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【第4部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
竜の谷編

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第88話 くだ巻く女

 アンナに引きずられていた若い衛兵、レオンが怪訝な顔で彼女へ尋ねた。


「アンナさん、いったい何やるんですか?」

「酒場よ。広場の横にあったの。昼間見たのよ」

「お、お酒?」

「そうよ。好きでしょ、お酒」

「いや、まあそうなんですけど」


 レオンは今ひとつ理解していないようだった。


「いい、レオンさん。今から私たちは不良メイドと不良衛兵。お姫様たちの気まぐれ旅に付き合わされて辟易してるの。分かった?」

「はぁ」

「……まあいいわ。話、合わせてね」


 広場の横にある、丸太組みの粗末な酒場。アンナはためらいもなくその重い木の扉を蹴破るような勢いで開けた。


「あーもう、やってられないわ! 親父さん、エール二つ! なんなら樽ごとでもいいわよ!」


 先ほどまでの楚々とした侍女の面影は完全に消え去っていた。髪を少し乱し、あえて乱暴な足取りでカウンターに歩み寄るアンナの変貌ぶりに、背後のレオンは目を丸くして固まっている。


「お、おい姉ちゃん、えらい剣幕だな。あんた、昼前のお偉いさんの連れだろ?」


 赤ら顔の村の男たちが、面白半分に声をかけてきた。


「聞いてよ、おじさんたち! うちのワガママ姫様ときたら、急に『珍しいものが見たい』なんて言い出してさ、こんな辺境まで来るのよ!? 殿下も妹には甘いから二つ返事で付き合うし! おかげで私たちはこんな冷える夜に野宿よ!」


 ドンッ、と木のジョッキをテーブルに叩きつけ、アンナは一気にエールを煽った。

 プハ〜ッと息を吐く豪快な飲みっぷりに、周りの男たちはすっかり警戒を解いた様子で同情するような笑い声を上げた。


「あっはっは! そりゃあ災難だな。お偉いさんの気まぐれに付き合わされる下働きはどこも大変だ」

「でしょ!? ほら、アンタもなんか言いなさいよ!」


 ドスッ、とアンナがレオンの肩を叩くと、彼は顔を引きつらせながらエールを口にする。


「えっ!? あ、あぁ……まったくだ。俺たち衛兵の身にもなってほしいぜ……ハハ」

「兄ちゃんも大変だな!」


 狭い酒場に笑い声が広がった。


「ところでさ」


 早くも二杯目のジョッキを傾けながら、アンナは声のトーンをわずかに落とし、さりげなく切り出した。


「野宿はもう限界なのよ。あの広場にあった古い教会、あそこって空き家? 泊まれないかしら?」

「あー、教会か。そりゃ無理かもな」


 男の一人が手を振った。


「最近まで空き家だったんだが、近ごろ北の方から新しい神官様がやってきてな。うちの連中も手伝って修繕を始めたところさ。夜遅くまで何かやってるよ」


(……北、ね)


 北の方といえばガルナック帝国、つまり帝国正教会か──アンナの目がほんのわずかに鋭くなった。


「へえ〜。それって帝国の神官様?」

「さあ、分かんねぇ。でも、準備が忙しいらしくてな、あんまり出入りして欲しくなさそうなんだよ。手伝ってやったってのに、恩知らずな神官様だよ」

「そりゃ腹立つわね」


 そう言うとアンナは二杯目を飲み干し、わざとらしいため息をついた。


「……はぁ、本当に帰りたい。姫様ったら、竜を見たい、この山に棲んでるって聞いた、なんて言うのよ。おとぎ話じゃあるまいし、そんな所あるわけないのに」


 その時、男たちの顔からスッと笑いが消えた。


「……おい、姉ちゃん、お姫様にしっかり言っとけ。奥地には絶対に近づくな、ってな」


 年配の男が、声を潜めて忠告してきた。


「ここだけの話、〝竜が棲む山〟は本当にある。だがな、あそこは俺たち山の人間でも近づかねぇ。人も住んでるって聞くが、もう誰も見たことがねえ」


 別の男が「俺の爺様が昔あそこの住人を見たことがあるって言ってたな」と口を挟んだ。


 隅のテーブルでエールをチビチビと飲んでいた老人が、ジョッキを片手にアンナへ歩み寄ってきた。


「お嬢ちゃん。まず、崖沿いの道がずっと続くんだ。馬も通れん道さ。それにな、みんな崖から落ちたり落石に巻き込まれたりしてな。昔はそんなに危険な道じゃなかったはずなんじゃが……そういえば、ここ十数年のことかの。で、結局、誰も行き来せんようになったわい」

「へー、そうなのね。それってここから遠いんだ?」

「まあの。ここから西の方だ。ここいらの人間は『竜の谷』と呼んどる」


 先ほど忠告してきた男が再び口を開いた。


「最近じゃガルナック帝国の軍人どもがウロついてるって噂もある。何をしてるのか分からねぇが、命が惜しけりゃ引き返すことだな」

「……そう。ありがとう、おじさんたち。姫様を説得するいい口実ができたわ」


 アンナはニッコリと微笑むと、少し多めの銅貨をテーブルに置いた。


「ほら、行くわよレオン。いつまで飲んでるの」

「えっ、あ、はい!」

「じゃ、みんなおやすみ〜」


 すっかり酒が回りかけていたレオンの首根っこを掴み、アンナは男たちへ手を振りながら酒場を後にした。


 二人が暗闇の中、松明を片手に村外れへの細道を歩いていると、赤ら顔になったレオンがぼそりとつぶやいた。


「アンナさん……」

「どうしました?」

「あんた、スゲーな」

「うふふ。お嬢様には内緒よ」


 レオンへ微笑むアンナの顔はいつもとまったく変わらず、足取りも軽やかだった。

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