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第六話 発射後は要介護

最初に現れたのは、鉄の帽子だった。


岩棚の上から、丸い兜が一つ覗く。


次に、太い眉。


大きな鼻。


編み込まれた赤茶色の髭。


顔だけ見れば、父より年上に見える。


しかし背は低い。


岩棚へ降りてきたとき、尽の胸ほどしかなかった。


肩幅は尽の倍近い。


革と金属を重ねた防具。腰に短い斧。背に工具箱。片目へ、何枚もの透明板を重ねたような器具を掛けている。


人間ではない。


少なくとも、尽の知る人間とは体格が違う。


男は巨大な窪みを見る。


吹き飛んだ小屋。


倒れた森。


地面の薯片。


最後に、倒れた尽。


口を開いた。


「ガル・ドゥン、ハルヴァ・ゼグ?」


分からない。


指輪は熱くならない。


頭へ意味も入ってこない。


尽は返事をしようとした。


「日本語……分かります?」


声が掠れた。


男は首を傾げる。


当然、通じない。


上から二人目が降りてくる。


こちらは黒髭。背中に長い棒を背負っている。槍ではなく、先端に回転する金属輪と小さな鐘が付いていた。


三人目は若い。


髭が短く、兜もない。革の帽子に、片側だけ跳ね上げられる眼鏡。腰袋から紙と炭棒を出し、窪みの形を描き始める。


巡回者か、工事の人間に見える。


最初の男が尽へ近づく。


右手を見せ、武器を抜いていないと示す。


たぶん。


地球と同じ意味とは限らない。


尽も手を上げようとした。


動かない。


指先が一度震えただけ。


男の表情が変わる。


尽の首、胸、目を順に見る。手袋を外し、頸へ指を当てようとする。


尽は避けられない。


怖い。


「触るなら、先に言うて……通じへんか」


男は何か短く言い、まず自分の首へ指を当てた。それから尽を指す。


脈を測る、と伝えているらしい。


尽は瞬きを一度した。


同意として通じたかは分からない。


男は頸動脈へ触れた。


手が大きく、温かい。


次に瞼を開け、口元へ耳を寄せる。医療者ではなくても、生きているか確かめている。


短髭の若者が、地面の薯片を拾おうとした。


尽は全力で声を出す。


「触るな!」


三人が止まった。


通じたのは意味ではなく、音量だった。


若者が手を引く。


尽は目で袋を示す。


自分。


袋。


もう一度、自分。


所有を伝えたい。


最初の男は理解したらしく、若者へ何か言った。若者は薯片を拾わず、代わりに革手袋を地面へ敷き、その上へ袋から出た二枚を枝で寄せた。


一枚は割れていた。


光らない。


ただの塩味の薯片に見える。


男たちは、窪みと薯片を交互に見る。


若者が炭棒で絵を描いた。


小さな薄片。


大きな爆発。


倒れた尽。


最後に疑問符らしい曲線。


正しい。


尽は瞬きで肯定しようとした。


一回がはい、二回がいいえという約束はない。


そこで若者は自分を指し、紙に丸を一つ描き、頷く。次にばつを描き、首を振る。


丸が肯定。


ばつが否定。


尽は丸を見ると一度瞬き、若者の絵へ視線を戻した。


薄片、光、倒れる。


丸。


三人が一斉に、薯片から距離を取った。


その判断は正しい。


未開封なら食料だった。


今は、触れ方によって崖を削る物かもしれない。


尽自身にも条件が分からない。


最初の男が、水筒を出した。


栓を開け、自分で一口飲む。


毒ではないと示しているのだろう。


尽の頭を少し持ち上げ、口へ近づける。


水は冷たく、わずかに鉄の味がした。


二口飲む。


吐き気はない。


三口目を断ろうとしても、手が動かない。


尽は口を閉じる。


男はすぐ止めた。


通じる。


言葉がなくても、拒否まで無視されるわけではない。


男たちは尽をどう運ぶか相談し始めた。


短い言葉が飛び交う。


何度か、黒い城を指す。


尽は城へ行きたかった。


だが、この三人が城の味方か、奴隷商人か、食人族か分からない。


選択肢は、ここで動けないまま獣の群れを待つか、彼らに運ばれるか。


自由な選択とは言いにくい。


それでも拒否できるか確かめる。


男が自分の背を指し、尽を指し、城を指す。


運ぶ。


尽は城を見る。


男を見る。


丸へ一度瞬きする。


男はすぐ持ち上げなかった。


まず背負い枠を下ろす。金属製だが、荷台へ毛皮が敷かれている。工具箱を別の仲間へ渡し、尽に枠を見せる。


腰と胸を固定する帯。


右手を自由にできる隙間。


尽は右手が動かない。それでも、完全に荷物と同じ縛り方ではなかった。


若者が、紙へ人の絵と荷物の絵を描く。


人の方に丸。


荷物にばつ。


尽が日本語で呟く。


「そこ、区別するんや」


少しだけ安心した。


身体を背負い枠へ移される。


三人掛かりだった。


最初の男が肩と背を支える。黒髭が脚。若者が鞄と薯片を別に持つ。


痛みがあれば言えと身振りで示される。


尽は声を出す力だけは残っている。


左膝を動かされたとき、「痛い」と言う。


言葉は通じなくても、男たちは止まった。


膝を確認し、帯の位置を変える。


男が尽を背負う。


立ち上がる。


視線が高くなった。


低い背丈でも、肩が分厚いため、尽の身体を安定して支える。


若者は薯片の袋を革袋へ二重に入れた。地面へ落ちた二枚は別の小箱へ。袋と小箱を混ぜない。


条件が分からない危険物として扱っている。


尽は、それでよいと思った。


道へ戻る前、黒髭が回転輪の付いた棒を窪みへ向けた。


輪が回る。


三つの小鐘が、ばらばらの音を出す。


赤い針と緑の針が逆方向へ振れた。


黒髭が何か叫ぶ。


三人の顔から、さきほどまでの好奇心が消えた。


窪みの底、尽の光壁が削った岩から、緑色の粉が舞い上がっている。


風に乗り、こちらへ来る。


最初の男は走り出した。


背負われた尽の身体が揺れる。


一歩ごとに膝が痛む。


それでも止まれとは言わなかった。


黒髭が後ろで、袋から灰色の粉を撒く。緑の粉と触れると、紫の煙になる。


若者は紙を畳み、尽の鞄へ勝手に入れず、自分の胸袋へしまった。


石道を下る。


赤い太陽が岩を温め、緑の太陽が影を冷やす。


二つの光が重なる場所では、空気が水面のように揺れていた。


どれほど運ばれたか分からない。


尽の腕時計は止まっている。


身体の感覚も戻らない。


眠れば、次に起きたとき状況が悪くなるかもしれない。


起きていようとする。


男の背で、尽は数を数えた。


百。


二百。


三百で、数字が分からなくなる。


一度意識が途切れた。


目を開けても、空の明るさはあまり変わらない。


夜になったのかと思った。


赤い太陽は同じ場所にあり、緑の太陽も沈んでいない。ただ、赤光が弱まり、緑の周囲に淡い輪が広がっている。


道沿いの石柱が、一斉に低く鳴った。


双曜潮。


尽はまだ、その言葉を知らない。


男たちは足を止め、胸へ手を当てた。祈りにも、時刻確認にも見える。


若者が紙へ二つの円と、波線を描く。


それから六本の短い線。


尽の身体を指す。


六。


時間だろうか。


尽は自分を指し、腕が動かない仕草を目で示す。


若者は六本線の先に、人が立つ絵を描いた。


六つ分の何かが過ぎれば、動けるかもしれない。


根拠は分からない。


少なくとも、彼らはこの脱力を見たことがあるのか、測れると思っている。


道が広くなる。


前方の黒い城は、近づくと城ではなかった。


古い監視堡。


その背後、氷山の裂け目に、さらに巨大な壁と門がある。


山の中へ、都市そのものが埋め込まれていた。


門の上で、無数の炉煙が赤と緑の空へ昇っている。


鉄の橋。


回る歯車。


岩壁を上下する箱型の昇降機。


尽が見たことのない技術。


それでも、動く仕組みの気配だけは分かった。


男が都市を指し、ゆっくり言った。


「イ・ス・ヴァ・ル」


音を分けている。


地名らしい。


尽も繰り返す。


「イスヴァル」


男は首を振る。


もう一度。


「イシュ・ヴァール」


「イシュヴァール」


今度は頷いた。


尽は、あとでその名が共通語で〈氷風城〉を意味すると知ることになる。


いま分かったのは一つだけだった。


少なくとも、彼らは尽を森へ置き去りにはしなかった。


門へ着く直前、尽の右手の小指が動いた。


施術から、地球時間なら六時間余り。


指一本分だけ、身体が自分へ戻ってきた。


尽は笑おうとした。


男の背中で、情けない声が出る。


「次から……絶対、一枚ずつ条件調べる……」


言葉は通じない。


若者だけが、薯片の入った革袋を見て、深く頷いた。

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