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「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第17話 枢機卿の話

 エミリアは古代史の本を閉じ、深いため息をついた。あの聖石事件からもう一か月以上が経つというのに、法王国からの返答は一向に来ない。


「ラウル、もう我慢の限界よ」


 突然の宣言に、ラウルは驚いたように手にした魔法理論書から顔を上げた。


「どうした、急に?」

「法王国からの返答を待つのはもうやめ。自分で聞きに行くわ」


 エミリアの瞳には、これまでにない強い意志の光が宿っていた。ラウルは本を机に置き、身を乗り出すようにして問いかける。


「まさか、法王国に行くつもりか? 隣国とはいえ、そう簡単には──」

「何言ってるの」


 エミリアは少し悪戯っぽい表情を浮かべた。


「中央教会よ。あの神官に直接聞けば何かしら分かるはずよ」

「つまり、直談判?」

「ええ。でも、お父様に話すとまた面倒なことになりそうだし──」


 ラウルは苦笑いを浮かべる。


「君らしいといえば君らしいが……まあ、俺も気になってたし、付き合うよ」

「ありがとう。やっぱり頼りになるわ」


 エミリアはラウルの肩をポンと叩いた。




 午後、二人は中央教会の重厚な扉をくぐった。色とりどりのステンドグラスが午後の光を受けて虹色に輝き、静謐な空気が身を包む。


「失礼いたします。先日の聖石の件でお伺いしました。エミリア・シル・テルネーゼと申します」


 応対した神官はエミリアの名を聞いて一瞬ぎょっとした表情を見せたが、それ以上顔に出すことはなく、二人を奥の応接室へと案内した。

 しばらくして現れたのは、あの日の神官だった。彼は困惑を隠しきれない様子で口を開いた。


「あ、ああ、エミリア様……実は、その件で申し上げにくいことが……」

「法王国からのお返事がないことでしょう?」


 図星を突かれたのか、神官の顔からさっと血の気が引く。エミリアはここぞとばかりに身を乗り出した


「なぜ返事が来ないのですか? そもそも、本当に報告なさったのですか?」

「も、もちろんでございます!」


 神官は額に汗を浮かべて弁明する。


「詳細な報告書を添えて……しかし」

「しかし?」

「まったく何の返答もないのです。催促の書状も二度お送りしましたが……」


 それを聞き、ラウルがいぶかしげに眉をひそめた。


「それは異常ですね。法王国ほどの組織が正式な報告を無視するなんて」

「そんなことってあります?」


 エミリアは神官の煮え切らない態度に苛立ちを募らせ、今にも掴みかかりそうな勢いだ。


「いかがなされましたかな?」


 その時、背後から落ち着いた声が響いた。エミリアが振り返ると、そこに立っていたのは顎髭を蓄えた黒い法衣姿の壮年男性だった。


「猊下!」神官が慌てて立ち上がり、礼をとる。


「何やらお困りのご様子」

「こちらは枢機卿のロイデン様でございます」


 紹介を受けたロイデンは、にこやかに微笑み会釈した。エミリアとラウルも慌てて立ち上がり、礼を返す。




「……ほう、それは興味深いですな」


 事情を聞いたロイデンは、興味深そうに目を細めた。


「私は視察のために先日こちらへ参ったのですが……そういえば本国で、『聖石の不具合』について、何やら話されておりましたな」

「聖石の不具合?」


 聞き慣れない言葉に、エミリアは怪訝な表情を浮かべた。


「ええ、いかにも。しかし、聖石の不具合ともなると教会の信用にも関わります。調査は慎重に行われているようでしたよ」

「そうなんですね……」

「私は調査に関わっておりませんが、あなたが体験された現象のことを話していたのでしょうな」


「でも、『鉄巨人』のことも疑問なんです。急に聖遺物だなんて」

「鉄巨人?」


 エミリアは王立研究所での出来事を説明した。


「……なるほど。そのようなことが。これについては、私が本国に代わって謝罪しなければならないようですな」


 ロイデンによると、聖遺物の認定には本国で様々な手続きがあり、時間がかかってしまうとのことだった。また、回収には本国の専門部署が独自に動くため、どうしても現場の事情が後回しにされてしまうようで、ロイデンはその点についても謝罪した。


「いずれにせよ、聖石の件は私も本国に戻り次第、催促しておきましょう。ただ、私はもうしばらく視察しなければならないため、今すぐにとはいきませんが」


「本当ですか? ありがとうございます!」


 偶然とはいえ幸運だった。自分が今日思い立ったのも何かの縁に違いない。


「あ、あの、エミリア様……もし何かお分かりになることがございましたら……」


 枢機卿の横で、神官の声は情けなく震えていた。


(……それじゃ逆じゃないの!)


 エミリアは呆れたようにため息をついた。




 教会を出ると、エミリアは振り返って大きな尖塔を見上げた。


「タイミングが良かったわ。話の分かる方がいらっしゃって」


 だが、隣を歩くラウルは黙り込んだままだ。


「どうしたの?」

「──うん? いや、なんだか体よくはぐらかされた感じがして。そもそも『聖石の不具合』って何? 聞いたことないよ」

「そう? 慎重に調べてるんじゃないの?」

「うーん、何か引っかかるんだよな」


 あいかわらず、ラウルは疑り深いなぁ──エミリアはラウルの神妙な表情を横目で見つめる。


「まあ、とりあえず、聖石のことは一旦置いといて王宮図書館で調べましょう」


 石畳を歩きながら、エミリアは戦略を練り始めた。


「サラっていう子がいたの。王妃付きの侍女で、よく図書館に出入りしているんですって。案内してもらえないかしら」


 ラウルは感心したようにうなずいた。


「なるほど。たしかにそんな人なら、図書館に詳しいかもしれないな」

「明日、早速連絡してみるわ。三人ならきっと何か分かるはずよ」

「えっ!? 俺も行っていいのかな?」

「多分……大丈夫じゃない?」

「えぇ……」


 ラウルは困惑した表情で立ち止まり、軽やかに先を歩くエミリアの後ろ姿を見つめていた。




 夕方、エミリアたちが屋敷に戻ったすぐ後に、ベルナードも王宮から戻ってきた。その表情は普段以上に険しく、ひどく肩を落としている。

 廊下でその様子を目にしたエミリアは、父のただならぬ雰囲気に胸をざわつかせた。


「お帰りなさいませ、お父様」


 声をかけたが、ベルナードは軽くうなずいただけで、言葉を返す気力もないようだった。


(お父様、随分とお疲れのようだけど……王宮で何かあったのかしら?)


 ベルナードは書斎に籠もると、すぐに使用人に酒を準備させていた。帰って早々お酒? 珍しいわね──ベルナードが食事の前に酒を飲むことなど滅多にない。それに部屋の中からブツブツと声が聞こえる。何かおかしいと感じたエミリアは、そっと耳をすました。

 扉越しに聞こえる独り言は途切れ途切れで、内容はよく分からない。


「……政争に巻き込むなど……」

「……剣で決着をつけられぬものか……」


 不穏な言葉を耳にし、エミリアは息を呑んだ。


(お父様が政治のことで悩んでる? 珍しい……いつもは、自分は騎士上がりだからとか言って、割り切ってるのに。それにしても〝剣で決着〟だなんて物騒ね)


 一方、自分は古代の謎と格闘している。同じ屋根の下にいるのに、それぞれが違う重圧を抱えているようだった。だが、まずは自分のことだ。


 その夜。エミリアは窓辺に立ち、王都の夜景を見つめていた。遠くに見える王宮の灯りが今は希望の光に思える。


「私の力の正体も、古代の謎も……全部、この手で明らかにしてやるわ」


 星明かりが、彼女の横顔を静かに照らしていた。

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