04 勅命はゴスロリメイド服
スタンピードの根源を探るため、一行は迷宮へ入っていた。
地下1階層。
足元に広がるのは、冷え切った岩地帯だ。
奥へ進むほど空気の密度が変わり、不穏な気配が微かに揺らいでいる。
戦乙女が足を止め、すぐ傍らに立つ少女へ視線を向けた。
「烈樺様。隊列はどうしましょう」
少女――烈樺は、あらかじめ計算されていたかのように即答した。
「先頭は闇の少年。二列目に戦乙女。最後尾は私がしましょう」
その指示が落ちた瞬間、前方にいたはずの光の英雄が、そそくさと戦乙女の背後へ回り込んだ。
まるで烈樺から少しでも距離を取りたいかのように、腰は引け、上体だけを黄金の女の肩越しから覗かせている。
「おい。チビッ子。その隊列に俺様が入ってないじゃないか!」
少女は、目の前で騒ぐ男を流すように一瞥する。
そこにあるのは呆れを通り越した、哀れな生き物を見るような冷徹な視線だった。
「光の英雄ですか。君は自由にしてくれたら結構です」
逃げ足の速い人間は戦力外である――そう判断しての言葉だったが、英雄には届かない。
勝手に都合よく解釈した男の顔から、みるみる怒りが消えていく。
「なるほど。そういうことか。俺様はパーティーのジョーカー的役割だと考えているわけか」
(どこまでも前向きでおめでたい奴だ……)
緩んだ空気が流れている——
その瞬間だった。
「――逃げてください!」
闇の少年の声が、冷えた岩肌の回廊を切り裂いた。
先ほどまでの軽薄な空気が、一瞬で消えていく。
少年の表情はいたって真剣。
顔から血の気が引き、視線だけが烈樺たちの足元へと向けられている。
「……っ」
戦乙女が息を呑んだ。
ザッ――
少年が砂塵を蹴って後退した。
その直後。
――バシュッ!
烈樺たちの足元に、青白い光が走った。
「……っ!」
戦乙女が息を呑む。
床石を縫うように光の線が一気に広がり、瞬く間に巨大な魔法陣を描き出していく。
ゴォン――!
地底から響くような低い駆動音。
「――転移の魔法陣です」
烈樺は足元を見下ろした。
眉一つ動かさず、足元で蠢く光の奔流を見下ろしながら淡々と呟く。
「転移魔法を操る魔物でもいるってか……?」
英雄が冷や汗を拭いながら低い声を漏らすが…
少女の視線はその外側を捉えていた。
「いいえ。極めて人為的なものです」
「人為的だと?」
「あらかじめ仕掛けたものと考えるのが妥当かと」
その言葉の端々を、光の英雄は勝手な文脈へとすり替える。
「なるほどな。俺様の優れた逃げ足の才能を恐れて、あらかじめ足止めを企んだってわけか!」
男は口角を吊り上げると、背中の大剣へ手を伸ばした。
「おあつらえ向きだぜ……!」
轟音とともに大剣を抜き放つ。
光の英雄はそのまま剣を頭上へ振り上げ、戦乙女の前で大仰に構えた。
「くらえ、光のストラッシュ!」
振り下ろされた巨剣から、鋭い斬撃が放たれる。
それは地面を走り、青白く輝く魔法陣の中心を横切った。
――バシュンッ!
青白い光が弾け、魔法陣が砕け散る。
そのまま走った斬撃が、奥の岩壁を大きく抉った。
その直上。
岩陰に潜んでいた人影が、たまらず身を引いた。
「……!」
———罠の術者だ。
烈樺の視線が、即座にその動きを捉える。
影は罠の露見を悟ると、一目散に闇の奥へ駆け出していく。
仲間の奇行を横目に、烈樺は呆れたように息を吐いた。
「逃げましたね」
「おう! 今なら追いつけるぞ!」
青筋をこめかみに浮かべた英雄が怒声を飛ばす。
だが、少女は冷徹に首を横に振った。
「追う必要はありません。それよりも、足元の崩落が先です」
「は……? 足元が崩れるって、どういう――」
戦乙女が息を呑みかけた、その瞬間だった。
ピリリ
乾いた亀裂の走る音が足元から響く。
ギィィ
地底を這うような重低音が鳴り響き…
迷宮の床が一気に蜘蛛の巣状へと割れ崩れていった。
「おい、そういうことはもっと早く言えよ!」
「烈樺様、戦乙女様を――っ!」
崩落する足場から逃れようと、
――――全員が反射的に跳んだ。
岩盤が砕け、轟音とともに足元が沈んでいく。
飛び散った石片が宙を舞い、視界の端から次々と床が消えていった。
その中で、烈樺の視線だけが闇の少年へ向いていた。
その少年は着地点を探している。
跳んだ先にも崩れた岩盤が迫っている中…
烈樺の足が、わずかに沈んだ。
次の瞬間
――少女の鋭い蹴りが、少年の側頭部を捉えた。
必殺の一撃と言っていいだろう。
「――ぐふっ!」
断末魔が響く。
鮮血と濁った息を吐き出しながら、少年の体がふわりと宙を舞う。
崩れゆく足場のなかで、血反吐を拭った少年の視線が、冷酷な少女の瞳と一瞬だけ交錯した。
(その蹴り、ご褒美にしては……痛すぎませんか……)
言葉なき文句を飲み込みながら、少年の体が奈落の闇へと沈んでいく。
烈樺はその姿に一瞥すらくれることはなかった。
落下していく地面を軽やかに蹴り飛ばし、超常的な身体能力で跳躍する。
腕の中に抱き寄せた戦乙女の肩をしっかりと支えながら、少女は崩落する迷宮の底を華麗に駆け抜けていった。
■
どれほどの時間が経過したのだろうか。
崩落した岩場は静まりかえり、舞い上がった微細な粉塵が、白濁した光のなかを静かに漂っている。
静寂。
ただそれだけが支配する空間の底で、ひときわ大きな瓦礫の一塊が、小さく揺らいだ。
ガサリ
乾いた音が響く。
重なり合う岩の隙間から、不気味に腕が突き出た。
……むくり
気怠げな呟きとともに起き上がったのは、闇の少年だった。
服の表面に積もった灰を払い落としながら、少年は不安定な足場の上にしっかりと重心を戻していく。
幾度もの死を越えて肉体を再構築する異形の生還劇。
その顔には、先ほどまでの恐怖の色は微塵もなく、むしろ奇妙な余裕すら浮かんでいた。
「ふう……危うく、一週間分の寿命が縮まるところでしたね」
やれやれと首をすくめながら、少年は視線を前方へ滑らせる。
その瞳の先に立っていたのは、冷徹なまでの美しさを湛えたまま佇む少女の姿だった。
「アイコンタクト。烈樺様の勅命、確かにうけとりました」
服の裾についた細かな埃を払い落としながら、少年は不敵に、しかしどこか含みのある笑みを浮かべる。
「約束は約束ですからね」
虚空を見据える冷たい少女の背中へ向かって、少年は悪びれもせずに言い放った。
「わがままボディとなり…、ゴスロリメイド服。絶対に着てもらいますよ」
静まり返った地下回廊の冷気の中に、少年の軽薄な声だけがいつまでも反響し続けていた。




