第四十四話 菓子は、封印庫で試食しない
尽の報告は、工房会議室で行われた。
参加者はグランドーガ、ボルン、メルダ、ガルド、記録係のフェル。
リゼとオルドは入れない。
旅の同行者であっても、工房内部の保証記録と隔離物の情報を自動で共有する理由はない。
尽は時系列に沿って話した。
誤乗。
黒枝の停止申請。
セレヌ門の帰路予約。
霧路観測器。
夜牙第七码庫。
四件の境落ち記録。
白頁片との隔離比較。
戒指の微熱。
試験停止。
星環文庫への照会。
フェルは、事実と推測を別の板へ書く。
事実。
二枚の紙は、繊維の交差が似る。
黒繊維の割合と大きさは異なる。
赤碧照明で、どちらにも縁影。
照明中、尽の戒指が微熱。
保存板の温度変化なし。
再試験なし。
推測。
同じ製法かもしれない。
同じ本かもしれない。
異なる場所で似た方法が使われただけかもしれない。
戒指と紙に関係があるかもしれない。
どれも未確認。
「白頁を出せ」
グランドーガが言う。
尽は防水布の包みを机へ置いた。
自分で開かない。
フェルが封番号を読み、ボルンが照合し、二人の前で外包だけを開く。
白頁は透明板に入れたまま。
赤い灯りも、碧い灯りも当てない。
戒指は尽の手から外さないが、布袋を二重にする。
「もう一度、光を当てれば分かるんじゃない?」
会議室の扉の外から、リゼの声がした。
全員が扉を見る。
リゼは客札の申請を待つ椅子に座っているはずだった。
「聞き耳を立てていたのか」とボルン。
「声が大きいのよ」
扉は閉じている。
オルドが少し離れた場所で頭を下げた。
「申し訳ありません」
グランドーガは扉を開けないまま答えた。
「一度で熱が出た。関係が分からん。なら二度目の前に、何を測るか決める」
「熱くらい、冷やせばいいでしょう」
「紙が消えたら戻せるか」
外が静かになる。
「……戻せないわ」
「なら待て」
尽の白頁は、工房の私物保全棚へ一時預けることになった。
所有は尽のまま。
工房は勝手に試験できない。
尽が返却を求めれば、現在の封状態で返す。
ただし次の一潮、旅の記録写しを作る間だけ保管。
期限を札へ書き、尽も署名した。
戒指は本人携行。
低能灯との再接触禁止。
赤碧照明試験禁止。
発熱があれば時刻、場所、近くの術具を記録する。
報告が終わると、グランドーガは赤縁紹介状を見た。
「まだ行くか」
「今すぐではありません。星環文庫の返事も待ちます。でも、セレノ渡りの風法具工房と基礎教師には行きたいです」
「なら、次に出る前に計画を作り直せ。今回の間違いを、次は起きないと思うな」
「はい」
「同じ間違いだけ防いで、別の間違いをするのが人だ」
フェルがその言葉まで記録しようとした。
グランドーガは消させた。
「そこは記録しなくていい」
会議が終わり、尽は工房共同室へ戻った。
ティム、フィオ、バルクが順番に顔を出す。
「魔族の町はどうだった?」
「宿代が高かったです」
「そこ?」
「食べてはいけない緑茎がありました」
「ほかには」
「受付が多かったです」
三人とも、期待していた冒険談ではない顔をした。
尽は嘘をついていない。
霧顎も、境落ち資料も、リゼとの勝負も、順番に話せば長い。
先に寝台棚を確認し、置いていった私物が揃っているかを見る。
その間に、リゼの客札が発行された。
見学範囲は、共同作業場、低能実習台、完成品棚。
立入禁止は、炉心室、高熱鍛造床、図面庫、隔離庫。
術具へ触れる時は担当者の許可。
自分の魔力入力は禁止。
見学札は一潮。
「一潮だけ?」
「最初はな」とガルドが答える。「規則を守れば延ばせる」
「私、セレヌ門で職業補助札を取ったわ」
「ここでは別札だ」
リゼは言い返しかけ、やめた。
工房ごとに材料も責任者も違う。
同じ魔法でも許可が別だったことを、もう知っている。
見学の最初は、低能鉱石灯の停止手順だった。
ガルドが故障札を一枚置く。
〈灯りが断続。原因不明。焦げ臭なし。異音なし。〉
分解する前に何をするか。
リゼは答える。
「力源を切る」
「その前」
「使っている人を離す」
「その前」
彼女は考える。
「誰が止めるか確認する?」
「今はおまえが発見者だ。停止札を上げろ」
リゼは赤い停止札を上げる。
周囲へ知らせる。
使用者を離す。
担当者を呼ぶ。
力源を切る。
残光が消えるまで待つ。
そこまで終わって、初めて外装確認。
リゼは速かった。
一度順番を教わると、二回目は迷わない。
材料識別では、三つの銀色金属を間違えた。
一つは熱を逃がす薄銀。
一つは魔力を通しにくい灰銀。
一つは形を戻そうとする弾銀。
見た目だけでは、尽も全部は分からない。
重さ、音、曲げ戻り、低能検査片への反応を順に見る。
リゼは最初、指先で魔力を流そうとした。
ガルドが咳払いする。
手を引く。
支給検査片を使った。
「魔力を入れた方が早いのに」
「おまえの魔力へ反応したのか、材料の性質なのか分からなくなる」
「強さを一定にすれば」
「一定だと、誰が証明する」
リゼは昨日の保温箱を思い出したらしい。
「温度札と入力札を付ける」
「それなら、試験として申請できる」
完全否定ではない。
測れる条件を作れば、彼女の魔法も道具になる。
最後は、曲がった保護筒の修正だった。
低能灯の外側を守る筒で、術式は入っていない。
ガルドが材質を確認し、許可温度と形状見本を出す。
リゼは職業札を持たないため、単独作業ではない。
ガルドが入力上限札を監視し、尽が三角片で角度を測る。
リゼが低熱を細く当てる。
一回目。
戻りすぎる。
冷却後、まだ基準外。
二回目。
熱を半分にし、反対側を先に支える。
三角片の許容内へ入った。
「合格?」
リゼが聞く。
「冷えてから」とガルド。
冷却札が白へ戻る。
再測。
基準内。
今度こそ合格だった。
彼女は嬉しそうに笑った。
その笑顔は、勝負で十六点を取った時より素直だった。
工房見学の終わり、リゼは廊下の奥にある厚い扉へ目を向けた。
隔離庫。
扉には、赤、黄、黒の三枚札。
尽が旅へ持ち出さなかった薯片は、そこにある。
扉の外には、内容そのものではなく、保管状態だけを示す札があった。
封印数、変化なし。
庫内温度、基準内。
臭気、検出なし。
自発光、検出なし。
前回確認から、開庫なし。
個数と形状の詳しい内訳は、担当者用の内札にしか書かれていない。客札のリゼには見せない。
尽も外札だけを読む。
自分が持ち込んだ物でも、隔離契約中は一人で在庫確認できない。完全な薯片、欠片、粉、二枚の落下汚染片、包装袋は、それぞれ別容器のまま保管されている。
外札が示すのは、旅の間に誰も勝手に開けなかったということだった。
「あの中、何?」
「立入禁止だ」とガルド。
「札は読めるわ。何を入れているの?」
「未知高出力物」
「どのくらい?」
「答えない」
リゼは尽を見る。
尽は隠しても、後で余計に誤解されると思った。
「僕が地球から持ってきた菓子です」
「お菓子?」
「食べると、大きな魔力が出る可能性があります。その後、六時間くらい動けなくなりました」
リゼの目が輝く。
「食べてみたい」
「駄目です」
「一枚だけ」
「駄目です」
「半分」
「量と出力の関係も分かりません」
「端っこ」
ガルドが隔離扉の前へ立った。
「客札を返すか」
「食べないわよ」
返事が早かった。
「今日は」と小さく付け足す。
「今後もです」と尽。
隔離庫は開かなかった。
薯片も出さない。
匂いを嗅ぐ試験すらしない。
リゼは扉の前で腕を組み、しばらく考えていた。
「あなた、どうしてそんな物を持っているの?」
「電話亭へ入る前に、便利店で買いました」
「デンワボックス?」
「遠くの人と話す箱です」
「お菓子を食べる箱?」
「違います」
説明すればするほど、地球の電話亭と薯片が同じ仕組みに聞こえてしまう。
尽は諦めた。
「詳しくは、帰還記録の写しが終わってから話します」
リゼは不満そうだった。
それでも隔離扉へ触れなかった。
工房の規則を一潮守った。
客札は、次の一潮まで延長された。
旅名リゼ。
身分未照合。
共同作業場見学可。
隔離庫立入不可。
最後の一行は、前より太い字で書かれていた。




