第18話 王宮の図書館
朝食を終えたエミリアはすぐにアンナを呼んだ。
「アンナ、王妃付き侍女のサラという方への連絡をお願いしたいの」
「承知いたしました。どのような内容でございましょう?」
「先日お話しした図書館での調査の件。一緒に調べていただけないか相談したいの」
一夜明けてエミリアは冷静に考えてみた。昨日の枢機卿との会話を思い返すと、ラウルが言ったとおりなんだか腑に落ちない。『聖石の不具合について慎重に調査している』──そんな曖昧な説明で納得できるはずがない。教会が何かを隠しているなら、教会以外の資料で真実を探るしかない。
まもなく、サラからの返事が届いた。
『喜んでお手伝いさせていただきます。明日の午後でしたら大丈夫です。図書館でお待ちしております』
「よかった! サラが協力してくれるって」
エミリアは、いつものように書庫にいたラウルに報告した。
「それは心強いな。王宮の中で詳しい人がいれば、効率よく調べられそうだ」
「三人なら、きっと何か分かるはずよ」
ラウルが少し不安そうな表情を覗かせる。
「でも俺も一緒で大丈夫なのか? 王宮だぞ?」
「王妃殿下が『お友達もどうぞ』とおっしゃってくださったから、きっと大丈夫よ」
エミリアは微笑んでみせたが、内心では少し心配だった。
(本当に大丈夫よね? でも、一人で調べるより、ラウルがいてくれた方が心強いから)
「それに、古代史も魔法理論も、あなたの方が詳しいでしょう? 私一人じゃ見落としてしまうかもしれないし」
「まあ、それもそうか」
「少しは否定してよ」
エミリアが頬を膨らませると、ラウルは顔を綻ばせた。
翌日、王宮の荘厳な門の前で二人は衛兵に王宮図書館の件を尋ねると、彼は背筋を正して答えた。
「エミリア・シル・テルネーゼ様でいらっしゃいますね?」
「はい」
「お連れの方も含めて、図書館への入室許可が下りております。少々お待ちください」
ラウルは子どものように目を輝かせた。
「本当に許可が出てる! 王宮の図書館だなんて、夢みたいだ」
「よかったわね」
エミリアも安堵した。ラウルの素直な喜びを見ていると自分も嬉しくなってくる。
しばらく待っていると、見覚えのある人影が近づいてきた。
「エミリア様、お待ちしておりました」
王妃付きの侍女、サラだった。
「サラ、ありがとう。こちらが昨日連絡したラウルよ」
「ラウル様、お初にお目にかかります」
サラが丁寧にお辞儀をすると、ラウルも慌てて礼を返した。
「王宮図書館は広いので、ご案内いたします。昨日のお手紙では古代史について調べたいとのことでしたが」
「ええ。実は一昨日、法王国の枢機卿という方とお話ししたのだけれど、やっぱりどうも腑に落ちなくて」
エミリアは、聖石や鉄巨人の件と枢機卿の曖昧な説明について詳しく話した。サラは真剣な表情でうなずく。
「なるほど。それでしたら、教会とは違う視点の資料を探す必要がありますね。こちらの古文書の区画でしたら、王家に伝わる古い文献がございますよ」
案内された古文書の区画は、侯爵家の書庫とは比べ物にならない規模だった。天井まで届く書棚に、数百年前の文献がぎっしりと並んでいる。
「うわあ……こんなにたくさん」
ラウルが感嘆の声を上げた。学問好きの彼にとって、ここはまさに宝の山なのだろう。
「それでは、三人で手分けして調べましょう」
エミリアの提案で、早速調査が始まった。
しばらくページをめくる音が響いていたが、やがてエミリアが興味深い記述を見つけた。
「これを見て。『現行の聖典編纂以前の古い教えについて』って書いてある」
声に反応して、サラとラウルが集まってくる。
「古い教え?」
サラが不思議そうに首をかしげた。
「ほら、ここには『旧聖典』という言葉も出てくるわ」
エミリアはページの一節を指差しながら続けた。
「でも詳しいことは……ほとんど書いてないのね」
すると、ラウルが別の文献を持ってきた。
「こっちにも似たような記述がある。『神々の古の教え』とか『先の時代の教典』とか……でも具体的な内容は全然書いてない」
エミリアの表情が険しくなる。サラも手にした古文書を見つめた。
「たしかに不思議ですね。現在の聖典とは別に、何か古い教えがあったということでしょうか?」
「でも、どの文献を見ても具体的なことは何も書いてないのよね」
「たしかに、まるで意図的に隠されているみたいだ」
三人は顔を見合わせた。枢機卿の曖昧な説明といい、この断片的な記録といい、何が隠されている気がしてならない。それは、誰かにとって都合の悪いものだったのだろうか。
「参ったわね。これ以上は、ここの資料では分からなさそう」
エミリアが困ったような表情を見せる。
「教会の神官なら、この旧聖典について何か知ってるかもしれないけれど」
エミリアがつぶやくと、ラウルは苦笑いを浮かべた。
「でも、あの神官に詰め寄ったばかりだろ? また行くのはちょっと……」
「そうよね。まだ気まずいわよね」
すると、サラが遠慮がちに口を開いた。
「あの……もしよろしければ、今後も一緒に調べさせていただけませんか? 歴史にとても興味があるのです」
エミリアの顔がぱっと明るくなった。
「本当? とても心強いわ。三人で調べれば、きっと何か分かるはずよ」
「それに、王宮についても多少は知ってますので、もしかすると他にも調べられる場所があるかもしれません」
サラの提案にラウルもうなずく。
「たしかに、俺たちじゃ思いつかないような場所もあるだろうな」
その時、図書館の入口の方から話し声が聞こえてきた。
「あら、賑やかですのね」
振り返ると、金髪の美しい女性が侍女を連れて立っていた。透き通るような白い肌が午後の光に美しく映えている。
「王太子妃殿下!」
サラが慌てて立ち上がり、深々とお辞儀をする。エミリアとラウルも慌てて礼を取った。
「あら、あなた、先日王妃殿下とお話しされていた方ね」
ソフィアがエミリアに優雅に微笑みかけた。
(あの時、気づいてらしたのね……)
エミリアは、ソフィアの観察眼と記憶力に少し驚きつつも深くお辞儀した。
「はい。エミリア・シル・テルネーゼと申します」
「ソフィアです。堅苦しい挨拶は抜きにして、あなたたち、今からお時間いただけるかしら?」
(王太子妃殿下が私と? どうして?)
エミリアは戸惑いながらも、断る理由もなくうなずいた。
「では、お茶の準備をいたしますね」
サラが気を利かせて支度に向かう。
先日、庭園で見かけた王太子妃。今、目の前で微笑む彼女からは、あの時の不安そうな表情は一切感じられない。いったい何の話なのだろうか──エミリアは胸の奥がわずかにざわつくのを感じた。




