第四十九話 白い線は、息を数えても魔法にならない
リゼッタが去った次の活動鐘、低能練習室には椅子が三脚並べられた。
一脚は尽。
一脚は担当教師セルマ。
最後の一脚は、呼吸数を記録するフェル。
見学者はいない。
戒指は布袋へ入れ、二歩離れた保管箱。
無色板は同じ製造組から三枚。
食事は一鐘前。
睡眠は共同室の規定時間。
膝に熱なし。
前回、リゼッタが観察したのは、白線が出る直前に尽の呼吸が浅くなり、肩が落ちたように見えたことだった。
観察は正しいかもしれない。
白線の原因かもしれない。
ただの偶然かもしれない。
今日の試験は三組。
自然呼吸。
鐘片に合わせた固定呼吸。
固定呼吸に加え、肩を意識して緩める。
各組八回。
合計二十四回。
一回ごとに休止砂を落とし、同じ板を続けて使わない。白線が出ても、その組の回数は増やさない。
「二十四回は多くないですか」
尽が尋ねる。
「一度に大きな力を出す試験ではない。疲れ、頭痛、指のしびれ、温度上昇のどれかが出れば途中終了」とセルマ。「全部できても、今日だけで結論は出さない」
「はい」
第一組、自然呼吸。
尽は息を数えない。
板へ手を近づけ、力を入れようともしない。
一回目、なし。
二回目、白線。
板の右端。
一呼吸より短く消える。
三回目から五回目、なし。
六回目、白線。
七回目と八回目、なし。
二回。
前回と同じだった。
温度札は動かない。
第二組、固定呼吸。
フェルが小さな鐘片を動かす。
四拍で吸う。
二拍止める。
四拍で吐く。
二拍休む。
地球で聞いた呼吸法に少し似ている。
だがこれは修行法ではない。
呼吸の速さを揃えるための試験条件だ。
一回目、なし。
二回目、なし。
三回目、白線。
四回目、なし。
五回目、白線。
六回目、白線らしき影。
セルマは成功へ数えなかった。
角度を変えると見えない。
フェルも確認できない。
〈本人のみ白影申告・共同確認なし〉
七回目、なし。
八回目、白線。
共同確認は三回。
自然呼吸より一回多い。
それだけでは、固定呼吸が白線を増やしたとは言えない。
板の順番差もある。
尽が試験に慣れた影響もある。
偶然の範囲かもしれない。
第三組。
固定呼吸と、肩の意識的な脱力。
セルマは尽の肩へ触れない。
本人が息を吐いた時、耳と肩の距離を少し広げる。
一回目、白線。
二回目、なし。
三回目、白線。
四回目、なし。
五回目、白線。
六回目、なし。
七回目、白線。
八回目、なし。
四回。
自然二。
固定三。
固定と脱力四。
数字は、綺麗に一つずつ増えた。
綺麗すぎるほどだった。
「肩を緩めれば出るんですね」
尽が言う。
セルマは首を横へ振る。
「今日の二十四回では、そう見える」
「違うんですか」
「同じ順番で試した。最後の組ほど練習効果がある。疲れもある。板は同じ製造組でも個体差がある」
「順番を変えて、もう一度」
「今日はしない」
尽は口を閉じた。
リゼッタなら、今すぐ試せと言っただろう。
そして途中で、自分から止まったかもしれない。
尽も停止条件を知っている。
二十四回を終えた。
頭痛なし。
指のしびれなし。
温度変化なし。
白線以外の発光なし。
水移動なし。
力を物へ伝える反応なし。
記録は、〈呼吸固定および肩部脱力と白線出現回数に、当日内で増加傾向。因果未確認。順序交換による別日再試験を要す〉。
状態欄は変わらない。
〈本人微弱反応候補・訓練中〉
魔法になったわけではない。
次に、試す条件が一つ増えただけだった。
次回は、三組の順番を変える。
肩部脱力。
自然呼吸。
固定呼吸。
さらに別の日には、固定呼吸を最初へ置く。
同じ人が一日に全部を行うだけでは、後半ほど慣れる影響を消せない。セルマは三日の試験表を作り、板の使用順も回転させた。
「三日で分かりますか」
「分からない可能性が高い」
「それでもやるんですか」
「分からない理由を減らす」
白線が肩部脱力で増えるなら、順番を前へ移しても傾向が残るはずだ。
残らなければ、呼吸より練習効果や疲労の影響が大きいかもしれない。
残っても、白線が尽本人の魔力だとはまだ確定しない。戒指は離してあるが、完全な遮断を証明できていない。無色板の製造差、赤碧導光の周期、食事後の時間も残る。
「条件が多いですね」
「身体を使う試験だからね。機械より交換しにくい」
尽は三日分の欄を見た。
赤縁へ出るため、全部は実施できない。
出発前に無理に詰め込まず、帰着後へ延期する。旅先で同じ試験を勝手に続けないことも、訓練札へ書いた。
新しい場所へ行けば、教師、板、光、食事、時間が変わる。
そこで白線が増えても、呼吸法の成果とは比較できない。
練習室を出ると、長距離歩行試験が待っていた。
メルダと巡路者ミュルが同行する。
城内の平地回廊を二周。
一周目の後に膝確認。
二周目は、空の背負い袋へ水袋一つを入れる。
走らない。
長階段を使わない。
痛みを我慢して完遂する試験ではない。三角痛、熱、腫れ、歩幅の左右差のどれかが出れば終了。
一周目。
中央市場。
商旅厅。
西環客舎。
工房下層。
尽は歩けた。
商旅厅の受付台には、誤乗防止図が使われている。
一人の羽族が、赤縁と碧縁を何度も見比べていた。
係員は目的地名だけを復唱しない。
太陽域。
経由地。
受取人。
三つへ指を置かせる。
正しい赤縁札が出た。
尽は立ち止まらない。
一件の成功を眺めても、十潮の評価にはならない。
一周目終了。
膝の温度、左右差なし。
腫れなし。
痛みなし。
二周目。
水袋一つを背負う。
重くはない。
それでも肩紐が片側へ寄ると、歩幅が変わる。
ミュルが指摘する。
「右肩が下がっている」
尽は袋を下ろし、紐の長さを揃える。
魔力試験では肩を緩めた。
歩行では、荷が片側へ寄らないよう支える。
同じ肩でも、目的が違えば条件も違う。
二周目の後半、左膝に痛みはないが、腿が重くなった。
尽は申告する。
メルダはその場で止め、椅子へ座らせる。
歩幅はまだ揃っている。
膝温も変わらない。
筋疲労の範囲と判断され、休止後に残り四分の一を再開する。
完遂。
工房へ戻って一鐘後、再確認。
腫れなし。
熱なし。
三角痛なし。
「長距離荷車移動、境站内歩行は許可」とメルダ。「走らない。荷運びしない。到着後一潮は工房作業を軽くする」
赤縁出発の医療条件が揃った。
次は、旅程だった。
今回は古い切符も、黒枝の記録も使えない。
新しい保証旅札を申請する。
目的地、赤縁白羽自由諸邦境站セレノ渡り。
経由地、赤縁大隧道口、風段中継所。
受取人、風法具工房主ユーノ・フェザリア。
紹介状の封番号を旅札局で照合する。
封は開かない。
グランドーガが保証するのは、弟子身分、紹介状の真正、最低帰還連絡費。
現地の借金、違法作業、工房外の行動は保証しない。
期限は八潮。
予定滞在は三潮。
帰路便は二潮ごと。
最初の帰路候補と、その次の予備便を書いた。
ボルンは、紙上で三つの変更を出した。
風段中継所で白羽境线が運休。
セレノ渡りの炉環宿が満室。
工房主ユーノが不在。
尽は一つずつ答える。
白羽線が運休なら、風段の柵内宿へ止まり、赤縁低地便へ勝手に乗り換えない。紹介状の宛先へ伝書を出す。
炉環宿が満室なら、旅札局登録宿から選び、料金と工具棚を確認する。無登録の呼び込みには付いていかない。
ユーノ不在なら、封書を受付係へ勝手に預けない。工房の受取権者名と封番号を照合し、該当者がいなければ自分で保管する。
「合格ではない」とボルン。
「どこが?」
「風段で何潮待てる」
尽は旅札期限と予備費を見る。
「一潮。二潮目に入る前に氷風城へ延期申請。返事がなければ、予備便で戻ります」
「それでいい」
予定どおり着く方法だけでなく、予定が崩れた時にどこで止めるかを書く。
前回、黒枝で覚えたことだった。
宿はセレノ渡り炉環宿。
赤縁側でも中立運営される共同宿だった。
費用を計算する。
切符。
宿三潮。
食事。
帰路予約。
予備一潮。
夜牙から戻った後の仕事報酬がある。
足りる。
薯片持出欄は、最初から〈申請なし〉。
白頁は防水布で本人携行。
戒指は布覆い。
工具は、紹介状に記された見学用小具だけ。
出発は次の赤縁便。
一潮後。
今度の計画には、黒い夜牙線も、王都招待も重ねなかった。
赤縁へ行き、風法具を学ぶ。
その旅だけを、まず正しく始める。




