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【第4部完結!】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第7話 デビュタント

 朝の食堂に、父ベルナードの低い声が響いた。


「来月末のデビュタントに参加してもらう」


 突然何を言い出すのか。思わずスプーンを落としそうになった。そーっと母と兄の顔を見ると、二人とも思ってもみなかったという表情で手元のスプーンが行き場を失っていた。


「デビュタント、ですか?」

「そうだ。もう十七だ。早い者は十六で社交界デビューする。いい加減、社交界に顔を出すべきだろう」


(去年は〝まだ世間知らず〟だから参加させないって言ったくせに……よく言うわ)


 と、声に出して嫌味のひとつでも言いたかったが、また面倒なことになりそうなので飲み込んだ。


「承知しました、お父様」


 わざとらしく殊勝に頭を下げると、父は満足そうにうなずいた。


(まったく……血脈があるかもしれないと分かった途端にこれ。本当に分かりやすいわね)


 少しため息が出た。




 食事を終え、自室へ向かった。窓辺に立って庭を見下ろし、先ほどの父の言葉を反芻する。父は自分のことをノースキルではないかも、とでも考えたのだろうか。正直、デビューなんて期待していなかったので、心の整理がつかない。


(社交界なんて面倒くさいだけ。私は、やりたいことをやって気ままに暮らしたいだけなのに。でも……やっぱりちょっと楽しみだな)


 自分の矛盾した気持ちに苦笑する。十七歳の貴族令嬢として、王宮の大広間で踊ることに憧れがないわけではない。どんな子だって憧れるだろうし、それは仕方がないことだ、と一人で納得してみる。


 その時ノックの音が響き、アンナが嬉しそうな顔で入ってきた。


「デビュタントのお話、聞きました! お嬢様、おめでとうございます!」

「そうね……でも正直、よく分からないわ」

「お召し物の件ですが、街の仕立て屋のマダム・シャルロットをお呼びしました。生地の見本をお持ちいただいております」

「ええ? ずいぶん手回しがいいのね」

「もちろんです! デビューですよ、お嬢様。準備は万全にしないと!」


 すっかり自分のことのように拳を握りしめているアンナの勢いに、「そうね」という返事が思わず引きずり出されそうになる。




 アンナに引っ張られるように応接室へ向かった。応接室には、王都でも評判の仕立て屋マダム・シャルロットが生地見本を広げて待ち構えていた。


「エミリア様、この度はおめでとうございます。デビュタントのための特別なドレスを仕立てさせていただきます」


 テーブルの上は、シルクやサテン、レースといった色とりどりの生地が並べられ、すでにパーティー会場と化している。


「こちらの淡いブルーのシルクはいかがでしょう? お嬢様のお肌によく映えると思うのですが」


 マダムが差し出した生地は、光に透かすと真珠のような上品な輝きを放っていた。指先で触れてみると、滑らかで上質な手触りに、思わず感嘆の声が漏れた。


「素敵ね……でも少し派手かしら?」

「いえいえ、デビュタントにはこれくらいが丁度よろしいのです。王宮の華やかさに負けません」

「そう……では、これにするわ」


 それでも、まだ気持ちの整理がつかなかった。なんといってもつい先ほど承諾したばかりなのだ。

 目の前の生地はたしかに素晴らしいものばかりだが、あれがいい、これがいいと口を出すほどの熱量が湧いてこない。


「承知いたしました。デザインはこのようなシルエットで……」


 マダムは慣れた手つきで採寸を始めながら、スケッチブックへ流れるように筆を走らせる。線はやがて、優雅なドレスの輪郭を浮かび上がらせた。


「お嬢様の体型でしたら、このシルエットが一番美しく見えますね。おまかせください。当日までに完璧にお仕立ていたします」


 このドレスを着た自分を想像した──うん、悪くないかも。ようやく目の前に王宮の大広間の景色が浮かんできた。


「ありがとう。よろしくお願いするわ」


 マダムが帰り、二人で自室に戻った後もアンナは嬉しそうだった。


「あの生地でしたら、きっと素敵なドレスができあがりますよ。王宮でも注目を浴びますね」

「ありがとう、アンナ。でも、そんなに注目されても困るのよね」

「ふふ、お嬢様らしいお言葉ですね」


 二人で笑い合っているところに、執事がやってきた。


「お嬢様、午後は講師の方が見えられます。応接室にお越しください」


 ──講師とは? 首を傾げた。




 午後、応接室には背筋をぴんと伸ばした上品な婦人が立っていた。


「エミリア様! お初にお目にかかります、ベルトランと申します!」


 ベルトラン夫人──社交界に名の通った淑女教育の専門家だ。五十代前半の貴族の婦人だが、その瞳には野心的な光が宿っていた。侯爵家の令嬢を教えるという大役に腕が鳴るといった様子だ。


(なるほど。デビュタントの講師、ね)


 それにしても、こういう段取りの手早さには、まったくもって呆れるほかない。家長の一声で、本人の意思などお構いなしに物事が進んでいく。


「デビュタントは貴族の女性として当然の通過儀礼ですわ! これで正式に縁談もお受けできるようになりますのよ!」


 前のめりで語る夫人は正直いって圧が凄い。思わず半歩だけ後ずさった。


「一年遅れでのデビュタント、社交界では『侯爵家の深窓のご令嬢が満を持して登場』として大注目間違いなし! しかも『二つ持ち』の噂で、各家の視線は釘付けですわ!」


 夫人は手をひらひらと振って、まるで舞台演出家のように熱弁している。


「しっかりとお教えしますので、立派な淑女におなりなさい! ああ、もう想像するだけで胸が躍りますわ!」


(貴族の女性の『あるべき姿』って何? 縁談のために着飾って、血脈を見せびらかすこと? それが私の人生の目標なの?)


 当の役者は、まるで顔に貼り付けた仮面のように、完璧な愛想笑いを浮かべた。


「では、ダンスの実技指導に参りましょう! でもお相手が……」


 夫人が急に困った表情を見せる。


「デビュタントまで日がございませんし、練習相手がいないのは困りますわね〜」


 たしかに、ダンスは一人では練習できない。父や兄に頼むのも気が引ける。というか、イヤだ。


「少々お待ちください」


 夫人を待たせて書庫へ向かった。分厚い扉を押すと、案の定ラウルが本に囲まれていた。


「ラウル、ちょっと頼みがあるの」

「どうしたの?」

「ダンスの練習相手をお願いできるかしら?」


 事情を説明すると、自分からダンスという言葉が出たことなのか、それとも、これまでろくに習ったことがないことへの動揺なのか、ラウルは困惑した表情で少しだけ後ずさった。


「俺なんかで……いいのか?」

「お願い! 他に頼める人がいないの」


 ラウルは短く息を吐いた。さすがに幼馴染の困った顔を放ってはおけないらしい。やっぱり人が良い。


「分かった。でも、俺も初心者だから、うまくいくかどうか……」


 応接室に戻ると、ラウルを見た夫人が怪訝な顔を見せた。


「あら、そちらのお若い方は?」

「家庭教師のオルフェン先生の息子で、私の勉強仲間のラウルです」

「それでしたら、練習相手にちょうど良いですわ! あなた、エミリア様のダンス練習にお付き合いしていただけますか?」


 何がちょうど良いのか分からないが、ラウルは恐縮しながらうなずいた。ラウルも夫人の圧に押されたみたいだ。




 ──侯爵家の広間は、王国の重臣にふさわしい、高い天井と磨かれた床、シャンデリアが輝く豪華な空間だ。


「では、お二人、まずは向かい合って立ってください」


 夫人の指導で、ラウルと恐る恐る向かい合った。


「もう少し近く。そうです、右足の付け根同士が向かい合うように……はい、その距離で」


 自分の頬がわずかに熱を持つのが分かった。見ると、なんだかラウルも照れているようだ。それもそうだ。これまでこんなに近い距離で向かい合ったことはない。


「ラウル様、右手はエミリア様の肩の後ろに。手のひらで包み込むように、優しく添えてくださいね」


 ラウルが恐る恐る右手を私の肩の後ろに回してきた。温かい手のひらが背中に触れた瞬間、心臓がわずかに跳ねた。


(こんなに近くて……息遣いまで聞こえる)


「エミリア様は、左手をラウル様の右腕に。親指と中指の付け根を支点にして、自然に添えて……」


 私の指先がラウルの腕に触れると、ラウルは身体を少しビクッとさせた。


「で、もう片方の手はこのように組みます」


 二人、指を絡ませる。

 胸の鼓動が速くなる。ラウルの鼓動も聴こえてきそうだ。


「そうそう、完璧ですわ! では、音楽に合わせてステップを……」


 お互い初心者だ。足を踏み合ったり、リズムが合わなかったりしている。それでも、この近い距離で練習を続けるうちに徐々に息が合ってきた。


「あら、お上手! もうワルツの基本は身についてきましたわね」


 夫人に笑顔で褒めてもらい、こちらも自然と笑顔になった。ラウルも微笑んでいる。


「まず、基本はこんなところですわね。明日も続きをやりましょう。空き時間でも、お二人で練習してくださいましね!」


 夫人は満足そうに手をパンと叩いた。


「では、デビュタントまでに美しく踊れるようにいたしましょう!」


「教え甲斐がありますわぁ」と夫人は帰っていった。広間に残された二人で、今度は気楽に踊ってみた。


「改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ。俺も初心者だから、お互い頑張ろう」


 さっきより自然に踊れているようだ。近い距離で見つめ合う。何だかちょっと照れくさい。ラウルも同じことを考えているのか、頬が少し紅い気がする。


「上達が早いわね」

「えっ? あぁ、君がうまくリードしてくれるからだよ」

「私がリード? 男性がリードするものじゃないの?」

「あはは、そうだった。でも、君と踊ってると自然に動けるんだ」


 今まで二人、何をするにもずっと一緒だった。だけど、こんな気持ちになったのは初めてだった。




 その夜、自室で日中に習ったステップのおさらいをしていた。──ふと、足が止まる。


(夫人の話を聞いてると、貴族の女性って、結局は家門のための飾り物みたい。でも、私にはやりたいことがある。不思議な出来事の謎を解きたいし、努力で何かを成し遂げたい)


 窓辺に歩み寄り、宝石のように煌めく星空を見つめる。


(デビュタントも大事だけれど、それが私の全てじゃない。クラウディアに相談してみよう。先輩として、いろいろ教えてもらいたいな)


 星たちは、あの夢に出てくる星空のようだった。



   ◇ ◇ ◇



 同じ頃、ラウルは自室で悶々としていた。


 以前、衛兵たちの手を見たことがある。訓練を欠かさない彼らの掌は豆だらけでゴツゴツとしており、いかにも剣を振るための手、という感じだった。当然、同じように訓練を欠かさないエミリアの手も似たようなものだと今まで思い込んでいた。


 それが、今日のダンスでエミリアと指を絡めた時──正直ビックリした。考えてみたら、女性の手など、それも指を絡めるなんて生まれて初めてだったのだ。


(エミリアって……あんな……いや、何考えてんだ、俺は)


 ラウルは毛布を頭から被った。

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