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第百話 夜市の灯りは、班ごとに勝手な色を出した

挿絵(By みてみん)

精霊学院では、月に一度、学生が中庭で小さな夜市を開く。


 夜市の三日前から、廊下は授業より騒がしくなった。木の実を飴で固める班、羽根を使った風鈴を作る班、眠るときだけ歌う枕を売ろうとする班。尽たちの教室でも、教師のミレイアが黒板へ大きく課題を書いた。


 〈来場者が安全に歩ける灯りを作ること〉


「売れるものを作るのね」


 リゼッタが言った。


「課題です」


 ユーノが答える。


「課題は売れなくてもいいんですか」


「安全なら、いいのです」


 ミレイアはそれだけ言って、色板と小さな風晶を机へ置いた。


 ペペは、ようやく樹の枝先から返ってきた工具箱を大事そうに抱えていた。彼は朝から梯子を借り、寮の木へ何度も謝り、最後に工具箱を持ち上げてもらったらしい。


「中に葉が三枚入ってた」


 箱を開けると、金具の間に若い葉が挟まっている。


「利子かな」


「木は商人じゃない」


 セレーネが言う。


「だったら何」


「あなたの工具が、部屋を散らかした記念です」


 ペペは葉をしばらく見つめてから、工具箱の蓋をそっと閉じた。


 尽たちの班には、この日から二人の学生が加わった。


 一人は鳥人族のミオ。茶色い翼を背へ畳み、窓枠へ腰掛けている。机に座るより高い場所の方が落ち着くらしく、話す時も時々首を傾けた。


 もう一人は精霊族のナナだった。肩までの淡い髪の隙間から、指先ほどの青い火がふわふわ浮いている。彼女は机へ置かれた色板を見た瞬間、両手を叩いた。


「青がいい」


「緑でしょう」


 セレーネが言う。


「夜市なら金色よ」


 リゼッタが色板を一枚取った。


「じゃあ、全部」


 ナナは笑う。


「全部にすると、道を照らす灯りではなくなります」


 ユーノは真面目に言った。


「色が多いと、どこを歩いているか分からなくなるかもしれません」


 ミオが翼を少し広げた。


「高い所から見れば分かるよ。下にいる人が分からないなら、上に来ればいい」


「全員は飛べないよ」


 ペペが言う。


「そうだった」


 ミオはあっさり頷いた。


 結局、灯りは青、緑、金の三色を使うことになった。ただし、三つを並べるだけでは、遠くから見た時に色の塊がぶつかる。尽は風晶の下へ薄い羽根を置き、風の流れに合わせて色板を少しずつ回す仕組みを考えた。


 ペペが金具を組み、ユーノは鏡板で光の強さを測る。ミオは梁の上へ登り、吊るす高さを決めた。ナナは光の色を一枚ずつ指で弾く。


 十分後、出来上がったものは、思ったより落ち着かなかった。


 青、緑、金がまだらに混ざり、風が吹くたび全部の色が別々の方角へ逃げる。


「夜市の灯りというより、寝ぼけた鳥の群れね」


 リゼッタが言った。


「褒めてる?」


 ナナが聞く。


「半分」


 尽は風を弱く流した。三色は少しずつ円を描き、互いの光を追いかけ始める。そこへ教室の前を通りかかった低学年の子が、立ち止まって見上げた。


「魚みたい」


 その一言で、ナナの目が輝いた。


「海の魚にする」


「森に海はないだろ」


 ペペが言う。


「だから見たいの」


 ナナは色板を二枚追加した。


 ミレイアは遠くからその様子を見ていた。止めるかと思ったが、彼女は黒板の課題文へ小さく一行を書き足す。


 〈安全で、見たいと思えること〉


 夜市当日、中庭には枝から枝へ紐が渡され、学生たちの灯りが吊るされた。夕暮れの間はまだ普通の市だった。焼き茸の屋台から湯気が上がり、薬草染めのハンカチが並び、木の根を磨いた笛を試す音があちこちで聞こえる。


 日が沈むと、光が次々に点いた。


 ミオは一番高い枝へ上がり、尽たちの灯りを吊るした。翼を広げるたび、下の学生から歓声が上がる。


「もっと左」


 ペペが地面から叫ぶ。


「左って、私の左?」


「そっちじゃない」


「どっち」


 結局、ミオは自分で見やすい場所を選んだ。灯りは中庭の真ん中より少し外れた枝に掛かったが、そこからなら屋台の間の細い道まで照らせた。


 尽が風晶へ風を入れる。青、緑、金の光がゆっくり泳ぎ出し、木の幹を伝って中庭の端まで流れた。三色はばらばらに見えながら、少し経つと一つの魚の群れのようにまとまる。


「海だ」


 さっきの低学年の子が、また言った。


 子どもたちが灯りの下へ集まり、光を追いかけて走る。ナナは満足そうに両手を握った。


「売れる」


「課題です」


 ユーノが言う。


 リゼッタはすでに小さな板へ値札を書き始めていた。尽がそれを見つけ、板をそっと裏返す。


「だめです」


「惜しいわ。光の色、選べるようにすれば二倍は」


「課題です」


「分かった」


 口ではそう言いながら、リゼッタは値札の裏へ細かい計算を書いていた。


 セレーネは根菜の串焼きの屋台へ行き、五本買って戻ってきた。


「尽さん、リゼッタさん、ペペさん、ユーノさん、ナナさん」


 一本ずつ渡した後で、自分の手が空なのに気づく。


「あ」


 ミオが枝から降りてきた。


「王女なのに数えられないんですか」


「数える前に食べたくなるのです」


 セレーネは真顔で答え、もう一度屋台へ走った。


 ペペは串をかじりながら、灯りの下に置いた予備の色板を確認していた。ナナが子どもたちへ光の魚の名前を付け始め、ユーノは灯りの揺れを記録している。尽はようやく少しだけ気を抜いた。


 その時、風晶の光が急に赤くなった。


 赤い魚の群れが中庭を駆け、子どもたちが歓声を上げる。


「新しい色?」


 ナナが言った。


「違う」


 ユーノが鏡板を覗く。


「熱が上がっています」


 リゼッタの手から、半分食べた串が落ちた。甘い蜜が飛び、風晶の色板へ小さくかかっている。


「私のせいじゃない。串の蜜が飛んだの」


「落としたのは?」


 尽が聞く。


「私」


 尽は風を弱め、ペペは工具袋から新しい色板を出した。ナナは赤くなった光を青へ戻そうと、指先の火を小さく揺らす。ミオは上から灯りを押さえ、子どもたちが近づきすぎないよう翼を広げた。


 作業の途中、赤い光が一度だけ中庭の外へ細く伸びた。


 温室の方角だった。


 尽はそれを見た。だが次の瞬間には色板が交換され、光は元の青と緑へ戻っている。蜜のせいか、風晶が熱を持ったせいか。今の一筋だけで、誰かへ話すには足りない。


「直りました」


 ユーノが言う。


 子どもたちがまた拍手した。ナナは最初、赤い魚も残したがった。けれど尽が首を振ると、彼女は渋々青い魚へ混ぜ直した。


 夜市が終わる頃には、尽たちの灯りの周りに小さな葉の紙が何枚も貼られていた。


 〈魚がきれいだった〉


 〈赤いのも見たい〉


 〈串を落とさないで〉


 最後の一枚を読んだリゼッタは、しばらく無言だった。


「誰」


「たぶん、さっきの子です」


 セレーネが言う。


 片付けが終わり、色板と風晶を返却しようとした時、記録官が尽たちを呼び止めた。


「地下保管庫の商印について、明日から調べてもらう」


 彼は尽の手にある光の記録紙を見た。


「午前だけです。午後は授業へ出なさい」


「夜市の次の日に帳簿はつらいわね」


 リゼッタが言う。


「帳簿は夜市の前もつらいです」


 ペペが答えた。


 セレーネは買い直した串の最後の一本を見た。


「朝の分を買っておけばよかったです」

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