第87話 妹姫と不良メイド
怒鳴り声を上げた衛兵──ジャファルは硬い足取りでジルベルトと女たちの間に割って入った。
「こちらのお方は王族であられる。お前たちが気安く触れてよいお方ではない」
ジャファルは王族という言葉に顔を引きつらせる女たちを一瞥すると、ジルベルトの方を向き膝をついた。
「殿下、申し訳ございません。何ぶん辺境の民のすること、お赦しいただきたい」
ジャファルが振り返り女たちを睨むと、彼女たちも慌てて膝をついた。
「知らぬこととはいえ、申し訳ございません」
「……いえ、大丈夫です。お顔を上げてください」
ジルベルトは一瞬口元を歪ませ、ため息をついた。
広場に走る緊張にエミリアは息を呑んだ。まさかあの衛兵がここまで融通がきかない人物だったとは。だが、このままでは作戦が台無しだ。
(これはマズイわね……よし!)
エミリアは軽やかな足取りで歩み寄った。
「お兄様、どうなさいました?」
エミリアの、場の空気を読まない明るい口調にジルベルトは目を丸くした。しかも、お兄様などという呼びかけ──末っ子のジルベルトには思いもよらない言葉だった。
エミリアはジルベルトにウインクした。
ジルベルトはそれを見ると、ほんのわずかにうなずき、エミリアに応えた。
「あ、あぁ……エミリア。大丈夫だよ」
「どうなさったの? みなさん膝をつかれて。お召し物が汚れちゃうわよ。さ、お立ちになって」
エミリアは一人の女の腕をとった。エミリアに促され女がおずおずと立ち上がると、他の女たちも後に続いた。
「ジャファル、ダメでしょ。そんなに難しい顔をして。さあ、あなたは向こうへお行きなさい」
「エ、エミリア様!?」
「いいから」
そう言って困惑するジャファルを立たせ、背中を押した。何か言いたそうな素振りを見せるジャファルをそのまま押し出す。
「お兄様、また女の人をからかったんでしょう〜。悪い癖ね」
エミリアは固まるジルベルトへ笑顔を向けると、女たちへも笑顔を向けた。
「あなたたち、ごめんなさいね。ほら、この人、顔はイイから」
エミリアの言葉に顔を見合わせる女たち。
「大変失礼しました……」
やがて一人の女が消え入りそうな声で頭を下げた。
「どうなさいました?」
広場の向こうから壮年の男が声をかけてきた。顎髭を蓄えた、落ち着いた雰囲気をまとうその男はジルベルトとエミリアを見ると眉を寄せた。
「……あなた方は?」
男は騒ぎがよく分かってないようだった。女たちが慌ててその男へ声をかける。
「村長! 王族の方ですって」
「なんと!?」
村長と呼ばれたその男は怪訝な表情を見せたが、女に袖を引かれ、少し離れた所にいるジャファルを見た。村長は状況を理解したのかたちまち平伏した。
村長の変わり身に、エミリアもチラリとジャファルの方を見た。すると彼は憮然とした表情で腰の剣に手を回している。何かあったらすぐにでも飛びかかりそうな様子だ。
それどころか、先ほどのジャファルの怒声が届いたのか、いつの間にか残りの衛兵たちも村の入口まで来ているのが視界の端に入った。
(……んもぅ〜)
エミリアは内心のため息を抑え、村長へ明るく声をかけた。
「そんな大したものではありませんことよ。私たち兄妹は東の小国の者。大陸の珍しいものを見聞して回っているのです」
ジルベルトも続いた。
「そうなんです! 気楽な旅なんです」
村長はわずかに顔を上げると、畏まった様子でジルベルトへ応えた。
「恐れながら、このような山奥、お見せできるものなど何もございません。それに、ごらんのとおりの鄙びた村。歡迎できるほどの用意もできず……」
「いえいえ、奥地へ向かう途中で通りかかっただけです。……つきましては、村の外れで夜を越させていただきたい」
ジルベルトの申し出に村長は大きく首を振った。
「そんな……! やんごとなき方に野宿のような真似など」
「いえ、本当に大丈夫です。このとおり気楽な諸国漫遊、野営には慣れています」
「いえ、それでしたらせめて我が家の一室で」
「いやいや、お構いなく」
「いえ、そういうわけには」
ジルベルトがやんわりと遠慮するも、村長も譲らない。
エミリアはジルベルトと村長のやり取りを脇で見ていた。
これでは埒が明かない──どの道、当初の目論見は外れてしまった。ここはいったん引いたほうが良さそうだ。
自分とジルベルトが村長の家に泊まらせてもらうにしても、この微妙な嘘をつきながらの情報収集は難しそうだ。次の集落で話を聞こう──
エミリアはジルベルトの袖を引っ張った。
「お兄様、行きましょ。ほら、みんな待ってるわ」
「ああ、そうだね。それでは村長さん、失礼しますよ」
引き留めようとする村長を尻目に、二人は足早に広場を後にした。
◇ ◇ ◇
一行は村の外れまで下がった。
「殿下、妹だなんて……大変失礼しました」
エミリアがジルベルトへ頭を下げると、彼は笑顔で手を振った。
「いえ、本当に助かりました。それに、兄だなんて……なかなか新鮮な気分でしたよ」
「殿下……」
「でも、妹ですか……。ほら、顔がイイというのであれば、できれば〝婚約者〟の方が、より違和感がなかったのでは?」
「こ、婚約者!?」
あいかわらず本気と冗談ともつかないジルベルトの態度に、冬の山奥だというのに思わず頬が熱を持つ。顔はきっと真っ赤になっているに違いない。
エミリアは誤魔化すように一つ咳払いすると、ジャファルの方を向いた。
「もう、ジャファルさん! 身分を隠そうって言ったじゃないですか!」
「……面目ありません」
エミリアが口を尖らせると、ジャファルは恐縮し、視線を落とした。その様子にジルベルトは軽く息を吐いた。
「まあ、済んだことは仕方ありません。とりあえず、野営の準備をしましょう」
幕が張られ、焚き火が用意された。食事の準備ができた頃には日も傾きだしていた。やはり山間は日が落ちるのが早い。
衛兵たちは交代で見張りをし、エミリアたちは焚き火を囲んだ。
「それにしても困りましたね」
ジルベルトがカップを手にポツリと呟いた。
「そうですね……次の集落を探しましょうか?」
「とはいえ、ここからどちらへ進めばよいか見当もつきません」
「たしかに。見当違いの方向へ向かったりしたら無駄足ですものね」
「エミリアさん。明日、村長へ改めて聞いてみましょうか?」
「では殿下、今度は二人だけで向かいましょう」
そこへ突然、後に控えていたアンナが手を挙げて割り込んできた。
「お嬢様! 私、今から不良メイドになってまいります」
「不良メイド!? アンナ、何それ?」
アンナはそばにいたイルスレイドの若い衛兵の腕をとると、ニヤリと口元を上げた。
「まあ、お任せください。さ、行くわよ、レオンさん」
アンナに突然腕をとられたレオンという衛兵は困惑の表情を浮かべ、彼女に引きずられるようにしてついて行った。
二人は村の方へ歩いていった。
(アンナ、何する気なの?)
その様子を、エミリアとジルベルトは顔を見合わせながら眺めていた。




