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「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第20話 水の都

 エミリアが朝の身支度をしていると、アンナが王宮からの手紙を持ってきた。


「お嬢様、王妃殿下からお手紙が届いております」


 美しい便箋に書かれた王妃の筆跡は、いつ見ても上品で優雅だった。しかし、封を開けて内容を読み進めるうちに、エミリアの表情は複雑なものになった。


『エミリア様へ。

 近頃サラが、いつにも増して図書館に籠もりがちでございます。勉強熱心なのは結構に存じますが、休暇の日まで書庫にこもりきりなのはいかがなものかと案じております。

 もしお差し支えなければ、街へお連れいただき、気を晴らさせてやってくださいませ。母のように案ずるのが、わたくしの悪い癖ではございますけれど──』


「ふう……私のせいね、きっと」


 エミリアは手紙を持ったまま、申し訳なさそうにつぶやいた。


「お嬢様?」アンナが不思議そうに尋ねる。


「この前、王宮図書館で一緒に古代史を調べたのよ。それでサラがますます本にのめり込んでしまったのかもしれないわ」


 自分の探求心に巻き込んでしまったせいで、サラが心配されているのかもしれない。そう思うと、少し罪悪感を覚えた。


「でも、王妃殿下のお心遣いは嬉しいわね。サラと街を歩くなんて楽しそう」


 エミリアの表情が明るくなると、アンナも嬉しそうに微笑んだ。


「それと、アンナ」


 エミリアが振り返る。


「あなたも一緒に来ない?」


「え、私もですか?」


 アンナが驚いて目を丸くした。


「でも私はメイドですし……」

「メイドも何も関係ないわ。三人で街を散策しましょう。きっと楽しいはずよ」


「でも、お嬢様とご一緒でいいのでしょうか……」

「いつも一緒にいるじゃない。今日は仕事を忘れて、友人として付き合ってちょうだい」


 エミリアの温かな言葉にアンナの表情がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます! では、お返事の用意をいたしますね」


 エミリアは王妃への返事を書き、サラにお誘いの手紙も添えた。翌日がサラの休日だったため、その日に王宮でサラと待ち合わせることにした。




 翌日の午前、エミリアとアンナが王宮正門で待っていると、私服姿のサラが現れた。侍女の装いではない彼女は同世代の普通の女性に見えた。


「エミリア様、お誘いいただいてありがとうございます」


 サラが丁寧にお辞儀をすると、エミリアは手を振って応えた。


「そんな、かしこまらないで。今日は同じ年頃の女性同士、気楽に過ごしましょ」

「こちらはアンナ。私のメイドで、仲の良い子なの」


 アンナが緊張気味にお辞儀をすると、サラも優しく微笑んで返した。


「アンナさん、お会いできて嬉しいです。今日はよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 三人は王都の繁華街へ向かった。




「うわあ、こんなに賑やかなのですね」


 サラが目を輝かせながら街並みを見回した。地方出身の彼女にとって、王都の繁華街は新鮮な驚きの連続だった。


 店先には色とりどりの商品が並び、通りには商人たちの威勢の良い声が響いている。向かいの菓子店から焼き菓子の香ばしい香りが漂い、三人の鼻をくすぐった。王宮の静寂とは対照的な活気に満ちた世界がサラには新鮮に映った。


「この香水屋さん、素敵ですね」


 三人は香水屋に立ち寄った。様々な香りを試しながら会話に花を咲かせる。


「サラ、これはどう? あなたの雰囲気に合いそう」


 エミリアが薄紫の香水を勧めると、サラが照れくさそうに微笑んだ。


 アンナも嬉しそうに様々な香りを試している。普段、お使い以外で屋敷を出ることはあまりないため、こうした自由な買い物は貴重な体験だった。


「この花の香り、素敵ですね」

「それはラベンダーです。リラックス効果があるんですよ」


 店主が親切に説明してくれる。三人は香水選びを楽しみながら、それぞれ小さな瓶を購入した。


 街を歩いていると美しい石造りの橋が見えてきた。川の袂の石畳には石のベンチが並んでおり、人々がくつろいでいる。


「あそこで少し休憩しましょう」


 エミリアが空いているベンチを指差した。

 

 三人は街の屋台で買った焼き立てのパンを頬張った。


「こんなことをするのは初めてです」


 サラが楽しそうに笑った。


「はしたないですわね」


 エミリアがおどけて言うと、三人はケラケラと笑い合った。


 川は石造の橋の姿を映し、秋の柔らかな日差しを受けてきらめいている。


「王都は川や橋が多いのですね」


 サラが素朴な疑問を口にした。たしかに、王都には大小様々な水路と橋があり、水に困ることがない。


「あ、それについて知ってますよ」


 アンナは得意そうに説明を始めた。


「この街は古代都市の遺跡の上に作られているんです。その地下水路網を今でも利用しているから、水には困らないみたいなんですよ」


「古代の地下水路……」


 サラが感心したようにつぶやく。彼女の故郷は水が少ない地方のため、地下水路の存在は驚きだった。


「そういえば、この橋の袂にも地下水路の入口があるのよね。ほら、あそこ」


 エミリアが橋の袂を指差す。そこには鉄格子がはめられた入口が見えた。


 エミリアは先日のマチルダの屋敷での『幽霊騒動』を思い出していた。あの時、ラウルも地下水路のことを話していた。


「ここもマチルダの屋敷の地下に通じているのかしら……」


 エミリアがつぶやくと、アンナは首をかしげた。


「マチルダ様のお屋敷に?」

「この前、マチルダの屋敷で地下の隠し通路を見つけたのよ。もしかしたら、この街の地下は全部繋がっているのかもしれないわね」


 サラも興味深そうに聞いていた。


「それは興味深いですね。古代の人々がどんな技術を使っていたのか……」


(そうよね。古代の技術……まだまだ分からないことだらけだわ)


 エミリアの古代への探求心が再び静かに湧き上がってきた。


 夕方が近づき、エミリアが時間を確認した。


「サラ、そろそろ王宮に戻る時間じゃない? 最後にどこか行きたいところはある?」


 サラは少し考えてから、恥ずかしそうに答えた。


「あの……もしよろしければ、書店に行きたいのですが……」


 エミリアは呆れたような表情を浮かべた。


「まったく、王妃殿下が心配されているのに、やっぱり本なのね」

「すみません……」


 サラが申し訳なさそうに頭を下げる。


「冗談よ。でも、これで王妃殿下に顔向けできるかしら?」


 三人で笑いながら『賢者の書房』に向かった。


 書店に入ると、奥の閲覧スペースに見知った人物がいた。


「あら、ジル様!」


 エミリアが声をかけると、ジルが本から顔を上げて微笑んだ。


「やあ、エミリアさん」


「お嬢様、ご友人ですか?」


 アンナが興味深そうに尋ねる。


「ええ、こちらはジル様。とても博識な方なの」


 エミリアがジルを紹介しようとしたとき、サラが目を見開いた。彼女は驚いた表情を浮かべ、じっとジルを見つめた。

 ジルもそれに気づいたのか、わずかに首を振って合図を送った。まるで「今は何も言わないで」というような素振りだった。


「どうかなさいました?」


 アンナがサラに目を向ける。


「あ、いえ……存じ上げている方に、よく似ていらっしゃいましたので」


 サラの動揺ぶりを、アンナは不思議そうに見ていた。


 エミリアも一瞬そのやり取りを不思議に思ったが、特に深くは考えず、ジルにサラを紹介した。


「こちらはサラ。王妃殿下付きの侍女で、歴史にとても詳しいの」

「それは素晴らしい。私も歴史に興味があるんですよ」


 ジルが丁寧に挨拶する。サラは緊張した様子で礼を返した。


 書店での時間は短かったが、ジルは三人に興味深い本をいくつか紹介してくれた。古代史に関する資料や、各国の文化や伝承などを比較した書物など、どれも知的好奇心をくすぐるものばかりだった。


 しばらくすると、従者らしき男性がジルに近づいてきた。


「お迎えに参りました」


 従者が丁寧に声をかける。


「では私は、これで失礼いたします。楽しい時間をありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 エミリアが微笑んで答えると、ジルは優雅に一礼して従者と共に立ち去った。


 しばらくして、三人も書店を後にした。


「今日は楽しかったです。ありがとうございました」


 サラが嬉しそうに礼をした。


「ええ、また三人で出かけましょうね」


 エミリアも満足そうに答える。


 しかし、サラは時々考え込んでいるような表情を見せていた。


「サラ様、大丈夫ですか?」


 サラの表情を見たアンナが心配すると、彼女は慌てて首を振った。


「いえ、何でもありません。本当に楽しい一日でした」


 王宮への帰り道、サラは何度か振り返って書店の方向を見ていた。




 一方、書店を後にしたジルは、従者と共に馬車に乗り込んでいた。


「待ち合わせ場所とはいえ、あのタイミングで声をかけるのは感心しないな」


 ジルが軽く従者を叱責する。


「申し訳ございません。しかし、会議の時間が迫っておりましたので……」

「まあ、仕方ないか。それで、先日の件は?」


 本題に入ると、従者の表情が真剣になった。


「はい。やはり候補としてお名前が挙がったようです」

「となれば、いずれ妃候補として推される流れもあり得るな」

「その可能性は否定できません」


 ジルは窓の外を見ながら考え込んだ。王都の夕景が馬車の窓を流れていく。


「……ならば、こちらも少々急がねばならんな」

「どのようになさるおつもりで?」


 従者が尋ねると、ジルは微笑んだ。


「番犬の元にいてもらうのが安全だろう」

「番犬……ですか? それはさすがにお言葉が過ぎるかと……」


 従者が困った顔になる。


「はは、冗談だ。だが、ああ見えて、あの人は怒らせると怖いぞ。多少手を回す必要があるが、それが一番良いと思うな」


 言葉とは裏腹にジルの表情は険しさを帯び、彼は窓外の街並みに目を向けた。遠くを見つめるその瞳には、思案の色があった。

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