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「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第6話 書店の青年

 翌朝の学習室は、いつもより重苦しい空気に包まれていた。

 窓から差し込む朝日に照らされた本の山の向こうで、オルフェンが困惑した表情を浮かべている。エミリアが、昨日の聖石での出来事について詳しく説明し終えたところだった。


「……不可解ですね」


 オルフェンは眼鏡を外し、丁寧に拭きながらため息をついた。


「聖石は各国に数えるほどしかない古代の聖遺物で、教会が厳重に管理しています。このような現象は……前例を聞いたことがありません」

「調べる方法はないんでしょうか?」


 エミリアは思わず身を乗り出した。あの謎めいた現象の正体を知りたくて仕方がない。焦燥にも似た探究心が彼女を突き動かしていた。


「魔導士ギルドの書庫でも、聖石に関する詳しい記録はないのです。教会の機密ですからね」


 オルフェンの言葉にエミリアは唇を噛んだ。


(先生でも分からないなんて……でも諦めるわけにはいかない。あの現象は絶対に何かの手がかりがあるはずよ)


 沈黙が落ちた部屋に、それまで黙って聞いていたラウルが口を開いた。


「それなら親父、貴族御用達の古書店はどうなの? 珍しい資料を扱っているって聞くけど」

「ああ、『賢者の書房』か。たしかに古い文献を多く扱っているらしいが……」


『賢者の書房』──名前だけは知っている。たしか、貴族専用の古書店だ。


「行ってみます。何も分からないままでは気が済みません」


 迷うことなくエミリアは立ち上がった。


「じゃあ、俺は魔導士ギルドでもう一度調べてみるよ。何か見落としがあるかもしれないし。古い記録の中に、教会関係の資料が混じっているかも」

「あまり深入りしすぎないよう、気をつけてくださいね。特にエミリア様、教会が関わることですから」


 オルフェンは心配そうに二人を見つめた。




 午後、エミリアとラウルは王都の高級店舗街へと繰り出した。賑やかな通りを抜けると、徐々に街並みが洗練されていく。石畳の道に面して貴族御用達の店々が軒を連ねていた。高級服飾店、宝飾店、香料店──どの店も上品な佇まいで、扉の前には紋章入りの馬車が止まっている。


「最近、不思議なことばかり起きるのよね」


 エミリアは歩きながら、ぽつりとつぶやいた。


「たしかに。市場の件も、聖石の件も、普通の血脈とは何か違う感じがするな」

「そうなの。まるで誰も知らない何かの仕組みに触れているような感じなのよ」


 得体の知れない感覚を言葉にするのは難しかった。だが、高級店舗街の入口に差しかかったところで、ラウルが足を止めた。


「ここから先は俺には敷居が高すぎるな。貴族専用の店ばかりだし」


 ラウルは苦笑いを浮かべ、頭をポリポリと掻いた。平民である彼にとって、ここは居心地の良い場所ではないのだ。


「魔導士ギルドで古い文献を漁ってみるよ。案外、教会関係の古い記録が残っているかもしれないし」

「ありがとう」エミリアは微笑んだ。

「お互い、何か分かったら報告しましょうね」

「気をつけて。一人で大丈夫?」

「大丈夫よ。むしろ一人の方が集中できるかも」


 ラウルと別れ、エミリアは一人で石畳の道を歩いた。周囲の店々からは上質な香りが漂い、ショーウィンドウには美しい品々が並んでいる。貴族の婦人たちが優雅に行き交い、従者を連れた令嬢の姿も見える。


(ラウルと一緒だと心強いけれど、こういう場所では仕方ないわね)


 だが自分が、侯爵令嬢にもかかわらず好き勝手に外出できるのも、これまで放任というか無視されてきたおかげだと考えると、なんだか複雑な気持ちだった。


 やがて、目当ての古書店が見えてきた。『賢者の書房』は、重厚な木の扉に金の文字で店名が刻まれた、落ち着いた佇まいの店だった。扉を押すと、古紙の匂いと革の香りが鼻をくすぐる。


「いらっしゃいませ」


 白髭を蓄えた店主が、従者も従えていないエミリアを見て一瞬怪訝な顔をしたが、それでも丁寧にお辞儀をした。普段から貴族ばかりを相手にする店主だ。エミリアの服装や雰囲気から相当な身分だと察したのだろう。


「テルネーゼ侯爵家のエミリアと申します。古代史に関する文献を探しているのですが」


 侯爵家と聞いて、店主の顔がぱっと明るくなった。


「侯爵家の方でいらっしゃいますか! 光栄でございます。どのような資料をお探しでしょうか?」

「聖石について調べているのです。古代の遺物に関する記録があれば」

「聖石でございますか……残念ながら、教会の秘匿となっておりまして。私どものような古書店では、そのような機密に関わる記録は……」

「神話や伝説の類でも構いません」

「それでしたら、こちらをどうぞ」


 案内された書棚には、『古代神話集』『聖なる遺物の伝説』『神々降臨譚』といった古い書物が並んでいた。エミリアは片端から手に取り、ページをめくってみる。


 しかし、どれも期待していたような具体的な記述はなかった。神話や伝説の類でも構わないとは言ったものの、「神々の遺した奇跡の石」「天の恵みを宿す聖なる宝玉」といった、おとぎ話のような内容ばかりだ。


(やっぱり神話や伝説ばかり……ま、とりあえず歴史からか)


「歴史書の類はございますか?」


 エミリアが店主に尋ねたその時、店の奥の閲覧スペースから、本を閉じる音と声が聞こえた。


「『古代王朝史』をお探しですか?」


 声の先を見ると、革張りの椅子に座った青年が目当ての本を差し出してきた。年の頃は十九、二十といったところで、黒い髪と澄んだ青い瞳が印象的だ。上品な服装や佇まいから、高位貴族の子弟と思われた。


「あ、どうぞお先に」


 エミリアが遠慮すると青年は微笑んだ。


「いえいえ、私はもう読み終わりました。古代史がお好きなのですか?」

「ええ、調べたいことがございまして」


 エミリアは素直に答えた。一人で古書店を訪れ、真剣に本を読んでいるこの青年に、なぜか親近感を覚えた。


「私も古代文明に興味があるんです。失われた技術とか、謎に満ちていて興味深いですよね」

「そうなんです!」


 エミリアの目が輝いた。ラウル以外で、こんな風に学問について話せる相手は珍しい。


「ジルと申します」

「エミリアです。よろしくお願いいたします」


 二人は自然と隣の席に座り、古代史について語り始めた。血脈や家格といった話題は一切出ず、純粋に知識への探求心を共有する心地良い時間だった。


「古代の遺物について、もっと詳しい記録があればいいのですが」


 エミリアがため息をつくと、ジルは考え込むような表情を見せた。


「法王国なら、もしかすると何か記録があるかもしれませんね」

「法王国……隣国なのに、あまり詳しく知らないわ」

「大陸にある教会の総本山ですから、古い記録は豊富でしょう。ただ、私が訪れたときは、何か権威主義的なものを感じましたね」


 エミリアは興味深そうに身を乗り出した。


「行かれたことがあるのですか?」 

「ええ、仕事で一度だけ」


 自分とそんなに年が変わらないようなのに、もう家の仕事をしているのか──この青年が急に大人びて見えた。


「何しろ、国を治めているのは法王を頂点とした神官たちですからね。聖典を守り、血脈を尊ぶ。教会を通じての各国への影響は大きいのです」

「やっぱり……血脈なんですね」

「そうですね。聖典にも、『神は、民衆を導く者たちに、自らの血を分け与えた』とあります。血脈は〝神の子孫である証〟として、神官や貴族が重要視してますよね」


 エミリアの表情が曇るのを見たジルは、一呼吸置き、言葉を選ぶように続けた。


「エミリアさん、初対面のあなたにこんなことを話すのもどうかと思いますが、正直なところ、血脈だけで人の価値を決めるのはいかがなものかと思いませんか?」


 その言葉に、エミリアは背中を叩かれたような衝撃を受けた。目の前の青年は、おそらく貴族の子弟でありながら血脈制度に疑問を持っているのだ。


「私もそう思います。努力で何とかならないものかと」

「同感です。才能も大事でしょうが、それ以上に大切なものがあるはずです」


 二人は時間を忘れて語り合った。気がつくと、外は夕日に染まり始めていた。


「もうこんな時間……」


 エミリアが慌てて立ち上がると、ジルも席を立った。


「私もこの店にはよく来るので、よければ、また今日みたいにお話しできませんか?」

「ええ、ぜひ。今日はありがとうございました」


 店を出ると、ラウルが入口付近で待っていた。


「お疲れ様。どうだった?」

「思ったような資料はなかったけれど……法王国に手がかりがありそうな感じ。ラウルは?」

「魔導士ギルドにも詳しい記録はなかった。やっぱり教会の機密なんだな」


 二人は並んで帰路についた。夕日が石畳を赤く染め、高級店舗街に長い影を落としている。


 ラウルがため息混じりにつぶやいた。


「法王国か……隣国とはいえ、そう簡単には行けないし」

「とりあえず、神官からの連絡を待ちましょう。きっと何か分かるはずよ」


(あのジルという人……また会えるといいな)


 心の中でまったく違うことを思いながら、エミリアは夕焼けの王都を歩いていった。法王国に答えがあるかもしれない──そんな予感が胸の奥で静かに燃えていた。

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