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「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
覚醒編

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第15話 蜘蛛の回収者

 エミリアたち四人は、頼りない蝋燭の灯りを手に石段を下りていった。靴音が硬い石に反響し、その余韻が闇の奥へと吸い込まれていく。

 石段も通路の壁も、屋敷そのものより遥かに古い時代のものだと思われた。宝物庫と同様、肌を刺すようなひんやりとした空気が、地下特有の匂いと共に身体を包み込む。


「思ったより長い通路ね」


 先頭を行くエミリアが蝋燭を掲げた。ゆらめく炎が照らすのは、どこまでも続く曲がりくねった狭い回廊だ。慎重に歩を進める四人の間に、次第に重苦しい緊張感が漂い始める。


 通路を進むと、壁に小さな穴が開いているのが見えた。


「あっ、これは……」


 ラウルが目ざとく気づき、光を当てた。


「宝物庫で押した石だ。ここはちょうど宝物庫の裏側なんだな」

「なるほど、ここから時計を運び出したのね」


 エミリアはうなずいた。犯人の侵入経路はこれで判明したことになる。


 さらに奥へ踏み入ると、湿った空気とともに、遠くからせせらぎのような音が響いてきた。


「水の音……?」


 マチルダが不思議そうに首をかしげる。


「地下水路に繋がってるんじゃないんでしょうか。王都は地下水路が張り巡らされてますから」

「それなら、王都中どこにでも移動できるわね」


 ラウルの推測に、エミリアの目が鋭く光った。逃走経路としても、侵入経路としても申し分ない。


 やがて、通路の突き当たりに差しかかったその時──


「あっ……!」


 誰からともなく息を呑む音が漏れた。

 光の届く先に、小さな影がうずくまっていたのだ。


 大きさは猫ほどだろうか。六本の細い脚を持ち、前脚で何かを大切そうに抱え込んだまま、壁際で彫像のように静止している。


「ひっ……これが……精霊の正体?」


 マチルダが震える声を漏らした。だが、その蜘蛛が抱え込んでいるものの輝きに気づき、弾かれたように声をあげる。


「あっ! これです!」


 彼女の指差す先──前脚の間で守られていたのは、紛れもなく『星詠みの懐中時計』だった。


 エミリアが耳を澄ますと、蜘蛛から微かに「ピッ、ピッ」という規則正しい音が聞こえる。まるで時を刻むように一定の間隔で響いていた。


「これは……ゴーレムなのか?」


 ラウルが慎重に蝋燭を近づけ、その姿をあらわにした。蜘蛛のような物体の表面は、金属の冷たさと陶器の艶やかさを併せ持った未知の材質に見えた。


 ラウルが恐る恐る、手を蜘蛛の表面に近づける。


「でも魔法の反応はない。普通の魔法生物じゃないな」


 観察を続けるエミリアの視界に、突き当たりの脇に開いた小さな穴が入った。


「たぶん、ここから入り込んだのね。この穴から地下水路に繋がっているのかしら」


 エミリアは再び視線をゴーレムに戻す。


「これが泣き声の正体なのかな? この『ピッピッ』という音が、壁や天井に反響して泣き声に聞こえたのか、それとも本当に〝泣いていた〟のかも」


「それで、以前から時々『コトッ』という音がしていたのでしょう? きっと様子を見に来ていたのよ。そして『星詠みの懐中時計』を見つけて回収した後、ここで力尽きてしまった……」


 ラウルが感心したような表情を浮かべた。


「なるほど、それなら辻褄が合う。でも一体何のために?」

「分からないけれど……」


 エミリアも恐る恐る、ゴーレムの甲羅のような背中に手を伸ばした。指先に触れた感触は、研究所で見た鉄巨人とまったく同じだった。金属のようでもあり、陶器のようでもある、不思議な温かみのある材質だ。


 その瞬間だった。エミリアの脳内に、あの鮮明な声が響いた。


《補助ユニット……回収完了……》

《警告……動作エラー発生……》

《予備ユニット……起動…処……理…………確》


(補助ユニット? 回収? 何を? 予備ユニットって何のこと? 起動?)


 声はそこでぷつりと途切れた。同時に、「ピッ、ピッ」という音も完全に止まってしまった。

 糸が切れたような虚脱感に襲われ、エミリアは軽いめまいを覚えてよろめいた。


「エミリア! 大丈夫か?」


 とっさにラウルが身体を支える。マチルダも不安げに駆け寄った。


「この子が……最後のメッセージを送ったのよ」


 エミリアのつぶやきは、自分でも驚くほど震えていた。


「メッセージ?」


 ラウルとマチルダは怪訝そうに顔を見合わせる。あの声はエミリアにしか届いていないのだ。


 エミリアは動かなくなったゴーレムの前脚から、そっと『星詠みの懐中時計』を抜き取った。抵抗はなく、すんなりとその脚から離れた。


「でも、見つかって良かったわ」


 手の中に戻った時計を、エミリアはまじまじと見つめた。

 

「こうして見ると本当に、時計のようで時計ではないのね。まるで、古い魔導書に描かれている『力の宝珠』をそのまま機械仕掛けにしたみたい……」


 マチルダが言っていたとおり、文字盤にあたる部分には夜空の星座のような光の粒子が輝いている。それはまるで広大な星空の地図のようだった。


 ラウルもエミリアの手元を覗き込む。


「ああ。普通の魔導具のように魔力の流れを感じないな。だが、微弱なエネルギーが内部で循環しているのはたしかだ。これ自体が、一つの完結したものになっているのかな……」


 時計を受け取ったマチルダが、愛おしそうにそれを撫でた。


「そうなんです。これは、何に使うか分からないものなのです。きっと、時計に似ているから、いつからかそう呼ばれるようになったのでしょうね」


 安堵する三人とは裏腹に、エミリアの胸中には新たな、そしてより深い疑問が湧き上がっていた。


(真の名も、真の用途も忘れられた古代の遺物……鉄巨人のことといい、聖石のことといい、私の周りで起きている、古代の遺物の不思議な現象……偶然にしては出来過ぎているわ……)


「この小さなゴーレムも、王立研究所で調べてもらった方がよろしいのでは?」


 エミリアは子爵に向き直った。古代遺物の研究や調査は王立研究所の管轄、やはり専門家に調べてもらうのが確実だ。


「そうですね。このような古代の遺物、専門家に見てもらうのが一番でしょう」


 子爵も深く同意し、翌日研究所に連絡することが決まった。


 四人は動かなくなったゴーレムを慎重に抱え上げて地上へ戻り、書斎へと運んだ。子爵は念のため部屋に鍵をかけ、その夜、一同はその日の衝撃と疲労に泥のように深い眠りについた。




 翌朝、エミリアはマチルダの慌てた声で叩き起こされた。


「エミリア様! ゴーレムが……いなくなってます!」


 眠気も吹き飛び、エミリアとラウルが書斎へ駆けつけると、机の上に置いたはずのゴーレムは忽然と姿を消していた。


 子爵が困惑した表情で首をかしげる。


「朝、私がここへ来ると、扉が開いていたのです。鍵はこのとおり、私がずっと持ってました。……たしかに鍵をかけて、この部屋に置いたのに」

 

 エミリアが扉を詳しく調べると、鍵穴の周りに微細だが鋭い傷跡が無数についているのを見つけた。


「この傷……まるで何かで引っ掻いたような感じよ」


 ラウルも鍵穴を覗き込み、眉をひそめる。


「たしかに細かい傷がある……でも、一体どうやって?」


「鍵を壊して開けたわけでもないし……」


 マチルダも困惑を隠せない。密室から、鍵を開けて出ていったというのか。


 その時、エミリアの脳裏に、あのゴーレムの不思議な感触が蘇った。硬質でありながら、どこか流動的なあの材質。


「もしかして……あの子の脚が、鍵の形に……?」


 エミリアの推測に、ラウルが目を見開く。


「まさか、そんなことが可能なのか?」

「……そうよね」


(でも、他に説明がつかない……あの不思議な材質なら、もしかして形を変えることができるかも? でも、そんなことってある?)


「まるで、誰かが迎えに来たみたいですね」


 マチルダが不安そうに窓の外へ目を向けた。


「いえ……きっと、自分で帰って行ったのよ。〝家〟に……」


 エミリアもまた、窓の外に広がる空を見つめた。


 結局、ゴーレムがどこへ消えたのか、その行方は謎のままとなった。



   ◇ ◇ ◇



 数日後、マチルダから手紙が届いた。


 あれ以来、夜な夜な響いていた奇妙な音はぴたりと止み、屋敷には平穏が戻ったという。

 子爵はさすがに、また家宝を盗られるわけにはいかないと、宝物庫の壁を漆喰で厳重に塗り固めたらしい。だが、手紙にはこうも記されていた。


『あのゴーレムが精霊だったのかは分かりませんが、父は「血脈の弱い我が子爵家が、没落もせずに長く家門を保てたのは、やはり精霊のおかげだ。またいつか来てくれるかもしれない」と言って、隠し通路にあった小さな穴だけは、そのままにしておくそうです』


 子爵らしい粋な心意気に、読み終えたエミリアの口元に思わず笑みがこぼれる。

 しかし、手紙を畳む彼女の瞳には、消えない疑問の色が宿っていた。


 ──やっぱり、ただの偶然とは考えにくいわ。古代の遺物って、見えない何かで通じ合っているのかしら? でも、それが何なのか分からない……


 一つの事件は解決したが、謎は深まるばかりだった。

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