第19話 北から来た姫
王太子妃専用の応接室に通されると、エミリアは部屋の装いに目を見張った。王国の豪華絢爛な装飾とは異なり、温かみのある木彫りの工芸品や、柔らかな色合いの織物が飾られていた。異国情緒あふれる、居心地の良い空間だった。
「ふふ、珍しい? 故郷の品々なの」
「失礼しました! ジロジロ見てしまいまして」
恐縮するエミリアにソフィアは優しく微笑んだ。
「──先ほど図書館で古代史について調べていらっしゃったようですが、どのようなことを?」
ソフィアの率直な物腰に促されるように、エミリアは素直に答えることにした。
「実は……一昨日、法王国の枢機卿という方とお話ししたのですが、どうも腑に落ちないことがありまして」
「枢機卿? どのようなお話を?」
その言葉に、ソフィアの表情がわずかに動いた気がした。
エミリアは聖石事件のことや王立研究所でのこと、枢機卿の曖昧な説明について詳しく話した。それを聞いたソフィアは静かにうなずいた。
「なるほど……『聖石の不具合について慎重に調査している』ですか」
サラは丁寧に淹れた紅茶を配りながら、後ろで三人の会話を聞いていた。
「何だかはぐらかされたような気がして……」
「……そうですわね」
ソフィアは少し考える素振りを見せ、エミリアを見つめた。
「故郷では、そこまで血脈を重視していませんの」
突然の話題転換にエミリアは目を丸くした。
「え?」ラウルも驚いた表情を見せた。
「故郷の国は、古くから隣国であるガルナック帝国との交流が盛んなの。なので、帝国の影響が大きいのよ。むしろ、その人が何をできるかが大切で……血脈よりも実力や人柄を重視するの」
そんな国があるなんて──エミリアの心臓が高鳴った。
「それは……」
「もちろん、この大陸は法王国の影響が絶大で、血脈信奉が多数派よ。でも世界には、色々な考えの国もあるということね」
新しい世界を見つけたような気分だった。
(そうか……血脈制度が絶対じゃない場所もあるんだ)
「実は……わたくしも血脈がすべてではないと思っています」
「あら、『二つ持ち』のあなたが血脈を重んじていないなんて、面白いわね」
ソフィアがいたずらっぽく微笑んだ。
エミリアは驚いて身を乗り出した。
「わたくしのことをご存じだったのですか!?」
「お名前だけはね。それなりに〝耳〟は良いのよ」
ソフィアが意味深に微笑む。王太子妃として培った情報収集能力の片鱗が垣間見えた。
「でも、血脈に頼らず自分の力で道を切り開こうとする姿勢は、とても素敵だと思うわ」
目の前で微笑む王太子妃の姿を、エミリアは改めて見つめた。この人は、ただのお姫様じゃないのかもしれない──首筋に冷たいものが走った。
「それで、先ほどの枢機卿のお話ですけれど。法王国の方々は、自分たちの布教活動に都合の悪いことは言わない傾向がありますのね」
「やはり、何か隠していると思われますか?」
「可能性はあるでしょうね。それに……」
ソフィアの声が一段低くなる。
「あなたたちが調べていらした『旧聖典』のことですが」
三人は息を呑んだ。図書館での会話を聞いていたのだろうか。
「ほんの少し知識がありますの。『旧聖典』があるということは、現在の聖典が『改訂版』だということでもあるのよね。何かが修正されたり、削除されたりしている……」
ラウルが驚愕の表情を見せた。
「それは……つまり、本当の教えが隠されているということですか?」
「断言はできないけれど、可能性として考えておく価値はあると思うわ」
(隠された教え、か……)
隠したのはやはり法王国だろうか。そうであれば、『旧聖典』の何が都合が悪かったのだろうか?
「でも、古代の真実を探るなら、教会以外の道もあるかもしれないわね」
「教会以外の道……」エミリアがつぶやく。
「そうね。例えば……他国の文化との比較とか」
まったく新しい視点だった。
「南のシャリューン王国は、今でも精霊信仰が根強いですし、私の故郷にも古い伝承が残っています。いずれも教会の教えとは別のものよ」
(そうか、この王国だけが世界じゃない。もっと広い視野で考えれば……)
エミリアは世界が広がったような気分だった。
「ありがとうございます! 何か……糸口が掴めた気がします」
ソフィアが満足そうにうなずいた。
「良い心がけですわね。若い方々が、こうして真実を探求する姿は美しいと思います」
ソフィアの柔らかな笑顔に三人も微笑んだ。
「今日はとても有意義でした。またお話ししましょうね。久しぶりに楽しい時間でした」
ソフィアが立ち上がった。
その言葉にエミリアは胸を打たれた。王太子妃という立場でありながら、これほど率直に話してくれるなんて。
「こちらこそ、ありがとうございました」
エミリアとラウルは深々とお辞儀をした。
三人は応接室を辞去し、図書館へ戻った。
「すごい方でしたね」
サラが感心したようにつぶやく。
「ああ。あんな考え方もあるんだな」
ラウルも感動している様子だった。
「でも……」
エミリアは少し考え込んだ。
「王太子妃殿下、先日お見かけした時は、とても物憂げな表情をされていたのよ。それが今日はあんなに活き活きと……」
庭園で見かけた時の彼女の不安そうな表情が思い出された。今日の知的で温かな女性とは別人のようだった。
「王室にはいろいろと複雑な事情がおありなのでしょうね」
サラが気遣いの言葉を漏らす。
「それにしても、これで方向性が見えてきたわ。教会だけに頼らず、もっと広い視点で調べてみましょう」
「そうだな。他国の資料なんて今まで考えもしなかった」
「私も頑張ります。王宮にはまだ調べていない場所がたくさんありますから」
夕日が図書館の窓から差し込み始めた。三人は今後の調査計画を話し合いながら古文書を片付けた。
「明日からは、また違ったアプローチで調べられそうね」
エミリアの声にはこれまでにない希望が込められていた。
ソフィアとの出会いがエミリアの視野を大きく広げていた。この世界には血脈制度とは異なる価値観があり、教会の教えとは別の真実があるかもしれない。その可能性が新たな扉を開いてくれたのだ。
「久しぶりに楽しい時間でした」
ソフィアの言葉がエミリアの心に響いていた。あの言葉の裏にはどんな想いが隠されているのだろうか。それもまた、いずれ解き明かすべき謎の一つかもしれない。




