↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
99/219

第九十九話 精霊学院の寮は、朝になると部屋を一つ増やした

面談の部屋は、外から見るよりずっと狭かった。


 大樹の幹をくり抜いた円い部屋に、机が一つ、その向こうに三人の大人が座っている。中央は学院長のオルディア。長い耳の先まで白髪のエルフで、机に肘をつかず、背中も椅子へ預けない。左には森の記録官、右には衛林隊の代表ナディアがいた。


 窓の外では枝が風に揺れ、下の方から学生たちの声が聞こえる。普通なら授業へ急ぐ時間だ。尽たちは、その声から一枚の扉で切り離されていた。


「風間尽」


 学院長が言った。


「あなたはソラヴェイン魔法学院を無断で離れ、王族襲撃の容疑を受けている。その状態で、なぜこの学院へ入りたいのですか」


 答えはいくつも浮かんだ。王子の命令が不当だったこと。学院に残った人たちが心配なこと。森で見つけた木箱の番号。全部を並べれば、言い訳に聞こえる気がした。


「調べたいからです」


 尽は言った。


「風見塔で見つけたものと、森の罠が同じ場所へ繋がっているかもしれません。ここで見つけた記録を、ソラヴェインへ持ち帰るために」


 記録官の羽根ペンが動く。


「王子と戦ったことは認めますか」


「認めます。王子が先に術を使いました。僕は止めようとして、風を使いました」


「証明できる者は」


「僕たち四人と、学院にいるエウリス教授です」


「教授の証言は、まだ届いていません」


 その言葉に、尽は目を伏せた。教授が無事かも分からない。王子の側に記録を取られ、話をさせてもらえない可能性もある。


「届くまで待ちます」


 尽は顔を上げた。


「でも、待っている間に僕たちが見たことは、ここで記録します」


 次はリゼッタだった。彼女は王子の命令を拒んだ理由を尋ねられ、机の上へ両手を置いた。


「記録は一人へ渡すものではないからです」


「王子であっても」


「王子なら、なおさらです」


 ペペは、光の鎖について聞かれた。


「怖かったです」


 彼は言った。


「だから、逃げました。でも、尽が最初に襲ったとは思っていません。あの鎖は、最初から尽を掴みに来ていました」


 ユーノは机へ実習室の見取り図を広げ、窓の位置と砕けた結晶灯の位置を説明した。記録官は図を何度も見返し、最後に一つだけ尋ねる。


「あなたは、ここで学ぶ気がありますか」


「あります」


「地下保管庫だけが目的では」


 ユーノは少し考えた。


「保管庫へ入るためにも、学びます」


 ペペが隣で小さく噴き出し、すぐ口を押さえた。学院長の耳が一度だけ動く。怒ったのかと思ったが、オルディアは引き出しから薄緑の札を四枚取り出した。


「正直で結構です」


 札には葉の紋と、短い期限が刻まれている。


「七日間の仮滞在を認めます。授業に出て、記録官の指示を待ちなさい。地下保管庫への立ち入りは許可しません。夜の鐘の後に外へ出ないこと。寮の木を傷つけないこと。食堂の果実を植木鉢へ埋めないこと」


「最後の規則、前に誰かがやったんですか」


 ペペが聞いた。


「毎年、誰かがやります」


 ナディアが答えた。


 学院の門を出ると、セレーネが石段の下で待っていた。今日の彼女は白い外套ではなく、学院の淡緑の制服を着ている。王女というより、授業に遅れそうな学生に見えた。


「どうでしたか」


「七日間だけ、学生の真似をしてもいいらしい」


 尽が札を見せる。


「真似ではありません。授業へ出るなら学生です」


 セレーネは言い切った。


 その直後、遠くの鐘が鳴る。


「一限に遅れます」


「王女でも?」


「王女でもです」


 彼女は走り出した。尽たちも慌てて後を追う。


 エルシリン高等魔法学院は、森の中に建っているというより、森が学院の形を覚えている場所だった。幹の太い木には教室の窓が並び、枝と枝を結ぶ橋の下を雲が流れる。低い石の建物もあるが、屋根には苔が生え、壁から若い蔓が伸びていた。


 すれ違う学生の耳は尖っている者ばかりではない。鳥の翼を背へ畳んだ生徒、小さな角を持つ生徒、足元へ影のような小精霊を連れた生徒もいる。四人へ向く視線は多かった。手配書を知っている者がいるのか、単に見慣れない制服だからか。尽には分からない。


「寮は、あの上です」


 セレーネが指した先で、大樹の中腹に丸い窓がいくつも見えた。


 らせん階段を上がると、寮監のサラナが待っていた。背の低い精霊族の女性で、髪に鍵束を差している。


「仮滞在の四名ね。札を見せて」


 彼女は一枚ずつ札を光へかざし、頷いた。


「部屋は空いている枝を借りる。朝、木が必要と判断すれば部屋は増える。夜、使われていない部屋は廊下へ戻る」


「家が片付けてくれるんですか」


 ペペが聞いた。


「荷物は片付けてくれません」


 サラナは即答した。


「壁へ釘を打たない。根へ熱湯を流さない。木の気分が悪い日に、勝手に部屋を増やそうとしない。質問は」


「木の気分が悪い日って、どう分かるんですか」


「廊下が鼻歌を歌う」


 サラナの表情は真面目だった。


 尽たちの部屋は四つあった。リゼッタの部屋には窓辺の棚が多く、ユーノの部屋には初めから机が二つある。ペペの部屋だけ、なぜか壁に小さな扉が一つ多かった。


「僕、得した?」


「借りた部屋は、朝までに返して」


 サラナはそれだけ言って去った。


 その晩、ペペは追加の小部屋へ工具を広げた。留め具、銅線、古い歯車、森へ持ち込んでよかったのか怪しい小さなばね。尽が寝る前に覗くと、ペペは床へ寝転んで満足そうだった。


「ここなら、誰にも踏まれない」


「朝までに片付けてね」


「大丈夫」


 翌朝、尽は廊下でペペの悲鳴を聞いた。


「木が返してくれない」


 追加の小部屋は消えていた。残ったのは、廊下の天井近くに絡まった工具箱と、そこから垂れる銅線だけだ。


 通りかかった精霊学生が見上げる。


「木は、部屋を借りた人が片付けるまで覚えています」


 リゼッタは工具箱を見上げた。


「契約違反ね」


「木と契約した覚えはないよ」


「規則を読まなかっただけでしょう」


 ペペは、寮の案内札の裏に小さな字がびっしり書かれているのを見つけた。


 一限は植物との対話術だった。


 教室は半円形の温室で、天井まで伸びた枝の間へ陽が落ちている。教師のミレイアは、濃い緑の髪を後ろで束ねたエルフだった。彼女は四人の仮滞在札を見ると、余分な説明をせず小さな鉢植えを一人ずつ配った。


「葉が欲しがるものを聞きなさい。言葉で聞こえなくても、急がないこと」


 セレーネの鉢は、彼女が両手を添えた途端、淡い花を咲かせた。周りの学生が当然のように頷く中、ペペの鉢だけが工具袋へ蔓を伸ばした。


「金属が好きなのかな」


「食べる気です」


 ミレイアは言った。


 ペペが工具袋を抱き上げると、蔓はもっと勢いよく伸びた。


「僕の物ばかり食べたがる」


「昨日、木の部屋へ歯車を広げた人ですから」


 セレーネが小声で言う。


 ユーノの鉢は、土が乾くたび葉を細かく震わせた。彼はすぐ水差しを取らず、震え方を紙へ書き留める。三度目の震えで、ほんの少し水をやると葉が落ち着いた。


「観察が丁寧ですね」


 ミレイアが言った。


「前の学院では、術具の反応を記録していました」


「植物も同じです。違うのは、機嫌を損ねると自分で鉢を動かすこと」


 尽の鉢は、何も言わなかった。


 耳を澄ます。葉の音、隣の水差し、窓の外を飛ぶ鳥。ようやく土の中で、ごく小さな音がした。昨夜の雨が、根の近くにまだ残っている。水ではない。風を少し通して、土を乾かしたいのだ。


 尽は掌で鉢の上に弱い風を作った。


「水はいらない」


 葉が一枚だけ揺れた。


 ミレイアは尽の鉢を見てから、何も言わず黒板へ小さな丸を描いた。


「聞こえない時は、答えを急がず、周りを見なさい」


 リゼッタは隣で、鉢へ熱心に話しかけていた。


「光は多めに。根は早く。葉も大きく」


 芽が一瞬で伸びた。天井へ届き、隣の机を越え、ミレイアの帽子を押し上げる。


「リゼッタさん」


「元気で結構でしょう」


「元気すぎます」


 授業の終わりまで、リゼッタの鉢は天井に絡まったままだった。彼女が火を細く調整し、ようやく蔓を落ち着かせた時には、隣の席の学生がその蔓へ洗濯物を一枚干していた。


 昼休み、食堂では木の実のパンが出た。丸いパンには小さな葉の印があり、食べる人の朝の気分で味が変わるらしい。


 ペペは一口かじって、顔をしかめた。


「甘くない」


「今朝は工具を木に取られましたから」


 セレーネが言う。


「だから酸っぱいんですね」


 尽が食べると、少し塩味がした。リゼッタのパンは高価な菓子の味がするという。


「私の気分は上品だから」


「自分で言うんですか」


 ユーノが素直に聞き、リゼッタはパンを二口食べた。


 午後、記録官から呼び出された尽たちは、温室の脇を通った。地下保管庫へ続く階段の前には、太い根が扉を覆うように絡んでいる。仮滞在札を近づけても、葉の紋は薄く光るだけで扉は動かない。


「七日間は、ここまでです」


 セレーネが言う。


「記録官が谷の木箱と紙片を照合するまで、私たちは授業と報告書の手伝いをします」


 尽は頷き、扉から離れようとした。


 その時、根元の石に刻まれた小さな印が目に入った。


 三本の波線。


 谷の木箱にあった商印と同じだった。


 尽は足を止めた。


「記録官へ報告します」


 セレーネは根へ触れず、すぐ頷いた。


「今日は、それだけです。証拠を増やすために、扉へ近づかないで」


 帰り道、ペペの工具箱はまだ木の上にあった。


 箱の下には、新しい紙が一枚吊るされている。


 〈返却期限を過ぎました。枝先まで取りに来てください〉


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。