第14話 秘密の通路
日も暮れた頃、マチルダの屋敷にラウルがやってきた。使用人に案内されマチルダの私室に通されると、エミリアが振り返って安堵の表情を見せた。
「ラウル、来てくれてありがとう」
「どうしたんだ? 急な呼び出しで驚いたよ」
エミリアは、これまでの経緯を手短に説明した。夜中に響く泣き声、消えた懐中時計、完全な密室からの盗難──ラウルは眉をひそめながら聞いていた。
「精霊が物を盗むなんて不思議だな。でも、エミリアが興味を持つってことは、きっと何か理由があるんだろうな」
マチルダが恐縮して頭を下げた。
「急にお呼び立てしてしまい、本当に申し訳ありません」
「いえいえ、面白そうじゃないですか。俺も不思議な現象には興味がありますから」
ラウルは微笑んで手を振った。
エミリアがちらりと時計を確認する。
「午前二時頃に音が聞こえるそうよ。今夜こそ正体を突き止めましょう」
三人は交代で仮眠を取りながら、その時を待った。
午前二時──時刻通りに、どこからともなく音が響き始めた。
「ガサガサ……ガサ……」
三人は素早く起き上がった。たしかに聞こえる。マチルダが言っていたとおり、泣き声ではなく、ガサガサという音だった。その音は、屋敷のあちこちから聞こえるようでもあり、そうでない気もする。
エミリアが耳を澄ます。
「これが、泣き声から変わった音なのね。金属のようなものが擦れている音? 何かが動き回ってるのかしら」
ラウルは探知魔法を詠唱した。魔法の痕跡を調べる術だ。だが、それも感じられない。
「魔法の反応はない。でも確実に何かが動いてる。生き物か何かなのか? だが、この音の感じ……まるで機械的な何かが動いてるみたいだ」
ラウルは首をひねる。
三人は蝋燭を手に屋敷内を歩き回った。廊下、階段、応接室──しかし音の発生源は特定できない。どこにいても同じように聞こえてくるのだ。
エミリアが壁に耳を当てた。
「おかしいわね。まるで壁の中を何かが動き回ってるみたい。……もしかして、地下から伝わってきてるのかな?」
一時間ほど続いた後、音は徐々に小さくなって消えた。三人はこの不思議な音に、顔を見合わせた。
「マチルダの話では、最初は泣き声だったのよね?」
「はい、でも時計が消えた日から、この音に変わったんです」
「泣き声が何かを探していたのだとしたら、今は、どこかへ行こうとしてる……のか?」
エミリアの表情が鋭くなった。
「この音の正体、明日必ず突き止めましょう」
翌日、子爵の案内で地下の宝物庫を訪れた。重厚な扉を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でる。
「こちらが宝物庫です。見てのとおり、侵入は不可能な構造になっております」
子爵は誇らしげに説明した。
たしかに、厚い石壁と頑丈な鉄扉──どこから見ても完璧な密室だった。宝石や金貨、高価そうな骨董品や古い武器が整然と並ぶ中、中央の台座だけがぽっかりと空いている。
ラウルは部屋の中を見回した。
「他の宝物には一切手を付けられていませんね。なぜ、その時計だけ盗られたんだろう?」
エミリアは床に目を凝らした。何か手がかりはないだろうか。もし古代に関係があるなら、私には何か見えるはず──
その時だった。床に微細な傷が、淡く光って見えた。その光は台座から続いていた。
「あっ! ……この床、よく見て。何か擦れたような跡があるわ」
エミリアが指差すと、二人は首をかしげた。
「傷? どこに?」
「ここから……むこうの、壁の隅に向かって続いてるの」
ラウルとマチルダは目を凝らすが何も見えない。二人は顔を見合わせた。
エミリアには、まるで何かが引きずられたような痕跡が光る線として見えていた。その痕跡を辿って奥の壁に近づく。
「この石、ほんの少し引っ込んでるわ」
エミリアが壁の石に手を当てて押してみた。すると、石がわずかに動いた。
「動くわ! ラウル、手伝って」
二人で力を込めて押し込むと、石一つ分の小さな穴が開いた。覗き込むと、穴の向こうに空間があるのが分かる。しかし中は暗く、状況は分からなかった。
子爵が驚愕の声を上げた。
「まさか……こんなところに空間が? ……でも、石ひとつの大きさでは、人は通れませんよね」
エミリアは腰に手を当て、考え込んだ。
「まさか、この小さな穴から時計を? でも、どうやって……?」
子爵が思い出したように口を開いた。
「そういえば、先代から聞いた話があります。この屋敷は、王都創建以前からあった遺跡の上に建てられているそうです」
「遺跡?」
「ええ。もしかすると、その遺跡に続く通路なのかもしれません」
エミリアの瞳の色が深くなる。
「もう一度、屋敷全体を調べさせていただけませんか? きっと他にも手がかりがあるはずです」
四人は屋敷中をくまなく調べてみた。応接室や食堂、寝室、果ては使用人の部屋まで。しかし、それらしきものは見つからない。
「ここが最後ね……」
書斎に入ると、エミリアは再び集中して周囲を見回した。また古代に関係があるなら、きっと私には見えるはず──すると、部屋の隅の本棚と、その横の肖像画が淡く光って見えた。
(──!? これって……)
「あの本棚と肖像画……何か特別なものなんですか?」
エミリアが尋ねると、子爵は少し驚いた表情を見せた。
「よくお気づきになりましたね。肖像画は初代当主、この屋敷を建てた祖先です。本棚は屋敷が建設された当初からある、屋敷で最も古いものですね」
エミリアは肖像画を見た。厳格な顔つきの老人が、まるで何かを見守るように描かれている。肖像画は壁に打ち付けられており、触っても動かない。
「肖像画を外してもよろしいですか?」
「え? まあ、構いませんが……なぜ?」
子爵は困惑しつつも使用人を呼び、慎重に取り外した。すると、壁が窪んでおり、その奥に古めかしいレバーがあった。
「これは……」
マチルダが息を呑む。
エミリアは恐る恐るレバーを下げた。「カチッ」という小さな音が響いたが、何も起きない。
「何も起きないな……」
ラウルがつぶやいた時、エミリアは不敵な笑みを浮かべた。
「いえ、これからよ」
エミリアは本棚に向かい、力を込めて押した。すると本棚がゆっくりと回転し始め、その奥に地下へとつながる石造りの階段が現れた。
「まさか……こんなところに階段が!?」
子爵が驚愕の声を上げた。
「エミリア、なんで分かったんだ!?」
ラウルが驚きの表情でエミリアを見る。
「……勘よ、勘」
(説明したら、余計ややこしくなりそう。後でいいか)
階段の奥からは、ひんやりとした空気が立ち上ってくる。暗闇の向こうに何があるのか、まったく見えない。
「古代の遺跡に続いてるのかな……」
エミリアの声が震えていた。興奮と緊張が入り混じっている。
「でも一体、この奥に何がいるというの?」
マチルダは不安そうにつぶやいた。
エミリアは階段を見下ろした。
「じゃあ、この奥を調べましょう。きっと全ての答えがそこにあるはずよ!」
古い石段が闇の奥へと続いている。そこに、『星詠みの懐中時計』を求めて去った何者かが潜んでいるのだろうか。
エミリアたちは慎重に階段を降りていった。




