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クエストの民  作者: ヨシムラ


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02 次のクエストは死霊使い

最強種の幻獣・極氷獄鳥の巨体が消え去った迷宮内。

凍てつく灰が舞う空間に、重い沈黙だけが落ち…

肺腑へと空気を無理やり押し戻すように、光の英雄が肩を大きく揺らしている。

黄金の戦乙女がゆっくりと重心を上げ、その端正な顔を少女へ向けた。


「烈樺様。お怪我はありませんか。後遺症はありませんか」


戦乙女が烈樺の姿を確かめるように、視線を走らせた。


「問題なしです。あの程度の凍気では私を凍らせることはできません」


綺麗な顔立ちをした少女は何事もなかったように答える。

その様子を見て、英雄が冷や汗を拭った。


「……意味がわからねーが、俺、お前の対応、改めるわ」


恐怖と困惑が入り混じった瞳を向け、背負った大剣の柄からようやく手を離す。

さらに、闇の少年の口元が不敵な笑みに歪んだ。


「つるぺた最強伝説の始まりだ……」


その言葉が空間に響いた瞬間、空気が凍りついた。

烈樺の足がピタリと止まる。


「つるぺた。次にそのワードを口にしたら、問答無用でブチ殺します」


感情の読めない瞳で射抜かれ、英雄と少年はぴくりと硬直した。


「「……」」


そのやり取りを横目に、戦乙女が慌てて深々と頭を下げた。


「烈樺様。どうか怒りを沈めて下さい」


申し訳なさそうに視線を落とす戦乙女へ、少女は淡い一瞥をくれる。


「戦乙女。あなたが謝る必要はありません」


張り詰めた空気を和らげようとしたのか、黄金の女がふっと息を吐き、別の話題へと切り出した。


「烈樺様。先ほどの戦いを見ていて思ったのですが、もしかして、幻獣と会話をされていたのですか?」


疑問を投げかけるその声に、一番に反応したのは闇の少年だった。

冷ややかな視線を仲間に向け、小声で忠告を入れる。


「戦乙女様。その件には触れない方がよいかと」

「え?」

「大人の対応というか、エチケットかと」


すかさず、英雄がニヤニヤとした笑みを浮かべながら割って入る。


「それって、中二病のあるあるだろ」


戦乙女の脳裏に、先ほどの戦闘が蘇った。

最強種の幻獣を、炎すら使わず拳だけで倒した少女。


「烈樺様。なぜ、拳だけで……?」

「それで十分だっただけのことです」


あまりにも淡々とした返答だった。

戦乙女は、言葉を失った。

その隣で、闇の少年が小さく肩をすくめる。


「戦乙女様。烈樺様を、僕たちの常識で考えないほうがいいですよ」

「そうそう」


英雄が口角を吊り上げる。


「自分を太陽とか言い出すような奴だからな。まあ、大人になれば治るだろ」


「……」


戦乙女は何も言わなかった。

冗談として笑う2人とは対照的に、ただじっと烈樺の背中を見つめている。

――あの少女は、本当に何者なのだろう。


その足元で、闇の少年がひょいと何かを拾い上げた。

転がっていたのは、極氷獄鳥の巨大な頭部だ。


「これを持ち帰れば……僕たち、英雄になっちゃいますね」


少年の目が、珍しく欲望に輝く。


「当然だろ。俺様の人気も爆上がりだ」


英雄が即答する。


「ですよね」

「だよな」


2人は顔を見合わせる。


「「……へへへ」」


浮かれ切った笑みを浮かべる2人を一瞥し、烈樺の瞳の奥がわずかに冷ややかな光を帯びた。


(本当にカス2人だな……)


心底どうでもいいといった様子で視線を外し、少女はすでに別の作業へと意識を切り替えていた。

背後では、戦乙女が1人、息を呑んで立ち尽くしている。

永久氷結の監獄に閉じ込められていた最強クラスのS級騎士たち

――その硬質な氷が、烈樺の指先一つで次々と音を立てて溶かされ始めていた。


■■■


「黄金の戦乙女様が序列10位以内に入るのは確実だろ」

「戦乙女様がいれば、スタンピートも大丈夫だな!」

「次の王は戦乙女様で決まりだな、万歳!」


熱気を帯びた歓声と、グラスがぶつかり合う乾いた音が、500席の大ホールを満たしていた。

最強級の幻獣・極氷獄鳥の討伐。

そして、永久氷結に囚われていたS級騎士たちの生還。

その2つの奇跡によって、王国中の酒場は未だ興奮の渦に包まれている。

――だが、その喧騒から切り離されたような一角があった。

人目につかない奥のテーブル。

深々とフードを被った神父。

少女に並ぶように…

———“廃衣の司祭”が座っていた。

その瞳は烈樺を静かに見つめている。


「烈樺様のおかげで、この世界の秩序が回復しました。心よりお礼申し上げます」

「私は私の目的を果たしただけです」


存在感の無い司祭は、わずかに首を傾けた。


「今年の王国には、1000年に1度のスタンピートが――」


廃衣の司祭が言いかけたその瞬間、声の輪郭が曖昧に揺らいだ。

警告の言葉は宙に溶け、相手の姿そのものが淡く霧散していく。


気配の消失と入れ替わるように…

待ち構えていたかのような足音が近づいてきた。

無遠慮に向かいの椅子へ腰を下ろしたのは…

見慣れた闇の少年だった。


「烈樺様、探しましたよ。っていうか、未成年がお酒飲んで大丈夫なんですか?」


少年は息つく間もなく言葉を続ける。


「――今から1時間前、国王から戦乙女様にスタンピート討伐の勅命が下ったんです」

「そうですか」

「……すごいと思いません?」

「そうですね。うまくいくように願っています」


他人事のような返答に、少年は思わず目を丸くした。


「えっ……その言い方、まるで自分には関係ないみたいじゃないですか」

「その認識で、間違いありません」


一瞬の沈黙。

理解の範疇を超えた返答に絶句した後、少年は感情を爆発させた。


「僕たちに死ねって言うんですか!」


闇の少年の口調が苛烈になっていく。


「僕たちだけの実力で、スタンピードが攻略できるはずないでしょう!」

「だとしたら…、クエストを断ったら、いいではありませんか」

「フッ。正論ですか。残念ながら、僕に正論なんてものは通用しませんよ!」


少年が大きく息を吐いた。


「とにかくです。烈樺様、我儘を言うのは、それくらいにして下さい!」

「……。言っている意味が分かりません」


その時だった。

闇の少年の視線が、何かを見つけたのか。

不意に逸れていく。

烈樺がその視線を追うと…

ホールを忙しそうに駆け回る、ふくよかな女将の姿がある。

エロい目をした少年が、思わず呟いた。


「凄え――なんて、わがままボディなんだ……」


烈樺の目が、すっと細くなった。


「それ、セクハラですよ」


指摘された少年が驚きに息を呑み、視線を戻すと…

マジマジの少女を見つめ…

呆れたようにため息を吐き出す。


「烈樺様に教えてあげますけど。ツルペタ族の嫉妬ほど哀れなものは、ありませ――」


バキッ。


死角から放たれた烈樺の鋭い振り下ろしフックが、少年の側頭部を正確に捉えた。

宙に大きく跳ねた少年の身体が、激しい音を立てて床へ叩きつけられると…

気持ちいいくらい、その体はバウンドし、酒場ホールの宙を舞っていく。

その異様な姿に…

波が引くように、周囲の喧騒が急速に静まり返った。

床に転がる影を見下ろし、烈樺は微動だにせず呟く。


「死なない程度に手加減したはずですが」


その言葉とは裏腹に少女に焦る様子はない。


「ふー。終わったことを気にしても仕方ない。昔の人は、いいことを言いますね」


その時である。

ムクリ…

凍りついた視線が集中する中、絶命したはずの少年が起き上がってきた。


「絶対に手加減してないですよね! 僕じゃなかったら即死でしたよ!」

「生きていたのですか…」

「はい。僕には7つの命がありまして…」


少年が座っていた椅子に戻っていく。


「つまり、無駄に命を複数もっているのですか」

「……。無駄って否定はしませんけど、酷くないですか……」


少年のぼやきを背に、烈樺は視線を外した。

その視界の端に、消えたはずの“灰白の神父”が再び薄っすらと姿を現す。


「烈樺様。スタンピードを引き起こしたのは、ネクロマンサーと思われます。罪悪の指輪を介してクエストの民となった、あの死霊使いです」


酒場のざわめきが遠のいた。


(私のメインクエスト。ネクロマンサーの討伐……クエストの民なのか)


烈樺の意識は、すでに次のクエストへと向いていた。

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