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【第5部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第21話 緊急会議

 午後の陽だまりが書斎の机を温めていた。

 ベルナードは領地からの報告書をめくっていた。今年の収穫見込み、税収、領民の動向。いつもの数字が、いつものように並んでいる。何事もないということは、それだけで良い報せだ。


 最後に領地へ帰ったのはいつだったか。幼い頃はあの温暖な丘陵で育ち、騎士団に入ってからは王都暮らしになった。家督を継いでからは、なおさら足が遠のいている。


 ふと、窓の外に目をやった。

 門を出ていく娘の姿があった。家庭教師の息子と並び、石畳を踏みしめるような足取りで歩いていく。何に腹を立てているのか、遠目にも肩がいかっていた。


 使用人を呼んだ。


「エミリアはどこへ行ったのだ?」

「何か……確かめたいことがあるとのことで……」


 使用人は答えにくそうにしていた。大方、娘はきちんと行き先を伝えていないのだろう。

 まったく、今度は何を調べているのやら。あいかわらず落ち着きのない娘だ。侯爵令嬢ともあろう者が、従者も付けずにふらふらと──


 そう思いかけて口をつぐんだ。これまで、そのことを咎めたことは一度もない。放任と言えば聞こえはいいが、無視してきたのは事実だ。

 いまさら言えた義理ではないな、と苦笑した。


 その穏やかな午後を破ったのは、門前を駆ける蹄の音だった。


「テルネーゼ卿!」


 王宮からの使者が息を切らせて書斎へ駆け込んできた。差し出された書状を開き、ベルナードは眉を寄せた。


「……神託祭について、緊急の会議?」

 


   ◇ ◇ ◇



 四年に一度、秋の収穫期に催される神託祭。王国の平安と豊穣を祈る最も重い祭儀だ。来年に控え、準備はとうに始まっている。その祭儀について今さら緊急に話し合うという。


(いったい何があったのだ……)


 王宮の会議室には、すでに重臣たちが顔を揃えていた。誰もが落ち着かない顔をしている。


 宰相が深刻な面持ちで口火を切った。


「お集まりいただき、感謝いたします。……王妃殿下が、御歳を理由に来年の『神託の巫女』を辞退されたいとの仰せです」


 ざわめきが広がった。巫女は代々、王妃が務める。辞退など聞いたことがない。


「代わりに、王太子妃ソフィア殿下を推したいとのお申し出です。……皆様のご意見を伺いたい」


 空気が一段冷えた。


「順当なお申し出かと」


 真っ先に応じたのは王太子派の老臣だった。


「次期王妃が巫女を継がれる。何の不思議もございますまい」

「ソフィア殿下のお人柄は、民もよく存じております」

「いかにも。何ら問題ないかと」


 他の王太子派の貴族たちも一様にうなずく。

 だが、向かいの席からすぐに声が上がった。


「お人柄で神託が降りるなら苦労はない」


 第二王子ジュリアン殿下を推す一派の重臣だ。


「巫女は、強き血を持つ者が務めるのが古来の習い。……ソフィア殿下は北方の小国のご出身。その血が強いとは寡聞にして存じませぬな」

「もし儀式で何も起きなければ、それは王国にとって不吉の兆しと受け取られましょう」

「他国の使節も参加するのです。これは一国の問題ではありませんぞ」


 ベルナードは腕を組み、黙って聞いていた。

 どちらも筋の通ったことを言っているようで、その実、王太子と第二王子のどちらを次の王にしたいか、それだけの話だ。王妃が王太子妃を後継に指名すれば、王太子殿下の地位は盤石になる。だからこそ、相手方はソフィア妃の血を突く。


(騎士団の頃は、敵が誰か分かっていたものだが)


「テルネーゼ卿は、いかがお考えか」


 宰相がこちらを見た。


「……王妃殿下のご判断を尊重すべきかと存じます」


 端的に答えた。


「長年、王国に尽くしてこられた方が、最適と思われる方を推される。それに従うのが筋でしょう」


 王太子派の重臣たちが満足げにうなずき、向かいの一派が露骨に顔をしかめた。


(別に、どちらかの肩を持つつもりはないのだが)


 ベルナードは内心でため息をついた。




 議論が膠着しかけたとき、一人の男が席を立った。デルナム侯爵──ジュリアン殿下に近いとされる男だ。柔らかい、だが薄い笑みを口元に浮かべている。


「でしたら、他に適任の方がいらっしゃるではありませんか」

「と、申しますと?」


 宰相が尋ねると、デルナムは鷹揚に卓を見渡した。


「テルネーゼ卿のご息女です」


 耳を疑った。


「先日のデビュタントで評判になられた、『二つ持ち』のご令嬢でございます。血の強さで言えば、これ以上の方はおりますまい」


 一瞬の静寂のあと、あちこちから感嘆の声が上がった。


「なるほど、『二つ持ち』ならば申し分ない」

「家格も侯爵家。不足はなかろう」

「テラスでのお振る舞いも、たいそうご立派だったと聞く」


 背筋を冷たいものが落ちていった。

 噂がいつのまにか事実として扱われている。否定も肯定もしなかった。ただ黙っていた。その間に噂はここまで育っていたのだ。


「お、お待ちください」


 声が上ずった。


「娘はまだ十七。そのような大役を務める知識も経験も……」

「ご謙遜を」


 デルナムが穏やかに遮った。


「お若い方の方が、かえって清らかな力を示されるやもしれませんぞ」

「そ、それに、王太子妃殿下を差し置いて巫女を務めるなど」

「いやいや。申し上げたとおり、『二つ持ち』の侯爵令嬢となれば資格は十分かと」


 何を適当なことを──と内心で歯噛みしたが、一つ反論するたびに、それ以上の言葉が返ってくる。そして気づいた。自分が慌てれば慌てるほど、皆の視線がこちらに集まっていく。


 額に汗が滲んだ。


「……本日はここまでといたしましょう。各々よくお考えいただき、後日改めて」


 宰相の一声で会議は散会となった。




 回廊に出たところで、背後から足音が追ってきた。


「テルネーゼ卿」


 デルナムだった。周囲に人影がないのを確かめると、声を落とす。


「ご息女の巫女役、お気が進まないご様子でしたな」

「……当然だ」


 先ほどのやり取りを思い返すと、苛立ちが湧いてくる。


「でしたら、別の道もございますよ」


 デルナムはこちらの内心など意に介しない様子で、まるで菓子でも勧めるような口調で言った。


「ご息女をジュリアン殿下のお妃に。ご婚約だけでも構いません」


 言葉を失った。


「殿下の婚約者となられれば、巫女の件は仕切り直しとなりましょう。いずれに転んでも、ご家門に損はないかと」

「……娘を取引に使えと?」

「人聞きの悪い。良縁をお勧めしているだけです」


 デルナムは一礼した。


「お返事は急ぎません。ただ、あまり長くもお待ちできませんので」


 足音が遠ざかっていった。



   ◇ ◇ ◇



 帰りの馬車は、やけに揺れた。


(巫女を断るには婚約を呑むしかない……)


 理屈の上ではそうなる。巫女を受けるか、婚約を受けるか。二つに一つだ。


 巫女を受ければどうなるか。神託の儀の壇上にエミリアが立つ。民衆が見守り、王侯が見守る中で祈りを捧げる。

 そして何も起きない。

 当然だ。あの娘には血脈がないのだ。


 では、婚約なら──

 そこまで考えて息が止まった。婚約の儀では互いの血脈を鑑定し合う。それは相手が王家でも同じだ。あの忌まわしき図譜陣がもう一度開かれるのだ。


 十四年前の広間がまぶたの裏に蘇った。神官の震える声。黙り込んだ親族たちの顔。そして、陣の中央に浮かび上がったあの羅列。文字でも図形でもない、まるでこちらを見返してくるような──


(クソッ! どちらも同じではないか)


 巫女を受ければ、娘は衆目の中で何も起こせない。婚約を受ければ、あの意味不明の羅列が今度は王家の前に晒される。

 逃げ道に見えたものの行く先は、結局同じだった。


 デルナムは知っているのだろうか。いや、知るはずがない。あの男はただ『二つ持ち』の令嬢を自陣に取り込みたいだけだ。だが、何も知らずにこちらの喉元へ刃を当てている。だからこそ、余計にたちが悪い。


 縁談の申し込みが山ほど届いたとき、家門の格が上がる、と正直悪い気はしなかった。だが、すべて先送りにしてきたのは、その日が来るのを恐れていたからではなかったか。


「……私も、あの連中と同じか」


 ふと、つぶやいた声は車輪の音に紛れて消えた。



   ◇ ◇ ◇



 屋敷に戻ると、廊下の先から娘が歩いてきた。出かける前とは違いどこか足取りが軽い。何か良いことでもあったのか。


「お帰りなさいませ、お父様」


 軽くうなずいた。言葉が出てこなかった。

 この娘は何も知らない。自分の名が王宮の会議で挙がったことも、取引の材料に使われかけていることも。


 書斎に入り、使用人に酒を運ばせた。夕食の前に飲むことなど、まずない。だが今夜はそうでもしなければやりきれなかった。

 グラスを傾ける。だが、喉を焼く感触が少しも慰めにならない。


「……政争に、巻き込むなど……」


 声に出していた。


「……剣で決着をつけられぬものか……」


 騎士団にいた頃は分かりやすかった。剣を交えれば勝つか負けるか。それだけだった。今は、自分が何と斬り結んでいるのかすら分からない。


 ふと、扉の向こうで床がかすかに軋んだ気がした。しばらく耳を澄ませたが、それきり何も聞こえなかった。おそらく使用人が通りかかっただけだろう。


 扉に目をやったままグラスを置いた。


(エミリアには、言えんな)


 まだ十七の娘にこの重荷は背負わせられない。せめて、もう少しだけ時間が欲しい。


 ベルナードはついに扉を開けなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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皆様の応援が、今後の執筆の何よりの励みになります!



降って湧いた政治的陰謀。神託祭の巫女、妃候補。何も知らないエミリアはどうなってしまうのか!?


今後もよろしくお願いします。

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