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第五十四話 警報羽が鳴く前に、空は白くなった

二回目の感知授業でも、羽片は浮かなかった。


アーレンは前回より器具を増やしている。


透明覆い。


断熱板。


袖を留める革輪。


空手袋。


同じ重さへ切った羽片二枚。


試験順は、尽に見せない。


断熱板ありと、なし。


空手袋と、本人の手。


袖固定と、袖を離した状態。


どれを先に行うか、アーレンが裏札で決める。


「前回、動く条件を知った」と尽。


「だから今回は、知らない順でやる」


答えに合わせて力み方が変われば、また別の風を作る。


本人の期待も、測定条件の一つだった。


第一組、四回。


微動なし。


第二組、四回。


三回目だけ、羽片が針半分傾く。


第三組、四回。


一回目と四回目に微動。


第四組、四回。


なし。


合計、十六回中三回。


裏札を開く。


三回とも、断熱板なし。


二回は本人の手。


一回は空手袋。


魔法がなくても説明できる組に偏っていた。


「空手袋も動かしたなら、僕の魔力が覆いまで届いた可能性は?」


「零とは言わない」とアーレン。「だが、熱流と室内風で足りる説明を先に捨てる理由はない」


前回の二回と今日の三回を足して、五回成功とは書かない。


条件が違う。


順序も違う。


今日の記録は、〈十六回中三微動。全て断熱なし。空手袋一。魔力判定不能〉。


吊羽台も六回行った。


逆向き候補は零。


中央保持も零。


尽は息を吐いた。


「前より悪くなりました」


「前の一回が、おまえの力だったと決まっていない」


「分かっています」


「分かっていて残念なのは、悪くない」


悔しさを、結果の書き換えに使わなければいい。


アーレンが羽片を箱へ戻しかけた時、窓の外で白いものが横切った。


羽ではない。


細かな氷の粉。


赤曜の光を受け、一瞬だけ銀色になる。


教室にいた羽族の子供が、窓へ駆け寄った。


「山降ろしだ」


アーレンは立ち上がる。


風向札は、氷山側を示していない。


町の高塔にある大きな警報羽も、まだ赤曜側へ向いたままだった。


それなのに、二筋目の氷粉が飛ぶ。


遠くで低い角笛が二度鳴った。


町の正式警鐘ではない。


運搬組合の路上合図。


短く二回。


〈冷降流、目視確認〉。


アーレンは生徒を廊下へ出さなかった。


「窓を閉める。羽族も飛ぶな。階下の待機区画へ」


誰も魔法を撃たない。


まず人数を数える。


羽族六。


人間三。


矮人二。


角族一。


尽を含め、全員いる。


教室の風穴を閉め、裏階段から一階へ移る。


外では、競演に出た若者たちが飛行輪を片付けていた。


昨日まで回転を競っていた者が、今日は低い高度で綱を運ぶ。


地上の係が風除幕を張り、老人と子供を石壁側へ誘導する。


華やかな飛び方しか知らない者ばかりではない。


ただ、町の大警報羽が動いていない。


ユーノが羽環堂から走ってきた。


尽の前で止まり、膝を見る。


「走るな。工房へ戻る。記録台」


「山から何が?」


「まだ冷風だけ。だから、今のうちに調べる」


羽環堂は臨時の連絡所になった。


壁へ境站周辺図が掛けられる。


北西の外環路。


氷山へ向かう牧道。


風段中継所。


警報塔が三つ。


中央塔。


西の牧塔。


古い北枝塔。


中央塔の大警報羽は、三塔の圧信号を細管で受ける。


一定以上の冷降流が二塔で一致すると、羽が白側へ倒れ、鐘を鳴らす。


一塔だけなら、誤報防止のため黄色札。


今は中央塔が赤曜側のまま。


西の牧塔からは、伝令が来た。


〈冷降流あり。氷粉あり。牧獣落ち着かず。〉


北枝塔からは、何もない。


「二塔一致にならないから、中央が鳴らない?」と尽。


「仕組みの上では」とユーノ。


「北枝塔が安全を送っているのか、送っていないのかは別です」


信号なしと、安全信号は同じではない。


氷風城の返流糸で学んだことだった。


ユーノは中央塔の確認窓を開けた。


三本の細い圧管が、色羽へ繋がっている。


中央。


西。


北枝。


西管の白羽は立っている。


北枝管の灰羽は、伏せたまま。


管が無圧なのか。


塔が安全を返しているのか。


見た目では分からない。


「試験圧を入れる」とユーノ。


「本線へ?」


「切替弁で北枝だけ外す。中央鐘には送らない」


職人が二人で弁札を読む。


声に出して復唱。


北枝管、試験側。


中央警鐘、隔離。


尽は時刻と弁位置を書く。


小さな手押し嚢から、規定一押し。


灰羽は動かない。


二押し目はしない。


規定を超える圧を入れれば、詰まりを押し抜き、本物の故障位置を変えるかもしれない。


「北枝管、不通候補」とユーノ。


中央塔が嘘の安全を受けたのではない。


何も受け取れない枝を、何も起きていない枝として数えていた。


装置の設計ではなく、運用規則の欠けだった。


二塔一致を待つなら、一塔不通時の扱いが必要になる。


ミレナが運搬組合の名で、中央塔へ赤枠の臨時札を掛けた。


〈一枝不通。西塔冷降流確認。有人警戒へ移行。〉


自動警報を、手動監視へ切り替える。


鐘は三回、間を置いて二回。


町中へ、正式な冷風警戒が流れた。


混乱は起きなかった。


店は表の商品を片付ける。


宿は客数を確認する。


羽族は無許可の高空飛行を止める。


矮人の石工が、風除壁の継ぎ目を点検する。


カイルは灰尾の運搬車で、診療所から外環待機所へ毛布と温水筒を運んだ。


今日は競演ではない。


荷台へ飾りはない。


指定速度を守り、停止印ごとに受領札を渡す。


尽は工房から出なかった。


北枝塔の修理隊へ持たせる部品箱を、目録と照合する。


革膜二。


細管継手四。


凍結針一本。


手動白旗二。


温砂袋三。


箱を持ち上げるのは別の職人。


尽は封をし、品数を読むだけだ。


修理隊は羽族二人と石工一人。


低空路を使う。


飛行輪の若者三人が、地上綱の中継役を志願した。


ミレナは全員を行かせなかった。


風読み試験を通った二人だけ。


残る一人は、町内の伝令。


勇気があることと、山風を読めることは別だった。


一刻後、北枝塔から手動白旗が上がった。


凍結。


塔上の受圧口へ氷粉が貼り付き、内側で薄い栓になっていた。


暖めれば溶ける。


だが原因は、それだけではなかった。


受圧口を覆う雪避け板が、半年前に外されている。


板は壊れていない。


競演会場の臨時観客棚へ転用され、その後戻されていなかった。


記録札には〈大会借用、返却予定〉。


返却確認欄は空白。


誰か一人が盗んだ話ではない。


観客棚を広げたい競演側。


部材不足を承知で貸した塔側。


大会後に人手を別修理へ回した町。


戻っていない板を、次の点検まで誰も止めなかった仕組み。


目立つ一日のために、目立たない半年の防具が消えていた。


尽は返却予定札の写しを取った。


批判を書く前に、事実を分ける。


いつ外したか。


誰が貸したか。


誰が使ったか。


返却を確認する役はいたか。


不通時の手動移行規則はあったか。


北枝塔が復旧すると、試験圧で灰羽が立った。


中央隔離を解除する前に、三塔で時刻を合わせる。


西塔、冷降流継続。


北枝塔、冷降流あり。


二塔一致。


大警報羽が、ようやく白側へ倒れた。


自動鐘が鳴る。


遅れて鳴った鐘は、故障が直った証明であって、危険が去った合図ではない。


外環の風見台から、斥候が帰った。


翼の縁へ白い霜が付いている。


女斥候は床へ降りると、息を整えてから報告した。


「氷背獣、三頭。牧道の外で旋回。町へは入っていない」


氷背獣。


背へ氷の板を生やした、山腹の大型魔獣。


普段はもっと高い冷域にいる。


冷降流に乗り、餌を追って下がることがある。


三頭なら、外環路を閉じ、牧獣を内側へ移せば対処できる。


討伐隊を急いで山へ入れる数ではない。


「足跡は?」とミレナ。


斥候は、すぐ答えなかった。


腰袋から薄い石板を出す。


湿らせた炭紙を押し当て、斜面の跡を写したものだ。


大きな三つの爪痕。


その下へ、古い跡が何本も重なっている。


「見えたのは三頭です。尾根の向こうは分かりません」


分からない数を、三頭と数えない。


町は警戒を解かなかった。


尽の二潮延長札には、工房見学と感知授業しか書かれていない。


魔獣討伐はない。


斥候任務もない。


警報塔へ登る許可もない。


ユーノは、その札を指で叩いた。


「おまえは明日も記録台だ」


「分かっています」


「空が白くなると、分かっている顔ほど外へ出る」


尽は窓の外を見た。


赤曜の下、細い氷粉が町の風除壁へ当たり、白い筋になって消える。


羽片一枚は、まだ浮かせられない。


氷背獣一頭も、止められない。


それでも、鳴らなかった鐘がなぜ鳴らなかったかは、一行ずつ分けられる。


今の尽にできるのは、その一行を欠かさないことだった。

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