05 仕掛けられた戦場
「惜しい男を失ってしまったぜ」
光の英雄は、闇の少年が戦死したと思ったのだろう。
白濁した粉塵が漂う通路の真ん中、仰々しく肩をすくめてみせる。
その声音には微塵の悲壮感もなく、むしろ自らのドラマ性を引き立てる脇役が退場したと言わばかりの余裕が響いていた。
「闇の少年の仇は、俺様がとってやるぜ」
大見得を切った英雄が、重量のある大剣を引き抜いて肩に担ぐ。
その背後。戦乙女は崩落の床に足場を落ち着かせながら、わずかに睫毛を伏せた。召喚者である彼女には、あの闇の中で少年の命が消えていないことが分かっていた。
だが、彼女はそれを口にしない。
前方を見据える烈樺の横顔にちらりと視線を送る。
少女は無言のまま、ただ冷徹に前を向いていた。
英雄に生存を知らせれば、無駄な芝居や混乱を招く――その判断が、言葉を交わすまでもなく二人の間で一致していた。
2人は少年の生存を伏せたまま、何食わぬ顔をしている。
その切っ先が指し示す前方。
――50mくらいか。
闇の回廊に、不穏な人影が浮かび上がっていた。
覆面で顔を隠した3つの影。
先ほど転移魔法陣を起動し、崩落の罠を仕掛けた者たちだった。
こちらの様子を鋭く窺いながら、一定の距離を保ったまま動かない。
その視線だけが、こちらの出方を探るように静かに揺れている。
英雄は舌なめずりを一つ挟み、さらに傲慢な笑みを深めた。
「おいおいおい。弱い者にとことん強い俺様から、逃げ切れるつもりでいるのかよ」
戦闘の気配を察知した男が足を踏み出し…
前のめりに突撃しようとしたその瞬間だった。
大剣を構える英雄の背後で、少女の冷ややかな声が静かに落ちる。
「勝ったつもりでいるのですか」
振り返った英雄は、不愉快そうに眉間へ皺を寄せ、鼻を鳴らす。
「なにを言うか、チびっ子」
恐ろしいほどのドヤ顔だ。
「俺様はこの世界を救う使命をもった、召喚された超A級の英雄だぜ。勝利が約束された男なんだよ」
「あの3人が、あなたより格下とは限らないのでは?」
淡々と告げられた疑問符に、英雄の顔が歪む。
「俺様が格下だと? 冗談じゃねえ、俺様の圧倒的な――」
「実際にあなたが繰り出したヘナチョコ斬撃が、簡単に防がれたではありませんか」
「英雄ストラッシュだ!」
「光のストラッシュと言っていましたよ」
「めんどくせー女だな。粘着質かよ……っ!」
英雄は口元を引きつらせ、握った大剣の柄をぎりりと軋ませた。
「アドバイスして差し上げますが……」
「アドバイスか。聞いてやろう」
「これ以上前に出ない方がいいですよ」
「どういうことだ、急に怖気づいたのか?」
大剣を背負った男の眉が、わずかに動いた。
「私たちの進行ルートを知って待ち伏せされていた」
「待ち伏せだと?」
「奴等の後退は、こちらを威嚇しているのではなく、特定の地点へ誘い出している可能性があります」
英雄は前方の3人へ視線を戻した。相手は依然として距離を保ち、こちらの出方を窺っている。
「どういうことだ、わかりやすく説明しろ!」
烈樺は前方の覆面たちへ視線を向けた。
3人はそれ以上踏み込まない。
一定の距離を保ったまま、こちらの動きを窺っている。
そのうち二人の視線が烈樺と戦乙女の間を行き来する一方、残る一人は光の英雄から目を離さなかった。
烈樺は、わずかに目を細めた。
「あなたが動くたび、あの3人の視線が追っています」
「それがどうした?」
「少なくとも、あなたの動きを警戒しているようですね。迂闊に前へ出ないことです」
その言葉を聞いた瞬間、英雄の足がぴたりと止まった。
ドヤ顔が消えていき…
こめかみを、一筋の冷や汗が伝う。
「……なるほどな」
英雄は大剣の柄を握り直した。
「奴等は、世界を救うこの俺様を徹底的に排除しようとしているのか」
「しかも、魔物ではない人間が」
英雄の表情が歪み、恐怖と怒りが入り交じった醜悪な形相へと変わっていく。
「腹黒王子か……。この世界に、イケメンは2人もいらないと考えているのか……っ!」
烈樺は、無言で英雄を見た。
(……イケメンは関係ないだろ。やはり、スクラップの思考回路は、どこまでいってもスクラップですか)
心底どうでもいいといった様子で視線を外す。
その先で、覆面を被った3つの影が、同時に動いた。
1人が前へ出る。
残る2人は、その左右へ静かに散った。
互いに声を交わすこともない。
ただ一度、視線だけを交わす。
そして3人の目が、烈樺と戦乙女――その奥にいる光の英雄へと向けられた。
少女の瞳が、わずかに細くなる。
(……個人の判断ではありませんね)
3人はそれ以上踏み込まない。
英雄の逃げ道と、こちらの進路を測るように、一定の距離を保ったまま静かに構えている。
烈樺が足を止めた瞬間、3人の視線が同時に動く。
(……私たちの動きを特定の座標で止める気ですか)
烈樺は足元の岩肌と3人の立つ位置を測る。彼らが守っているのは空間ではなく、あらかじめ地面に刻まれた『結節点』の距離感だ。私たちが踏み込むべき場所へ誘導しているのは明白だった。




