。それに何より……クロード様は素晴らしい方です」


 イルダの脳裏に鮮明な記憶が蘇る。


『よく頑張った』

『あなたの剣は強く……美しい』


 デルナム侯爵邸の冷たく暗い部屋に捕らわれた時の絶望。扉が破られ、光と共に飛び込んできたクロードの姿。恐怖に震える自分を保護し、その後も不器用なほど優しく寄り添ってくれた温もり。


 そして王宮の練兵場。剣を振っても消えなかった事件の恐怖と己の無力さ。今まで心の拠り所だった自分の剣が根本から否定されたようで、自分ではもうどうにもならなくなっていた、あの時──


 あの不器用な騎士は、自分を心配したり励ましたりする──そんな上辺だけの言葉ではなく、自分の剣を認める言葉をかけてくれた。

 幼いころから剣とともに生きてきた自分にとって、あの言葉は自分のすべてを肯定してくれたような気がしたのだ。


 憧れ──それも〝思い込んでいた〟思慕の相手ではなく、自分のすべてを認めてくれる相手。


 それは、これまで出会ったことのない男性だった。


 それに、自分も王宮で働く侍女だ。あの事件以降、自身を含め、第二王子派であるルーエン伯爵家が周りからどのように見られているか、痛いほど身にしみていた。

 騎士団副団長という立場だから処罰を免れた──法王国とは何の関わりもなく、陰謀にも加担していなかったのに、王宮でそのような陰口を叩かれているのも知っている。

 だが、母の周りは取り巻きしかいない。我が家が今どのような目を向けられているかは実感できていないだろう。


「もちろん、政略という側面は理解しています。でも、お父様のことですから、たぶん……我がルーエン伯爵家の立場だけのことではないのでしょう?」


 イルダが政治的意味合いのことを口にすると、ルーエンはわずかに眉を動かした。


「お父様は……派閥をなくそうとされているのでしょう?」


 ルーエンは言葉が出なかった。

 娘は思っていた以上に王都の貴族社会のことが見えていた。王宮は王都の貴族社会の縮図だ。あの事件以降、娘が王宮でどのような扱いを受けているかは薄々分かっていた。

 だが娘の言葉は、娘がこの縁談の政治的意味を十分理解していることを示していた。


「……イルダ、すまない。そこまで分かっているおまえに、このような縁談を──」

「いいえ、お父様」


 ルーエンが頭を下げようとすると、イルダは父を静かに制した。


「私は王宮の侍女です。お父様が懸念されている、今後訪れるであろう王国の危機は、多少ですが私にも分かります。……私は、私を暗闇から救い出してくれたクロード様と共に、この困難に立ち向かい歩んでいきたい……心からそう思えるのです」


 静かな、しかし確固たる決意を込めた娘の言葉に書斎は沈黙に包まれた。


 夫人は何か言い返そうと口を開いたが、イルダの迷いのない眼差しに完全に気圧され、やがて力なく扇を膝に落とした。


「……好きになさい。もう私の手には負えません」


 母の諦めの言葉を聞き届けたイルダは深く頭を下げた。


 対法王国という国家の危機と家門の重圧。それらを背負う覚悟を胸に秘め、イルダは自身の未来を自らの意志で選択したのだった。

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