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「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第21話 緊急会議

 午後の陽だまりが書斎を暖かく照らす中、ベルナードは領地からの報告書に目を通していた。今年の収穫見込み、税収の状況、領民の動向──いつもの定型業務だが、これらの数字一つ一つが領地の平穏を物語っている。


 時間が取れたら久しぶりに帰省したいものだ──幼い頃は領地で育ち、騎士団への入団を機に父の住む王都にやってきた。家督を継いでからはなかなか帰れず、最後に帰ったのはずいぶん前のことだ。ベルナードは窓の外に目を向けた。


 ふと、エミリアとラウルが屋敷の門から出ていく姿が見えた。娘は、なんだか石畳を踏みしめるような足取りで、幼馴染と何やら話しながら王都の街へ向かっている。何か機嫌を損ねるようなことでもあったのか──


 ベルナードは使用人を呼んだ。


「エミリアは、どこへ向かったのだ?」

「申し訳ございません。特に行き先はお聞きしておりません」


 まったく、侯爵令嬢ともあろう者が、従者も付けずふらふらと気軽に出歩きおって──そう思いかけたが、これまでそのことを咎めたこともない。放任と言えばまだ聞こえがいいが、無視してきたことは事実だ。いまさら言ってもな、と苦笑いを浮かべた。


 そんな穏やかな午後のひと時を破ったのは、門前を駆け抜ける蹄の音だった。


「テルネーゼ卿!」王宮からの使者が息を切らせて書斎に駆け込んできた。差し出された羊皮紙を受け取ったベルナードの表情がみるみる険しくなる。


「来年の神託祭について、緊急会議……?」


 神託祭は、四年に一度行われる王国最大の宗教的祭典だ。一年以上前から準備を始める重要行事で、次回は来年の予定となる。だが、このタイミングで『緊急会議』を行うということは、相当な問題が発生したということだろう。


 ベルナードは重い腰を上げた。


 王宮へ向かう馬車の中で、ベルナードは神託祭について思いを巡らせていた。


 四年に一度、秋の収穫期に行われる神託祭は、王国の平安と豊穣を祈願する神聖な儀式だ。その中核を担うのが『神託の巫女』で、伝統的に王妃が務めることになっていた。巫女は神々への祈りを捧げ、国民の前で『神託』を受ける──王国にとって極めて重要な存在だった。


(王妃殿下に何かあったのだろうか。それとも……)


 不穏な予感が胸をよぎる。「自分は騎士上がりだから政治は苦手」といつも割り切っているベルナードだが、今回の緊急召集には嫌な予感しかしなかった。




 王宮の豪華な会議室に集められた重臣たちの表情は、一様に困惑と緊張に満ちていた。王の側近である宰相が、深刻な面持ちで口火を切った。


「お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。実は……王妃殿下が御歳を理由に、来年の神託祭の巫女役を辞退されることになりました」


 会議室にざわめきが起こった。これは前例のない事態だった。


「代わりに、王太子妃であるソフィア妃殿下を推薦したいとのお申し出ですが……皆様のご意見をお聞かせください」


 瞬間、会議室の空気が凍りついた。

 しばしの沈黙の後、王太子派の重臣が口を開いた。


「順当なお申し出かと存じます。王妃殿下のお心遣いに、ソフィア妃殿下もきっとお応えくださるでしょう」


 他の王太子派の貴族も次々に同意する。


「血脈よりも人柄こそが重要。ソフィア妃殿下のお優しいお人柄は、国民もよく存じ上げております」

「次期王妃であるソフィア妃殿下が代役を務められるのは最もなことです」


 だが、反王太子派の重臣たちは即座に反発した。


「しかし、伝統を軽んじることはできません! 神託祭の巫女は、強い血脈を持つ者が務めるのが古来からの習わしです」

「ソフィア妃殿下の血脈は……北方の小国のご出身で、その……あまり強いものではないと伺っております」

「万が一、神託の儀式で何かあれば、それは王国全体の不吉な前兆とみなされかねません」


 ベルナードは腕を組んで黙って聞いていた。両者の主張は一見真っ当に聞こえるが、結局のところ派閥争いでしかない。

 王太子派は、王妃が王太子妃を事実上の後継に指名することで、ライモンド王太子の地位を盤石にしたいだけだ。

 反王太子派──第二王子派は、王太子妃の血脈が弱いことを理由にして、第二王子であるジュリアン王子を王太子にしたいだけなのだ。

 複雑な政治的駆け引きに、内心うんざりしていた。


(やはり政治は難しい……騎士団の頃の方がよほど分かりやすかった)


 いつもなら「騎士上がりだから」と割り切って傍観するところだが、今回は何となく嫌な予感がして、集中して議論に耳を傾けていた。


「テルネーゼ卿はいかがお考えか?」


 宰相がベルナードに意見を求めた。


「王妃殿下のご判断を尊重すべきかと存じます。長年王国のためにお尽くしいただいた王妃殿下が、最適と思われる方を推薦されるのであれば、それに従うのが筋でしょう」


 ベルナードには政治的な深謀遠慮はないが、元騎士らしい率直さで意見を述べた。王太子派の重臣たちは満足そうにうなずき、反王太子派は不満げな表情を見せたが、彼自身はその意味をよく理解していなかった。


 会議が膠着状態に陥ったその時、反王太子派の重臣の一人、デルナム侯爵が狡猾な笑みを浮かべて立ち上がった。


「それでしたら、適任者がおりますが……」

「と、申しますと?」宰相が尋ねる。

「テルネーゼ卿のご息女です。先日のデビュタントでも評判となった、『二つ持ち』の血脈をお持ちの方がいらっしゃいますでしょう」


 まさか、娘の名前がこんな場で出るとは──ベルナードの血の気が引いた。


「たしかに、『二つ持ち』でしたら申し分ございませんな」

「侯爵家でしたら、家格も問題ないでしょう」

「デビュタントでのお振る舞いも、ご立派だったと聞きますな」


 他の重臣たちも次々と頷き始める。エミリアの『二つ持ち』の噂は、すでに貴族社会では既成事実として扱われていたのだ。


「いえ、しかし……娘はまだ若く、そのような大役を務める経験も知識も……それに、王太子妃殿下を差し置いて巫女を務めるなど……」


 ベルナードは慌てて反対したが、その動揺ぶりが逆に注目を集めてしまう。内心では『ノースキル』の秘密を抱える身として、エミリアが神託の儀式で失敗すれば、それこそ家門の破滅だという恐怖に駆られていた。


「ご謙遜を。『二つ持ち』の血脈があれば十分でしょう」

「お若い方の方が、かえって神聖な力を発揮されるかもしれません」


 ベルナードの拒絶理由が次々と論破されていく。追い詰められた彼の額に汗が浮かんだ。


 王太子派は憮然としていたが、中には、王妃の意向を重んじるべきと発言したベルナードの娘であれば、まあ妥協できないこともないという態度を示す者さえ現れた。


「……ひとまず、本日はここまでにいたしましょう。各自よく検討していただき、後日再び協議を」


 宰相の判断で会議は散会となったが、ベルナードにとっては悪夢の始まりでしかなかった。


 会議室を出たベルナードにデルナムが追いすがってきた。周囲に人がいないのを確認すると、彼は小声で囁いた。


「ベルナード卿、ご息女の巫女役を望まれないのでしたら……別の道もございますが」

「別の道?」

「ご息女がジュリアン殿下のお妃になられてはいかがか。ご婚約でも構いません」


 デルナムの言葉にベルナードは愕然とした。これは明らかな政治取引の申し出だった。


「ご息女が第二王子妃になられたら話は別です。巫女役の件も仕切り直しとなりましょう。どちらに転んでも、ご家門にとって悪い話にはならないと思いますが」

「し、しかし……」

「ご息女はまだお若い。お美しいし、『二つ持ち』でもある。ジュリアン殿下もきっとお気に召されるでしょう」


 ベルナードは言葉を失った。娘を政治の道具として扱う提案に胸が痛んだ。


「お考えいただく時間は差し上げます。しかし、あまり長くはお待ちできませんので」


 デルナムはそう言い残すと、満足げな笑みを浮かべて立ち去った。




 帰りの馬車の中でベルナードは頭を抱えていた。


(やられた……)


 会議はエミリアの巫女を認める流れに傾いていた。あのままでは押し切られていただろう。そうなると、デルナムの提案どおり、仕切り直しするにはエミリアを第二王子妃にするくらいしか方法はない。


 しかし、『二つ持ち』のエミリアが第二王子の妃となると、それは反王太子派の台頭につながる。考えたくはないが、ソフィア妃が儀式で失敗することがあればなおさらだ。


 では、エミリアが巫女を務めたら? それはそれで、血脈が弱いとされるソフィア妃の権威を貶めることになる。

 いや、エミリアが『二つ持ち』かどうか、そもそも分からない。やはり『ノースキル』だったとなり、それが公になると侯爵家の権威は失墜する。──巫女を引き受けることなどありえない。


「私は……どちらを選べばいいんだ……」


 ベルナードは拳を強く握りしめた。


「そもそも、政治的取引で娘の人生を決めるなど……これでは私も、あの連中と同じではないか」


 多くの縁談の申し出に満足していたベルナードであったが、それは家門の繁栄のためだ。今回の話は一線を越えている。さすがに、王家の後継問題に娘を放り込むわけにはいかない。


 ベルナードは深いため息をついた。


 屋敷に帰り着いたベルナードは廊下でエミリアとすれ違った。娘の何も知らない無邪気な表情を見て、胸が締め付けられる思いがした。


「お帰りなさいませ、お父様」


 エミリアの挨拶に軽くうなずくが、言葉は出ない。


 書斎に一人籠もったベルナードは使用人に酒を持ってこさせた。グラスを傾けながら今後の対応を考える。


「……娘を政争に巻き込むなど……」

「政治など……いっそ剣で決着をつけられぬものか……」


 騎士団にいた頃は明確だった。剣を交えれば勝つか負けるか。単純で分かりやすかった。だが今は、自分が何と戦っているのかすら分からない。


(こんな話、エミリアには言えん)


 当面は何も言うまい。エミリアに政治的圧力のことを話すのは酷だろう。まだ十七歳の娘に、こんな重荷を背負わせるわけにはいかない。


 しかし、いずれは決断の時が来る。デルナム侯爵の提案を受け入れるか、それとも別の道を探すか。どちらにしても、エミリアの人生を大きく左右する決断になるだろう。


(せめて、もう少し時間があれば……)


 しかし、政治の歯車は待ってくれない。ベルナードは深いため息をつき、窓外の夜景を眺めた。遠くに見える王宮の灯りが今夜は不吉な光に見えた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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皆様の応援が、今後の執筆の何よりの励みになります!



降って湧いた政治的陰謀。神託祭の巫女、妃候補。何も知らないエミリアはどうなってしまうのか!?


今後もよろしくお願いします。

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