第七十八話 灯り一つを長く保つには、王子より先に部品を押さえる
共同課題の風晶灯は、学院の北門前に並ぶ街路灯を想定していた。
昼は赤曜の光を受け、夜間に蓄えた力で灯る小型の結晶灯。問題は、風が強い日ほど灯りがちらつき、結晶が早く消耗することだった。
ユーノは図面を広げた。
「普通は結晶を大きくすればいい」
「高くなる」とリゼッタ。
「じゃあ数を増やす?」とペペ。
「もっと高くなる」と尽。
「結局、お金の話になるのか」とダリオ。
ダリオは本来別班だったが、火術の補助を頼まれ、放課後だけ加わることになった。
尽は風晶灯の覆いを外した。
結晶自体は壊れていない。風が吹くと、灯りを包む術式の輪が揺れ、光が外へ逃げる。術式を強くすれば消費が増える。弱くすれば、灯りが消える。
「風を止めるより、風が入る場所を決めた方がいい」と尽。
「どういう意味?」とペペ。
尽は紙を丸め、細い隙間を作った。
「今は四方から風を受けて、術式が全部揺らされている。風上だけへ小さな入口を作り、反対側へ出口を置けば、中を通る流れは一定になる」
ユーノがすぐに頷く。
「灯りの周りに小さな風道を作るのか」
「風を敵にしないで、冷却にも使います」
リゼッタは机の横へ立てた見積表を見た。
薄い金属板。
耐熱ガラス。
風晶の小片。
どれも学院の備品庫にあるはずだった。
「在庫がない?」
管理係が帳簿を見せる。
「風晶片は昨日、王立術具研究会が今月分を全部借りた」
レオハルトの研究会だった。
同じ課題を受ける班が、必要な部品だけを先に押さえた。
規則上は問題ない。
だが、偶然とも言いにくい。
ペペが肩を落とす。
「風晶片がないなら、作れない」
ユーノは別の素材を挙げたが、どれも風への反応が鈍い。期限までに試作を繰り返す時間が足りない。
リゼッタは管理係へ尋ねた。
「外部の商会から買うことはできる?」
「学院の備品は指定商会からの納入契約だ」
「納入予定日は?」
「十日後」
期限の後だった。
リゼッタは一度だけ眉を寄せ、すぐ机へ紙を広げる。
夜冕城から持ってきた小さな商会印を取り出した。
「白羽邦の風晶商人に、今から連絡を出す。小片を二百。学院への納入ではなく、私の補習班用の教材として買う」
管理係が慌てる。
「学院の施設で外部商材を使うには検品が必要で」
「なら検品費も払う。余った分は学院へ寄付する。風晶片を独占している班以外の学生が使えるよう、貸出棚に入れて」
「輸送に二日は」
「翼竜便を使う。料金は?」
管理係が金額を言う前に、リゼッタは銀貨袋を置いた。
尽は額を押さえた。
「また大きく使いましたね」
「二百片を買えば、一片当たりは安くなるわ」
「必要なのは四片です」
「百九十六片分、他の学生が助かる」
理屈は通っている。
金額だけが通りすぎている。
二日後、翼竜便が学院の中庭へ降りた。
木箱には白羽邦の風晶商会の印。中には青緑の小片が、緩衝布に包まれて入っている。
レオハルトが箱の前へ現れた。
「外部商材を使うとは。随分、勝ち急ぐね」
「皆が使えるようにしただけよ」とリゼッタ。
「寄付で同情を買うのか」
「あなたは部品を借りて、他人の手を止めた。私は部品を増やして、手を動かせる人を増やした。どちらが学院のためか、比べてみれば?」
研究会の学生たちが黙る。
レオハルトは箱へ触れず、去った。
その日の夜、実習室には風晶片を借りる学生の列ができた。
リゼッタは一人ずつ名前と返却日を帳面へ書かせる。
「なくした人は?」とペペ。
「定価の二倍」と即答した。
「高くない?」
「なくした人が次も大事にする値段よ」
尽は風晶灯の試作へ戻った。
金属板を曲げ、風上へ三つの入口を開ける。風下には細長い出口を一つ。内側の風道を螺旋にし、結晶の周囲をゆっくり回るようにした。
ユーノが術式を書き込む。
ペペは小さな魔力を流し、灯りの明るさを記録する。
尽は砂時計を返し、光の揺れを帳面へ写す。
最初の試作は失敗した。
風道が狭すぎて、結晶が熱を持つ。
二つ目は入口が広すぎ、光が波打った。
三つ目で、出口の角度を変える。
光が安定した。
砂時計一巡。
二巡。
三巡。
普通の灯りは二巡目で明るさが半分へ落ちた。尽たちの灯りは、三巡目でも七割残っている。
「できた」とペペが跳ねる。
ユーノは計算札を見直す。
「消費も少ない。これなら結晶を大きくしなくて済む」
尽は灯りの前へ手をかざす。
自分の風の糸を、入口へそっと入れた。
風道の中で流れが整う。
弱い魔法でも、形があれば役に立つ。
その瞬間、灯りが一度だけ強く光った。
机の上にあった白紙の式札が、風もないのに浮き上がる。
鬼門国でもらった札だ。
札はふわりと尽の帳面へ落ち、まだ何も書かれていない面を上にした。
リゼッタが息を呑む。
「今、動いた?」
「風でめくれただけかもしれません」
「窓は閉まっているわ」
尽は札へ触れた。
紙は冷たい。
何も書かれていないのに、命令を待っているように見えた。
その夜の課題発表で、尽たちの班は最優秀ではなかった。
レオハルトの班が作った灯りは、金色の光で広場全体を照らした。
歓声も大きい。
ただし、結晶の消耗は尽たちの三倍だった。
教授は両方を記録し、こう言った。
「目立つ光と、長く残る光。どちらが必要かは、使う場所で違う」
課題の翌日、学院は北門前へ二つの灯りを実際に設置した。
一つはレオハルトの金色の結晶灯。もう一つは、尽たちの風道付き結晶灯だ。夕刻に相当する時刻から、学生と町の商人が見守る中で同時に点けられた。
最初の一刻、金色の灯りは圧倒的だった。
道の石畳まで鮮明に照らし、通りかかった人々が立ち止まる。王子の研究会は誇らしげに説明を始めた。
風道付きの灯りは、明るさで劣る。
けれど風が吹くと差が出た。金色の光は大きく揺れ、結晶の内側で熱が溜まる。尽たちの灯りは小さく揺れるだけで、出口から暖かな風を一定に逃がしていた。
二刻後、レオハルトの灯りは補助晶石を足す必要が出た。
ユーノは黙って記録札へ時刻を書く。
三刻目には、北門の夜番が風道付きの灯りの下へ椅子を移した。
「この明るさで十分だ。目が疲れん」と男は言う。
その一言を、尽は帳面へ写した。
使う者がどう感じるかは、計算だけでは分からない。
リゼッタは夜番へ温かい飲み物を差し入れ、その代わり一週間の使用記録を頼んだ。消費量、明るさ、風が強い時の変化、虫が集まるかどうか。
「またお金で?」とペペ。
「飲み物一杯で現場の記録が取れるなら、安い投資よ」
夜番は二杯目も受け取った。
レオハルトは自分の灯りを見上げ、しばらく何も言わなかった。
彼の光は美しい。
だが、美しいだけでは夜番の長い勤務を支えられないことを、皆の目の前で示されていた。
リゼッタは不満そうだった。
「勝ちじゃないの?」
「灯りは綺麗でした」と尽。
「あなたの方が、ずっと使いやすいのに」
「それを次に伝えればいいです」
彼は帳面へ、今回の風道の寸法を書き残した。
次は誰でも作れる形にする。
その時、式札の端に、墨でも傷でもない細い線が一本だけ浮かんだ。
尽はまだ、それを誰にも見せなかった。




