第18話 王宮の図書館
朝食を終え自室へ戻ると、すぐにアンナを呼び寄せた。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「アンナ、王宮に手紙を届けてほしいの。王妃付き侍女のサラという方へ」
「承知いたしました。ちなみに、どのような内容でございますか?」
アンナは手紙を両手で恭しく受け取りながら尋ねてきた。
「王宮図書館の件、一緒に調べていただけないかと。それと、友人を一人連れて行きたいって」
「承知いたしました」
アンナは柔らかくお辞儀して部屋を下がった。再び一人になると奥の机へ向かい、昨日のことを思い返してみる。
(枢機卿様が催促してくださるといってもまだ先の話よね。それまでただ待つだけだなんて……それじゃ今までと変わらないわ)
正直いって、それは性に合わない。
そもそも、ラウルのぼやきも気になる。体よくはぐらかされた──言われてみれば、たしかにそうかもしれない。それに、彼は『聖石の不具合』など聞いたことがないとも言っていた。
とはいえ、枢機卿が嘘をついているようにも思えない。
いずれにせよ、教会の答えを待つ間に教会以外の資料を当たってみるしかない。
まもなく、サラからの返事が届いた。質の良い便箋に、流れるような筆跡で綴られている。
『喜んでお手伝いさせていただきます。明日の午後でしたら大丈夫です』
(やった……! 王宮の図書館か、楽しみだな)
早速、ラウルがいるであろう書庫へ向かう。書庫の扉を押すなり、サラの返事を掲げてみせた。
ラウルは本を置くと顔を綻ばせた。
「それは心強いな。王宮の中で詳しい人がいれば、効率よく調べられそうだ」
「そうよ! 三人ならきっと何か分かるはずよ」
だが、すぐにラウルは表情を曇らせる。
「でも俺も一緒で大丈夫なのか? 王宮だぞ?」
「サラに頼んでおいたの。駄目なら、その時はその時よ」
微笑んでみせたが、内心では少し心配だった。
(本当に大丈夫よね……? でも、一人で調べるより、ラウルがいてくれた方が心強いのよね)
「それに、古代史も魔法理論も、あんたの方が詳しいでしょう? 私一人じゃ見落としてしまうかもしれないし」
「まあ、それもそうか」
「少しは否定してよ」
頬を膨らませると、ラウルは笑いをこらえながら謝ってきた。
◇ ◇ ◇
翌日、王宮の門兵に王宮図書館の件を尋ねると、彼は背筋を正して答えた。
「エミリア・シル・テルネーゼ様でいらっしゃいますね?」
「はい」
「お連れの方も含めて、図書館への入室許可が下りております。少々お待ちください」
ラウルは子どものように目を輝かせた。
「本当に許可が出てる! 王宮の図書館だなんて、夢みたいだ」
「よかったわね!」
ラウルの素直な喜びを見ていると自分も嬉しくなってくる。
しばらく待っていると、見覚えのある人影が近づいてきた。
「エミリア様、お待ちしておりました」
王妃付きの侍女、サラだった。
「サラ、ありがとう。こちらが昨日お伝えしたラウルよ」
「ラウル様、お初にお目にかかります」
サラが丁寧にお辞儀をすると、ラウルも慌てて礼を返した。
「王宮図書館は広いので、ご案内いたします。お手紙では古代史について調べたいとのことでしたが」
「ええ、そうなの。実は一昨日、教会へ行ったのだけれど。……最近いろいろと気になることがあって」
サラへ聖石や鉄巨人のこと、教会での一件について話した。彼女は真剣な表情でうなずく。
「なるほど。それでしたら、教会とは違う視点の資料を探す必要がありますね。こちらの古文書の区画でしたら、王家に伝わる古い文献がございますよ」
案内された古文書の区画は、侯爵家の書庫とは比べ物にならない規模だった。天井まで届く書棚に、数百年前の文献がぎっしりと並んでいる。
「うわあ……こんなにたくさん」
ラウルが感嘆の声を上げた。学問好きの彼にとって、ここはまさに宝の山といったところか。
「サラ、ラウル。早速手分けして調べましょう」
各々めぼしい書物を手に取り、机へと向かった。
書庫にページをめくる音が響く。
やがて、興味深い記述を見つけた。
「ねえ、これを見て。『現行の聖典編纂以前の古い教えについて』って書いてあるわ」
サラとラウルが寄ってきた。
「古い教え?」
サラが不思議そうに首をかしげた。
「ほら、ここには『旧聖典』という言葉も出てくるわ」
とはいったものの、その後に続く内容が問題だった。たいしたことが書いてないのだ。
「……肝心のところが何も書いてないわね」
すると、ラウルが別の文献を持ってきた。
「こっちにも似たような記述があるぞ。『神々の古の教え』とか『先の時代の教典』とか……でも、こっちにも具体的な内容は全然書いてない」
ラウルはそう言うと眉を寄せた。
サラは、手にしていた古文書を見つめた。
「たしかに不思議ですね。現在の聖典とは別に、何か古い教えがあったということでしょうか?」
他の書物に至っては、ページが破られていたり、どう見ても綴じ直したような跡があった。
「これは……意図的なものを感じるな」
ラウルは眉をひそめた。
限られた者しか立ち入ることのできない王宮の図書館、そこに保管されている書物にもかかわらず、作為的な痕跡がある。これはいったいどういうことなのか。
法王国からの返答が来ないことといい、この断片的な記録といい、何かが隠されている気がしてならない。そこに書かれていたものは誰かにとって都合の悪いものだったのだろうか。
「参ったわね。これ以上は、ここの資料では分からなさそう」
思わずため息が出てしまう。
「教会の神官なら、この旧聖典とやらについて何か知ってるかもしれないけれど」
そうつぶやくと、ラウルが苦笑いを浮かべた。
「でも、あの神官に詰め寄ったばかりだろ? また行くのはちょっと……」
「そうよね。やっぱり気まずいよね」
すると、サラが遠慮がちに口を開いた。
「あの……もしよろしければ、今度も個人的にお手伝いさせてください。その……隠された歴史って、ドキドキしますよね」
それはありがたい。協力者は一人でも多いほうがいい。それが王宮の関係者であればなおさらだ。
「本当? とても心強いわ。三人で調べれば、きっと何か分かるはずよ」
「それに、王宮についても多少は知ってますので、もしかすると他にも調べられる場所があるかもしれません」
サラの提案にラウルもうなずく。
「たしかに、俺たちじゃ思いつかないような場所もあるだろうな」
その時、図書館の入口の方から話し声が聞こえてきた。
「あら、賑やかですのね」
振り返ると、金髪の美しい女性が侍女を連れて立っていた。透き通るような白い肌が午後の光に美しく映えている。
「王太子妃殿下!」
サラが慌てて立ち上がり深々とお辞儀をする。こちらも合わせて礼を取った。
「あら、あなた……?」
王太子妃ソフィアはこちらを見ると、何かに気づいたようだ。
「は、はい。エミリア・シル・テルネーゼと申します……先日、庭園で」
「そうだったわね」
(妃殿下、覚えてらしたのね……)
ソフィアは優雅に微笑みかけた。
「ソフィアです。堅苦しい挨拶は抜きにして。……そうだわ。あなたたち、今からお時間いただけるかしら?」
(王太子妃殿下が私と? どうして?)
急にどういうつもりだろうか。だが、断る理由もない。うなずくほかない。
「では、お茶の準備をいたしますね」
サラが気を利かせて支度に向かう。
先日、庭園で見かけた王太子妃。今、目の前で微笑む彼女からは、あの時の不安そうな表情は一切感じられない。それよりも、いったい何の話なのだろうか──心がざわついた。




