第14話 秘密の通路
日も暮れた頃、ラウルが子爵邸にやってきた。ラウルは使用人に案内されて応接室に入ってくるなり、こちらを見て眉を寄せる。
「急な呼び出しで驚いたよ。……何かあったのか?」
昼間のことをかいつまんで話した。夜中に響く泣き声、密室から消えた家宝、そして宝物庫の隅に見つけた小さな穴。
だが、ラウルは訝しげな表情を見せた。
「壁の隅に穴? でもそれ、人が通れる大きさじゃないんだろ?」
「まあ、そうなんだけど。でも、家宝はそこから消えたとしか思えないのよ」
「なるほどねぇ」
光る線のことは言わないことにした。言ったところで面倒なことになりそうだったのだ。どうせラウルのことだ、その力についても考え出すに違いない。今は消えた時計の行方を追う方が先だ。
「ま、エミリアが興味を持つってことは、きっと何か理由があるんだろうな」
よく分からない理屈だが、ラウルはひとまず納得したようだ。
横でマチルダが恐縮しながら頭を下げる。
「急にお呼び立てしてしまい、本当に申し訳ありません」
「いえいえ、面白そうじゃないですか。もしかすると魔法の痕跡が残っているかもしれません。それなら俺の出番です」
そもそも、ラウルもこの手の話は大好きだ。嫌がるはずがない。ラウルが軽く笑ってみせると、マチルダのこわばった肩がわずかにほどけた。
二人のやり取りにうなずきながら、さて、と時計を確認する。
「午前二時頃に音が聞こえるそうよ。今夜こそ正体を突き止めましょう」
交代で仮眠を取りながら待つことにした。
◇ ◇ ◇
深夜、応接室で時を待った。
子爵は「何かあれば呼んでほしい」と言い残して下がった。娘の手前、気丈に振る舞ってはいるが、あの家宝を失って以来まともに眠れていないのだろう。
やがて、遠くで鐘が鳴った。午前二時だ。
その音が消えると同時だった。
──ガサガサ……ガサ……
(これね……)
「ラウル、起きて」
仮眠しているラウルの耳元に口を寄せると、彼はサッと跳ね起きた。
「ラウル、分かる?」
「ああ」
マチルダは、床に敷いたブランケットの上でスヤスヤと眠っていた。やっと緊張の糸が緩んだのか。だが、彼女も異変に気づいたのかむくりと起きた。
「エミリア様、この音です」
彼女は音を聞くなり、声を殺して答えた。
マチルダが言っていたとおり、泣き声ではなくガサガサという音だ。その音は屋敷のあちこちから聞こえるようでもあり、そうでない気もする。
さらに耳を澄ましてみる。
「これが、泣き声から変わった音なのね。金属のようなものが擦れている音? 何かが動き回ってるのかしら」
ラウルが短く詠唱した。魔法の痕跡を探る術だ。だが、すぐに首を振る。
「魔力の反応はない。……なのに、何かが動いてる。妙だ。まるで、からくり仕掛けみたいな音だ」
燭台を手に、音を追って廊下へ出た。
だが、音は捉えどころがない。廊下を進めば背後から聞こえ、振り返れば足元から響く。壁に耳を寄せても床に膝をついても音源はつかめない。
(壁の中……いえ、もっと下……?)
しゃがんで、床に手をついた。その瞬間、目の奥がちりっとした。
タイルの継ぎ目に沿って、あの淡い光が走っている。宝物庫で見たものと同じ線だ。それが廊下を横切り、奥へ──書斎の方へと伸びていた。
「エミリア? どうした」
「……こっちよ」
立ち上がり、光を辿った。ラウルとマチルダが怪訝な顔で後を追ってくる。二人には、ただの暗い廊下にしか見えていない。
線は書斎の扉の下へ吸い込まれていた。
書斎は、古い紙と埃の匂いに満ちていた。壁一面の本棚、重い樫の机。その奥に、厳めしい顔の老人を描いた肖像画が掛かっている。
光の線は床を這って本棚の足元まで続き、そこで消えていた。
「この本棚……」
かなり古いもののようだ。屋敷の創建当時からあったものだろうか。近づいて、端に手をかけた。押しても引いてもびくともしない。造り付けられている。
視線を上げ、肖像画を見る。触れてみるとそれは壁に固定されており、動く気配はない。だが、線が指し示すのはこのあたりだ。
「マチルダ、この肖像画は?」
「初代当主です。この屋敷を建てた、ご先祖様の……」
初代──創建者。そしてその当初からある本棚。
もう一度肖像画の額縁に手を伸ばし、縁を指でなぞった。下辺の裏側、指先が何かに触れる。窪みだ。奥に、冷たい金属の感触がある。
押し込んだ。
カチリ、と乾いた音がした。
「今の音……」
ラウルが身構える。だが、部屋は静まったままだ。何も起きない。
「……いえ、これからよ」
もう一度、本棚に向き直る。両手をかけ体重を預けて押してみた。
石が擦れる重い音とともに、本棚がゆっくりと回り始めた。背後の壁ごと回転し、その奥に下へと続く石段が闇を湛えて口を開けた。
「そんな……こんなところに」
マチルダが後ずさる。ラウルは階段と、こちらの顔を交互に見ていた。
「エミリア。……なんで、分かったんだ?」
いつものあの目だ。研究所で鉄巨人が光ったときと同じ。理由を問うているのではない。何かを探る目だ。
「……勘よ。勘」
イチから話すと面倒だ。この場はそう答えるしかない。ラウルは訝しむような視線を向け、何かを言いかけたが結局口を閉じた。
階段の底から冷たい空気が這い上がってくる。その奥から、あのガサガサという音が反響音を伴いながら微かに響いてくる。
「行きましょう。この下に答えがあるはずよ」
燭台をかざし、最初の一段に足を下ろした。




