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【第4部完結!】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第6話 書店の青年

 翌朝の学習室は、いつもより重苦しい空気に包まれていた。

 窓から差し込む朝日に照らされた本の山の向こうで、オルフェンが困惑した表情を浮かべている。エミリアが、昨日の聖石での出来事について詳しく説明し終えたところだった。


「……不可解ですね」


 オルフェン先生は眼鏡を外し、丁寧に拭きながらため息をついた。


「聖石は各国に数えるほどしかない古代の聖遺物で、教会が厳重に管理しています。このような現象は……前例を聞いたことがありません」

「調べる方法はないんでしょうか?」


 先生も知らない謎めいた現象。それでも正体を突き止めたかった。なぜか焦りにも似た感情が止まらない。


「魔導士ギルドの書庫でも、聖石に関する詳しい記録はないのです。教会の機密ですからね」


 冷静に考えてみれば、先生の言うことももっともだった。教会が厳重に管理運用しているものを、たとえギルドであっても知るはずがない。


(先生でも分からないなんて……でも諦めるわけにはいかない。あの現象は絶対に何かの手がかりがあるはずよ)


 やがて、それまで黙って聞いていたラウルが口を開いた。


「それなら親父、貴族御用達の古書店はどうなの? 珍しい資料を扱っているって聞くけど」

「ああ、『賢者の書房』か。たしかに古い文献を多く扱っているらしいが……」


『賢者の書房』──名前だけは知っている。たしか、貴族専用の古書店だ。


「行ってみます。何も分からないままでは気が済みません」


 ここにいても何も分からない。どんなことでもいい。立ち上がり、そう宣言すると、ラウルも大きくうなずいた。


「じゃあ、俺は魔導士ギルドでもう一度調べてみるよ。何か見落としがあるかもしれないし。古い記録の中に、教会関係の資料が混じっているかも」


 だが、先生は心配そうな表情でこちらを見つめた。


「あまり深入りしすぎないよう、気をつけてくださいね。特にエミリア様、教会が関わることですから」


 教会が関わることだから? ──先生の言っていることがあまりよく分からなかったが、とにかく行ってみることにした。



   ◇ ◇ ◇



 午後、ラウルと一緒に王都の高級店舗街へと繰り出した。賑やかな通りを抜けると、徐々に街並みが洗練されていく。石畳の道に面して貴族御用達の店々が軒を連ねていた。高級服飾店、宝飾店、香料店──どの店も上品な佇まいで、扉の前には紋章入りの馬車が止まっている。


「最近、不思議なことばかり起きるのよね」


 歩きながらぽつりとつぶやくと、ラウルもうなずく。


「たしかに。市場の件も、聖石の件も、普通の血脈とは何か違う感じがするな」

「そうなの。まるで誰も知らない何かの仕組みに触れているような感じなのよ」


 得体の知れない感覚を言葉にするのは難しかった。だが今は、そうとしか表現のしようがない。




 やがて、高級店舗街の入口に差しかかったところでラウルが足を止めた。


「ここから先は俺には敷居が高すぎるな。貴族専用の店ばかりだし」


 ラウルは苦笑いを浮かべ、頭をポリポリと掻いた。たしかに平民であるラウルにしてみれば、ここはあまり居心地の良い場所ではないのだろう。貴族の家に何年住み込んでいるんだとも思うが、これが彼の性分だ。


「魔導士ギルドで古い文献を漁ってみるよ。案外、教会関係の古い記録が残っているかもしれないし」

「ありがとう。お互い、何か分かったら報告しましょうね」

「気をつけて。……一人で大丈夫か?」


 私のことをいくつだと思っているのか。


「大丈夫よ。むしろ一人の方が集中できるかも」


 ラウルと別れ、一人で石畳の道を歩いた。周囲の店々からは上質な香りが漂い、ショーウィンドウには美しい品々が並んでいる。貴族の婦人たちが優雅に行き交い、従者を連れた令嬢の姿も見える。


(ホントはラウルと一緒だと心強いけれど、こういう場所では仕方ないわね)


 だが自分が侯爵令嬢にもかかわらず従者も連れず好き勝手に外出できるのも、これまで放任というか無視されてきたおかげだと考えると何だか複雑な気持ちではある。


 やがて、目当ての古書店が見えてきた。『賢者の書房』は、重厚な木の扉に金の文字で店名が刻まれた、落ち着いた佇まいの店だった。重い扉を押すと、古紙の匂いと革の香りが鼻をくすぐる。


「いらっしゃいませ」


 白髭を蓄えた店主がこちらを見て一瞬怪訝な顔をしたが、それでも丁寧にお辞儀をした。おおかた一人でフラリと入ってくる令嬢なんて皆無だからだろう。

 とはいえ、普段から貴族ばかりを相手にする店主だ。私が何となくそれなりの身分だと察したのだろう、と内心で自惚れてみる。


「テルネーゼ侯爵家のエミリアと申します。古代史に関する文献を探しているのですが」


 侯爵家と聞いて、店主の顔がぱっと明るくなった。


「侯爵家の方でいらっしゃいますか! 光栄でございます。……具体的にはどのような資料をお探しでしょうか?」

「聖石について調べているのです。古代の遺物に関する記録があれば」

「聖石でございますか……残念ながら、教会の秘匿となっておりまして。私どものような古書店では、そのような機密に関わる記録は……」

「神話や伝説の類でも構いません」

「それでしたら、こちらをどうぞ」


 案内された書棚には、『古代神話集』『聖なる遺物の伝説』『神々降臨譚』といった古い書物が並んでいた。片っ端から手に取り、ページをめくってみる。


 しかし、どれも期待していたような具体的な記述はなかった。神話や伝説の類でも構わないとは言ったものの、「神々の遺した奇跡の石」「天の恵みを宿す聖なる宝玉」といった、おとぎ話のような内容ばかりだ。


(やっぱり神話や伝説ばかり……ま、とりあえず歴史からか)


「歴史書の類はございますか?」


 店主に尋ねたその時、店の奥の閲覧スペースから本を閉じる音と声が聞こえた。


「『古代王朝史』をお探しですか?」


 声の先を見ると、革張りの椅子に座った青年が目当ての本を差し出してきた。年の頃は十九、二十といったところで、黒い髪と澄んだ青い瞳が印象的だ。上品な服装や佇まいから、高位貴族の子弟と思われた。


「あ、どうぞお先に」


 遠慮すると青年は微笑んだ。


「いえいえ、私はもう読み終わりました。古代史がお好きなのですか?」

「ええ、調べたいことがございまして」


 不思議と素直に答えた。一人で古書店を訪れ、本を読んでいるこの青年に、なぜか親近感を覚えたのだ。


「私も古代文明に興味があるんです。失われた技術とか、謎に満ちていて興味深いですよね」

「そうなんです!」


 ラウル以外でこんな風に学問について話せる相手は珍しい。たいていの貴族の息子なんて、ろくでもないやつばかりだ。


「ジルと申します」

「エミリアです。よろしくお願いいたします」


 自然と隣の席に座ってしまった。なぜだろう、自分でもよく分からない。

 どちらともなく古代史について語り始めた。貴族同士の会話といえば血脈や家格といった話題が相場だが、そんな話は一切出ない。純粋な知識の共有。心地よい時間だ。


「古代の遺物について、もっと詳しい記録があればいいのですが」


 思わずため息をつくと、ジルは考え込むような表情を見せた。


「法王国なら、もしかすると何か記録があるかもしれませんね」

「法王国……隣国なのに、あまり詳しく知らないわ」

「大陸にある教会の総本山ですから、古い記録は豊富でしょう。ただ、私が訪れたときは、何か権威主義的なものを感じましたね」


(ジルって、法王国に詳しいのかな?)


「行かれたことがあるのですか?」 

「ええ、仕事で一度だけ」


 自分とそんなに年が変わらないようなのに、もう家の仕事をしているのか──この青年が急に大人びて見えた。


「何しろ、国を治めているのは法王を頂点とした神官たちですからね。聖典を守り、血脈を尊ぶ。教会を通じての各国への影響は大きいのです」

「やっぱり……血脈なんですね」

「そうですね。聖典にも、『神は、民衆を導く者たちに、自らの血を分け与えた』とあります。血脈は〝神の子孫である証〟として、神官や貴族が重要視してますよね」


 たしかにそうだ。血脈は聖典にも記されているほど大昔から存在している。血脈を持つ者は神の子孫──つまり血脈によって身分の上下が形作られたといってもよい。身分制度の歴史は血脈とともにあるのだ。


 その貴族の家に生まれながら『ノースキル』であった自分は貴族の資格すらない、とされても仕方がない。


 無意識に浮かない表情になっていたのだろうか。ジルはこちらを見ると一呼吸置き、言葉を選ぶように続けた。


「エミリアさん、初対面のあなたにこんなことを話すのもどうかと思いますが、正直なところ、血脈だけで人の価値を決めるのはいかがなものかと思いませんか?」


 その言葉に、まるで背中を叩かれたような衝撃を受けた。目の前の青年は、おそらく貴族の子弟でありながら血脈制度に疑問を持っているのだ。そんな人物など、これまで会ったことなどない。胸が熱くなるのを感じた。


「私もそう思います! 努力で何とかならないものかと」

「同感です。才能も大事でしょうが、それ以上に大切なものがあるはずです」


(なんて革新的な方なんだろう……)


 時間を忘れて語り合った。

 気がつくと、外は夕日に染まり始めていた。


「もうこんな時間……」


 慌てて立ち上がると、ジルも席を立った。


「私もこの店にはよく来るので、よければ、また今日みたいにお話しできませんか?」

「ええ、ぜひ。今日はありがとうございました」


 店を出ると、ラウルが入口付近で待っていた。


「お疲れ様。どうだった?」

「思ったような資料はなかったけれど……法王国に手がかりがありそうな感じ。ラウルは?」

「魔導士ギルドにも詳しい記録はなかった。やっぱり教会の機密なんだな」


 二人並んで帰路についた。夕日が石畳を赤く染め、高級店舗街に長い影を落としている。


 ラウルがため息混じりにつぶやいた。


「法王国か……隣国とはいえ、そう簡単には行けないし」

「とりあえず、神官からの連絡を待ちましょう。きっと何か分かるはずよ」


(あのジルという人……また会えるといいな)


 心の中ではまったく違うことを考えていた。自然と足取りが軽くなる。

 法王国に答えがあるかもしれない──そんな予感が胸の奥で静かに燃えていた。

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