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【第4部完結!】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第2話 未知の力

 あの不思議な声を聞いた日の夜から、体調を崩して寝込んでしまった。

 頭の奥で何かが書き換えられるような鈍い痛み。体は鉛のように重く、熱に浮かされていた。夢にはあの白銀の光景がちらつき、水滴の音が規則正しく響いていた。


《管……情…………更……》


 何か声のようなものが聞こえるが、はっきりとは分からない。ただ、内側を触れられ、隅々まで探られているような不気味な感覚だ。


 結局丸二日起き上がれず、三日目の朝にようやくベッドから這い出した。


「お嬢様! 大丈夫ですか? 心配しましたよ。もう、あまり無理をなさらないでください」


 控えていたアンナが慌てて駆け寄ってきた。


「ありがとう、アンナ。大丈夫……ちょっと疲れが溜まっただけだから」


 口ではそう言いながらも、まだ頭の奥にじんじんとした違和感がある。


 ──木剣が光った。木人形が真っ二つに割れた。《管理者第一次認証──成功》という謎の声。


 隊長は「木人形が古くなっていたのか」と困惑していた。たしかに困惑するのも分かる。自分もそうだ。では、あの光と熱はいったい何だったのだろう。


 答えの出ない問いが頭の中をぐるぐると回っていた。


「では、温かいスープをお持ちしますね」


 まもなく運ばれてきたスープは、野菜がよく煮込まれ柔らかな香りが立ちのぼっていた。スプーンを口に運ぶと、からっぽだった胃がじんわりと満たされ、体の芯にようやく力が戻った気がした。


 人心地ついたところに、アンナが珍しく荒い語気で訴えかけてきた。


「お嬢様、聞いてください! クロード様ったら酷いんですよ。『血脈もないのに無理するからだ』なんて……!」


 アンナには悪いが、思わず苦笑した。怒気を躱すように、持っていたスプーンを揺らす。


「お兄様の嫌味なんて、今に始まったことじゃないでしょ」

「でも……こんな時くらい労ってくださってもいいではありませんか!」


 気にするなと返したが、それでもまだアンナの顔は晴れない。やはり庶民の出としては、血脈という貴族の価値観に到底納得できないのだろう。でも、そんな様子を見ていると不思議と胸の奥が温かくなる。


「ありがとう。スープもおいしかったわ。──着替えるわ。講義に行かなきゃ」

「えっ……!? もうしばらく安静にされたほうが……」

「大丈夫よ」


 アンナは諦めたようにため息をついた。


「……承知しました。でも、本当に無理はなさらないでくださいね」


 着替えを終え、部屋を出ようとしたときだった。扉が勢いよく開かれ、ラウルが飛び込んできた。


「エミリア!」

「もう、ラウルさん! ノックもせずに失礼ですよ!」


 アンナが目をつり上げ厳しい口調でたしなめると、ラウルは慌てて頭を下げた。


「ああっ、すみません……さっきアンナさんに、エミリアが起きたって聞いて……心配したぞ……」

「ありがと、ラウル。もう大丈夫よ」

「で、なんで着替えてるんだ? まだ寝てた方がいいんじゃないか? 親父に今日の講義は中止って言っとくから」


 そんなわけにはいかない──気を遣うラウルに首を振った。


「ううん、講義を受けたいの」

「……ほんとに……無理するなよ」


 ラウルは心配そうな表情を浮かべたが、こちらはこちらで、なぜか焦燥感が渦を巻いていたのだ。


 ──あの声はいったい何だったのか。脳裏に入り込んできた『管理者』という言葉。誰も知らない秘密を自分だけが聞いたような感覚だ。


 だからこそ講義を受けたい。学べば何か手掛かりが見つかるかもしれない。そう思うと行かないわけにはいかなかった。




 学習室は書庫の隣にあり、窓からは庭の木立が見える静かな場所だ。机の上には魔法理論書や古い魔法陣の写本が山と積まれている。


「お身体の具合はよろしいのですか? エミリア様」


 ゆったりとした口調で迎えてくれたのは、自分の家庭教師であるオルフェン先生だ。いつも穏やかだが、意外と厳しく口うるさい。世の家庭教師というものは皆こうなのだろうか。眼鏡の奥の瞳は鋭い光を秘めていて、誤魔化しが一つも効かない。十年前からこの屋敷に仕え、自分に学問を教えてくれる人物だ。


「先生、少しお尋ねしてもいいですか」

「どうぞ」


 剣の稽古の最中に聞こえた〝声〟について、言葉を選びながら説明した。脳裏に浮かぶ白銀の景色、水滴のような音、そして意味を持った謎の響き──『管理者第一次認証』。


 オルフェンは眉間に皺を寄せ、しばし考え込んだ。


「……不思議なお話ですね。ですが正直に申し上げれば、血脈を持たぬ者がそのような現象に触れるとは考えにくい」


 その言葉に胸の奥がひどく重く沈んだ。分かっていても、やはり期待してしまっていた自分に気づかされ、視線を落としてしまう。


 だが、オルフェンは続けた。


「とはいえ、これはあくまで私の学者としての見解です。私見ですが、本当にそうなのかと問われれば……誰も答えられません。この世はまだ、我々の知らぬ理で満ちているのです」


 意外な言葉に、思わずオルフェンの顔を見上げた。

 オルフェンはひとつうなずくと、静かに続けた。


「例えば隣国では、精霊と対話できる者がいると伝えられています。もしそれが真実なら、人が扱う〝力〟の幅は、血脈の有無だけで測れるものではないでしょう。それは奇跡……いや、そう呼ぶのは学者としては稚拙ですね。むしろ、未知の理が働いていると考えるべきかもしれません」


 実に彼らしい。学問への真摯な姿勢、固定観念にとらわれない柔軟な思考。いつも自分に言っていることを自身でも実践しているようだ。


「未知の理……」


 その言葉が胸の奥で小さな火種のように灯った。

 血脈という既存の枠組みを超えた、もっと広大な可能性を感じる。もしかすると自分に起きている現象も、まだ誰も知らない新しい〝力〟の表れなのかもしれない。


「では、始めましょう」


 いつもの柔らかくも静かな声色だ。慌てて本を開いた。



   ◇ ◇ ◇



 翌日、友人であるクラウディアの屋敷へ向かう馬車に揺られていた。先日、相談があるとの手紙をもらっていたのだ。


 クラウディアはイベール伯爵家の令嬢で、自分より二つ年上。幼いころから顔を合わせてきた、数少ない気心の知れた相手だ。


(相談って、何なのかな?)


 クラウディアの、おっとりしていて明るい普段のイメージからはあまり想像ができない。


 イベール伯爵邸は町はずれの緩やかな丘にある。市場を通り抜けたら早いのだが、アンナが「最近市場の治安が悪化していて危険だ」と心配するので、市場を迂回し静かな裏道を抜けて屋敷へ向かった。

 門をくぐると、目の前には緑の芝生が眩しく輝いていた。庭園を囲む白薔薇の垣根を風が抜け、甘い香りが漂ってくる。


 クラウディアは深々と頭を下げた。


「エミリア様! 本日はお越しいただき、もう本当に嬉しくて……」

「お招きいただいてありがとう、クラウディア。……ほんとに素敵なお庭ね。お手入れが行き届いているわ」

「まぁ……! ありがとうございます。お庭は父が夢中でして、わたくしはこうしてお茶を楽しむばかりなのですけれど」


 クラウディアの父──イベール伯爵の、庭づくりへのこだわりようは社交界でも有名だ。


 クラウディアはどこか落ち着かない様子で自分を迎え入れると、やはり落ち着きなくカップを持ち上げた。紅茶に口をつける前に何度もためらうように視線を落としている。


「……実は、本日お呼びしたのは、ご相談がありまして」

「相談?」


 クラウディアの声はほんの少し震えていた。

 思わず身を乗り出した。


「その……縁談のお話が参りましたの」

「まあ、それはおめでたいことじゃない」

「ええ、そうなのですけれど……」


 クラウディアの頬がかすかに赤く染まる。淑女として感情的にならないように、と嬉しさを隠そうとしているようだが、それでも仕草の端々から喜びが滲み出ている。


「お相手は『知の血脈』で知られる、アルディス伯爵家の次男様なのです。学識に優れ、才気煥発で……それに、その……お顔立ちが、本当に……素晴らしくて」


 言葉を紡ぐたびに、声が甘く揺れていく。なるほど、これは相談というよりも半ば惚気だな──と少しだけ安堵した。


「そう……素晴らしい御方なのね」


(知の血脈、ね……)


 安堵はしたものの、実のところ心の中でため息が漏れていた。

 たしかに、知の血脈を持つ者は頭脳明晰で政務や学問の分野で力を発揮することが多い。家柄も立派、条件としては申し分ないだろう。

 ──けれど、この次男については以前から別の噂を耳にしていたのだ。


(才気煥発? それより女遊びが激しいという話の方が有名じゃない。頭が良くても節操がないのはいかがなものかしら。血脈なんて、本当に当てにならないわ)


 その噂を知らないのか、はたまた聞かされていないのか、クラウディアは瞳を潤ませ言葉を継いだ。


「ですが……わたくしの血脈は、実はあまり強くないのです。それが気がかりで。伯爵家の娘としての務めは果たしたいのですが、彼に釣り合うかどうか……」


 クラウディアの揺れる瞳を見ていると、とてもじゃないが真実を話せない。


「そんな……クラウディアは真面目だし、優しいわ。それだけで十分じゃない。血脈なんて、人の価値を測る物差しにはならないわよ」

「エミリア様……ありがとうございます。でも、やはり周囲は気にするものですから」


 クラウディアは静かにうなずいたが、その表情がわずかに陰った。だが、すぐにいつもの朗らかな表情に戻る。


「なので、父が聖石での治療を勧めてくれまして。近々、中央教会へお伺いいたしますの」


 カップを取ろうとした手が思わず止まる。


「聖石……?」

「ええ。古代の遺物だそうで、血脈を整える不思議な力があるとか。エミリア様は、ご存じでしたか?」

「いえ……初めて聞いたわ」


(聖石……古代の遺物かな? そんなものがあるのね)


 血脈のない自分でも効果があるのだろうか? 効果はともかく、仕組みは興味深かった。また調べたいものが増えた、と少し場違いな感情が湧いたが、何でもないように紅茶をすすった。


「もしこれで血脈が良くなりましたら、私も自信が持てそうな気がするのです」


(血脈が強いとか弱いとかで一喜一憂するくらいなら、自分で努力すればいいのに。……まあ、私が言える立場じゃないけど)


 クラウディアは頬杖をつき、こちらを見るでもなく、まるで夢見るようにため息を漏らした。


「でも……本当にお美しい方なのです。まるで物語に出てくる騎士そのもの!」

「ふふ、クラウディアって面食いだったのね」

「ええっ!? ち、違いますわ! わたくし、決して顔だけで……その……才もあって……」


 耳まで真っ赤になって慌てる姿が可愛らしくて、こちらも思わず笑みをこぼしてしまう。


「まあ、幸せそうだから、それでいいんじゃない? 顔が良くて喜べるなら、それも立派な才能よ」

「も、もう! エミリア様ったら、からかいすぎですわ」


 クラウディアはぷくっと頬をふくらませ、紅茶を一口。けれど口元はどうしても緩んでいた。


 その後は、流行りのファッションや話題の劇団といった他愛のない話で盛り上がった。友人との楽しく和やかな時間──のはずだが、心の奥は冷ややかだった。


「エミリア様、本日はありがとうございました」

「こちらこそ、楽しかったわ」

「あの……またお茶会にいらしてくださいますか?」

「もちろんよ。クラウディア、お幸せにね」


 ──血脈に振り回されても『幸福』なのだろうか。頬を染めお辞儀する友人を見て、ついそんなことを思ってしまい、心の中で謝った。


(ごめんね、クラウディア。でも、幸せになってもらいたいのは本心よ)


 噴水の飛沫が陽を裂き、ひときわ白く閃いた。白銀の部屋の、あの鈍い光が一瞬だけ重なったように見えた。


 輝く白薔薇に背を向け、馬車へ乗り込んだ。




 馬車に乗ると、ふと、市場が危険だというアンナの言葉を思い出した。どうにも気になる。御者に、帰りは市場を通るようお願いした。

 御者は最初渋っていた。まあそうだろう。主人の娘に何かあっては大ごとだ。──たとえノースキルであっても。

 だが、最終的には渋々と馬車を走らせた。


 市場は治安の悪化を感じさせない人混みで、馬車は速度を落として通り抜ける──その時だった。


 青年がガラの悪い男たちに囲まれていた。一人が青年の胸ぐらを掴んでいる。その様子に胸の内が苦くなり、熱を持つ。


「止めて!」


 思わず叫んだ──その瞬間。


《権限エラー──認証レベル不足。外的トリガー未検出》


(あの声……!)


 脳内に無機質な声が響いた。次の瞬間、熱が急速に冷めていく。


 御者が「お嬢様、危険です!」と馬車の速度を上げた。

 青年の姿が遠ざかっていく。


 放っておけなかった。でも、何もできなかった──無力感が胸を締め付けた。拳に力が入る。


 だが、またあの声だ。


(いったい、何なのかしら。私、どうかしちゃったのかな? 権限って何?)




 屋敷に戻ると、部屋でアンナが待っていた。


「お嬢様。明後日のミシェル様の『生命図譜の儀』に着ていくお召し物はこちらでよろしいですか?」


 そうだった──行くとは言ったものの、実のところあまり気乗りしていなかった。ビリビリに破られた羊皮紙の切れ端──幼い頃の記憶が蘇る。


「ええ、それでいいわ……」


 気のない返事だったと自分でも思う。その時、部屋の鏡に映った自分の姿──その瞳が一瞬だけ白銀に光った気がした。鏡の前で足を止めた。


「お嬢様?」


 アンナが不思議そうに覗き込む。


「……何でもないわ」


 もう一度鏡を見る。そこに映るのは普段と変わらない自分の瞳だ。


(気のせい……?)


 その夜、またあの白銀の部屋の夢を見た。だが、今夜はいつもと違った。光の文様の奥に何か別の図形がうっすらと見える。


 そして、冷たい声が響いた。


《進捗確認……管理者第二次認証──待機中》


 その声で飛び起きた。冷や汗が背中を濡らし、心臓が激しく打っている。


 進捗確認? 何を待機しているのか──


 胸に手を当て、長い息を吐いた。

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