↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第5部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/149

第22話 キラキラがお好き

 食堂の窓外からは、しとしとと秋の雨音が聞こえていた。この数日、天気はずっとこの調子だ。

 

「エミリア」


 スープを口に運びかけたところで、父に呼ばれた。


「近頃は朝晩が冷える。体調はどうだ」

「……はい。おかげさまで」


 それきり、父は書類に目を戻した。短いやり取りだ。だが、以前なら考えられなかった。デビュタント以来、父は時々こうして声をかけてくる。そのたびにどう返せばいいのか分からなくなる。


(どういう風の吹き回しかしら)


 まあ、朝から嫌味を言われるよりマシだ。


 兄は騎士団の巡回の話をしている。母は黙って紅茶を飲んでいた。


(それにしても、今日も雨か……剣の稽古は無理ね。書庫で過ごすしかないか)


 食事を終えて席を立つと、父が「気をつけて過ごせ」と短く声をかけてきた。やっぱり、最近の父はどこか変だ。



   ◇ ◇ ◇



 食堂を出て廊下の角を曲がったところで、ずぶ濡れのアンナと鉢合わせた。


「アンナ! どうしたの、そんなに濡れて」

「お嬢様……実は」


 抱えていた籠の布を、アンナがそっとめくった。

 手のひらに収まるほどの灰色の子猫だ。雨に濡れた毛が貼りつき、小さな体がぷるぷると震えている。


「裏庭の物陰で見つけたんです。母猫の姿がどこにもなくて……このままでは」

「……お父様には内緒よ。まず温めてあげましょう」


 自室へ連れ帰り、アンナが布で子猫を拭いている間に、濡れた袖を着替えようとドレッサーを開けた。


 手が止まった。


「……ロケットがない」


 いつもここに置いてある、銀のロケットのことだ。引き出しも、宝石箱も、寝台の下も探した。どこにもない。


「お嬢様、最後にご覧になったのはいつですか?」

「三日前の夜……だったと思う」


 幼い頃、母からもらったものだ。母とのあいだに残っている、数少ない思い出の品だった。アンナもそれを知っている。


「必ず見つけましょう、お嬢様」


 アンナの目が妙に据わっているのが少し気になったが、今はこの子猫のことが先だ。



   ◇ ◇ ◇



 午後、ラウルを呼び、三人で相談した。


「なるほど……迷い猫か」

「お父様には絶対に内緒にしたいの。もし見つかったら……」

「旦那様のことだ、『屋敷内で動物を飼うなど言語道断』となるだろうね」

「きっとそう。だから隠すのよ」


 隠し場所は屋敷の隅にある古い蔵に決めた。ここはほとんど使われておらず人目につかない。埃を払い、古い毛布で寝床をこしらえ、鳴き声が漏れないようラウルが音を遮る結界を張った。


「壁の板、ところどころ隙間があるな。あれくらい小さいと、抜け出せるかもしれない」

「夜は箱に入れておくわ」


 子猫は毛布の上で丸くなり、すぐに寝息を立て始めた。


 その横で、アンナが手帳を広げている。


「では、これより『ロケット紛失事件』の捜索会議を始めます」

「……会議?」


 ラウルが眉を寄せた。


(ああ、これ。また本の影響ね)


 アンナも自分の影響か、意外に本を読む。ただそのたびに、すぐに影響を受けるのだ。そういえば先日、最近は探偵ものにハマっていると言っていた。


 いつものアレよ、とラウルに目配せすると、ラウルも察したのか肩をすくめた。



   ◇ ◇ ◇



 翌日からアンナの捜査が始まった。


「皆さん! お嬢様の銀のロケットを見かけませんでしたか? 事件です、事件!」


 厨房に響き渡る声に、使用人たちが手を止める。


「そういえば三日前の夜中、二階の廊下でカタカタって音がしたよ」


 料理女中のベスが言った。


「犯行時刻は夜中……! ハンスさん、その時刻は何をされていましたか?」


 仕込みをしていた料理人のハンスが手を止め、ムッとした顔を見せた。


「なんで俺が疑われてるんだ」

「いえ、全員が容疑者です!」

「……アンナ、推理小説の読み過ぎね」


 ベスが呆れたように言うと、使用人たちは苦笑いを浮かべるしかなかった。


 アンナの捜査は三日に渡って続き、庭師から馬丁まで、屋敷中の使用人が聞き込みを受けた。

 だが、ロケットは出てこなかった。



   ◇ ◇ ◇



 子猫の世話は思った以上に骨が折れた。

 ある朝、厨房で山羊の乳を瓶に分けてもらい、裏口へ急いでいたときだった。蓋が緩んでいたらしい。乳がこぼれ、ドレスの胸元にじわりと白い染みが広がった。


(やばっ……!)


「エミリア」


 顔を上げると、廊下の先に父が立っていた。


「朝から何をしている」

「あ、えっと……喉が渇いて、乳を……こぼしてしまって」


 父は、染みの付いたドレスと、手の中の瓶を見比べた。


「……まったく。落ち着きのない」


 それだけ言って書斎の方へ歩いていった。

 ほっと息をついたが、心臓はまだ跳ねていた。


 それにしても、最近の父の態度の変わりように困惑してしまう。以前の父なら、小言を浴びせるか、冷たい視線を向けるだけで立ち去るかだったはずだ。

 そういえば、今朝も少しだけ疲れた顔をしていた気がする。



   ◇ ◇ ◇



 一週間が経つ頃には、子猫はすっかり元気になっていた。蔵に入るなり駆け寄ってきて、足首に頭を擦りつけてくる。箱に入れても上手に爪を立て、ひょいと飛び出してしまう始末だ。


「……ホント、元気になったわねぇ」

「でも、いつまでもこのままってわけにはいかないよな」


 箒を使いながら、ラウルがつぶやいた。


「分かってるわ。分かってるけど」


 ロケットもまだ見つかっていない。

 それにここ最近、夜になるとたまに窓の外からカタリと音がするのだ。音はそれだけではなく、何かを引きずるようなものも聞こえていた。


(まさか、この子が抜け出しているのかしら)


 子猫は蔵の隅で遊んでいる。


「あら?」


 寝床の毛布を畳み直していたアンナの手が止まった。毛布の襞の間で何かが光っている。アンナが指先でつまみ上げると、銀の鎖がしゃらりと垂れた。


「お嬢様、これ……!」


 銀のロケットだった。


「どうして、こんなところに」


 三人の視線が同時に蔵の隅へ向いた。

 子猫は遊ぶのをやめ、のんびりと前足を舐めていた。こちらの視線に気づくと顔を上げ、丸い目でじっと見返してくる。


「……みゃあ」


 悪びれる様子は欠片もなかった。


「光るものが好きなのね、この子」

「拾われる前から、屋敷のまわりをうろついていたんだろうな。窓から入ってロケットをくわえて、どこかに隠して……」


 三日前、そして最近の音。犯人は最初から目の前にいたのだ。


 アンナがぱたんと手帳を閉じた。


「名探偵の推理は外れましたが、犯人は確保いたしました」


 三人で声を上げて笑った。

 ガチャリ、と蔵の扉が開いたのはその時だった。




 戸口に母が立っていた。

 三人とも凍りついた。子猫を抱いたアンナ。ロケットを握りしめた自分。そして箒を持ったまま固まるラウル。誰がどう見ても、何か隠し事をしていた現場だ。


「奥様、申し訳ございません! わたくしが勝手に──」


 アンナが前へ出た。だが母の目は、アンナにも、子猫にも向いていなかった。自分の手の中を見ていた。


「……ロケットが失くなったと聞いたものだから」


 母が静かに言った。

 アンナが屋敷中を聞き回っていたのだ。母の耳に入らないはずがなかった。


「見つかったのね」

「……はい」

「そう」


 母は一歩、蔵の中へ入ってきた。


「まだ、持っていてくれたのね」


 その声が、思いがけないほど柔らかかった。


「七歳の誕生日だったわね。『お母様と同じものが欲しい』って、あなたがねだって」


 覚えている。母の胸元で揺れていた銀のロケット。いつも見上げては、同じものが欲しいとせがんだ。大きくなったらね、と母は笑っていた。それなのに、七歳の誕生日に、本当にくれたのだ。


 あのとき、母は笑っていた。

 今、目の前の母も、少しだけ笑っている。

 だが、その笑みはすぐに翳った。


「……ごめんなさいね」


 何に対しての言葉なのか分からなかった。昔話をしたことにか。それとも──

 訊き返す前に、子猫が鳴いた。


「みゃあ」


 母の視線が、アンナの腕の中へ移る。


「その子は?」

「せ、先日の雨の日に、裏庭で……」

「そう」


 母はしばらく子猫を見つめていた。


「動物が好きなご夫人を知っているわ。訊いてみましょう」


 それだけ言うと、静かに蔵を出ていった。

 三人とも、しばらく動けなかった。


「……今の、本当にお母様だった?」

「奥様、とても優しいお顔をされていました」


 アンナが、子猫を抱きしめながら言った。



   ◇ ◇ ◇



 数日後、子猫は男爵家の馬車に揺られていった。三人で、門の前から見えなくなるまで手を振った。


 その夜、自室でロケットを開いた。

 小さな肖像が入っている。花を摘む、幼い自分の絵だ。母がこれを描かせたのは、いつだったのだろう。あの頃の母は、何を思ってこの絵を見ていたのだろう。

 ごめんなさいね、と言った母の声が、まだ耳に残っている。


 今度、昔の話を聞いてみてもいいかもしれない。

 ロケットを閉じ、胸元に戻した。




 その時、廊下から兄の声が聞こえてきた。部下と話しながら、足早に通り過ぎていく。


「──例の『彷徨う鎧』だが、明日から我が隊も捜索に加わる」


 足音が遠ざかっていった。


(彷徨う……鎧?)


 窓の外では、いつのまにか雨が上がっていた。雲の切れ間から月がのぞいている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。