第四十二話 荷物の重さに、家柄は入らない
氷風城行き商旅の荷物検査で、最初に止められたのはリゼだった。
理由は身分ではない。
荷物が多すぎた。
赤い旅行箱が三つ。
衣装袋が二つ。
硬い革箱が一つ。
小さな茶器箱。
寝具袋。
保存菓子の缶。
予備靴が四足。
尽の荷物は、工具袋と背負い袋だけである。
荷札係は秤の針を見た。
「旅客二名分を超えています」
「二名いるでしょう。私とオルド」
「オルドさんの分を含めて、箱二つ分超過」
「追加料金を払うわ」
「客車床の上限を超えるので、同じ便には載せられません」
リゼは秤を疑うように見た。
「この小さな箱が?」
茶器箱を持ち上げようとして、少し腕が下がる。
中身は銀器らしい。
オルドが静かに尋ねる。
「別送便は」
「二潮後の荷便。氷風城保管所受取。壊れ物は補償上限あり」
リゼは旅行箱を一つ開いた。
服が詰まっている。
同じ赤に見える外套が三着。
「どれを置いていけばいいの?」
「僕に聞いていますか」
尽は少し離れた検査線にいる。
「ほかに誰がいるのよ」
「全部、同じに見えます」
「襟が違うでしょう!」
近くの荷札係まで外套を見る。
違いが分からない顔だった。
リゼは一着ずつ説明した。
外歩き用。
訪問用。
食事用。
「商旅で食事する時は?」と尽が聞く。
「食事用」
「走行中も着替えるんですか」
「……着替えないわ」
食事用が別送箱へ移った。
予備靴は四足から二足。
寝具は商旅備付けを使う。
茶器箱は、リゼが最後まで譲らなかった。
代わりに保存菓子の缶を別送する。
「食べ物を置くんですか」
「茶器より重いもの」
「途中の食事は」
「買えばいいでしょう」
「炉環札は?」
リゼは昨日の報酬袋を見た。
平焼きパン六枚分。
氷風城までの食事すべてには足りない。
オルドが両替済みの札を出した。
リゼは少し悔しそうに受け取る。
全部を自力で賄えたわけではない。
だが、別送する箱の中身は自分で決めた。
荷物は上限へ収まった。
武器封印。
人員札。
客車番号。
全部を確認し、商旅は定刻にセレヌ門を出た。
尽は第二客車。
リゼとオルドは第四客車。
同じ便に乗っても、隣の席ではない。
最初の休止柵まで、顔を合わせなかった。
碧暮の森は、往路より少し明るい。
雲が薄く、碧曜の輪が木々の間に見える。
路杭は高い二音、低い一音。
異常なし。
鈴喰い鹿の群れもいない。
尽は膝を確認する。
腫れなし。
熱なし。
三角痛なし。
休止柵で降りると、リゼはすでに触導索の革輪を点検していた。
「ここは霧路じゃありません」と尽が言う。
「知っているわ」
「握るんですか」
「使わなくても、壊れていたら次の人が困るでしょう」
旧索路の講習が残っている。
彼女は革輪の一つに、切れかけた縫い糸を見つけた。
勝手に凍らせない。
自分で縫い直さない。
路守へ札番号を伝える。
担当者が予備輪へ交換し、古い輪を回収袋へ入れた。
「これでいい?」
リゼが尽を見る。
「僕は採点者ではありません」
「一言くらい褒めなさいよ」
「勝手に直さなかったのは、よかったと思います」
「子供扱いしてない?」
「生活術の子供たちも、同じことを習っていました」
「しているでしょう!」
怒鳴り声は、森まで届かない程度だった。
次の走行区間で、小さな子供が泣き始めた。
第三客車の人間の母親が、乳の入った瓶を抱えている。冷えすぎて、子供が飲まないらしい。
客車備付けの熱石は、御者の食事鐘まで使えない。個人の火術は、走行中は禁止。
次の休止柵へ着くと、母親は共同加熱台へ急いだ。
列には三人いる。
子供は泣いている。
リゼが近づいた。
「私が温めましょうか」
母親は、彼女の角と高そうな外套を見て戸惑う。
リゼは先に路守へ尋ねた。
「柵内の生活術区画で、低熱術を使っても?」
解除札を見せる。
路守は瓶の材質、内容、希望温度を確認するよう条件を出した。
リゼは母親へ聞く。
「何線まで?」
「第一線の少し上。熱いと飲まないんです」
「瓶は?」
「薄硝子。急に温めると割れます」
リゼは直接、瓶へ魔法を当てなかった。
水桶から椀へ水を取り、その水だけを少しずつ温める。瓶を浸し、母親に回してもらう。
温度札が第一線へ。
出力を落とす。
少し上。
止める。
瓶を取り出し、母親自身に腕の内側で確かめさせる。
子供は乳を飲んだ。
泣き声が止まる。
「ありがとう」と母親が言う。
リゼは一瞬、何を返せばよいか分からない顔をした。
「簡単よ」と答える。
今度の簡単は、強がりだけではなかった。
昨日の保温箱と安全講習を、そのまま使っている。
尽は何も言わなかった。
リゼが振り返る。
「何か言いなさいよ」
「ちょうどよかったです」
「それだけ?」
「温度が」
「私のことも!」
母親が笑った。
リゼは耳まで赤くなる。
商旅の食事は、黒い平焼きパンと豆煮だった。
リゼは最初、保存菓子を別送したことを後悔した顔をした。
それでもパンを食べる。
「硬い」
「汁へ浸します」
「最初から柔らかく作れないの?」
「長く持たなくなります」
彼女は豆煮へ浸した。
「味が豆になる」
「豆に浸したので」
「王都には、もっと気の利いた保存食があるわ」
「次は自分で持てる重さにしてください」
「菓子缶を置けと言ったの、あなたでしょう」
「茶器を置く選択もありました」
リゼは茶器箱を見る。
食事中、一度も開けていない。
「次の休止でお茶を飲むわ」
「意地ですか」
「活用よ」
二度目の休止柵で、本当に茶を淹れた。
銀の杯を三つ出す。
リゼ。
オルド。
尽。
「僕も?」
「重さを分けるの」
「飲んでも箱は軽くなりません」
「分かっているわよ!」
茶は香りが強く、少し甘かった。
平焼きパンにも合う。
保存菓子より茶器を選んだ理由が、少しだけ分かった。
黒枝休息所へ近づく頃、オルドの黒い伝書札が熱を持った。
彼は客車を離れず、封面だけを確認する。
リゼには、休止柵で内容を見せた。
尽は離れた水桶にいたため、文字は読めない。
伝書は王都からだった。
〈炉環中立域への匿名観察を追認。氷風城まで。赤縁諸邦への越境を禁ず。身分開示は安全、外交、法的責任が必要な場合に限る。帰還期日を次の二便以内とする。〉
リゼは最後まで読み、札を折った。
「何て?」と尽が尋ねる。
「旅の予定を、氷風城までにしろって」
「予定どおりでは?」
「その先へ行けないの」
「僕はその先へ行くと決めていません」
「赤縁へ行くって言ったでしょう」
「氷風城で相談してからです」
リゼは不満そうに碧曜を見る。
命令へ逆らうとは言わなかった。
旅名のまま動ける範囲が、氷風城までだと理解している。
黒枝の三重壁が見えた。
商旅は門前で列に並ぶ。
定刻より少し早い。
事故も襲撃もない。
荷物と人員を確認し、予定していた場所へ着く。
それだけで、一つの旅は十分に成功だった。
入城検査では、セレヌ門の出発札と二か所の休止印が照合された。
リゼの剣封印は切れていない。
尽の工具袋も、灰紐のまま。
乳瓶を温めた術については、休止柵の路守が〈生活術区画・許可済み・異常なし〉と記録している。リゼは説明を求められず、許可札だけを返した。
別送荷の受取証も確認された。
赤い旅行箱、衣装袋、保存菓子缶は二潮後に黒枝を通過し、氷風城保管所へ送られる。本人より遅く着く可能性がある。
「氷風城で着替えが足りない」とリゼが言う。
「外套は二着あります」
「二着しか、でしょう」
「僕は今着ている一着と、袋に一着です」
リゼは尽の服を見た。
「比較相手が悪かったわ」
黒枝での停留は一潮未満だった。
氷風城行き接続便は次の活動鐘。
炉環連絡所で途中宿泊印を受け、三根亭の寝台を取る。前に尽が泊まった工具棚付きの宿である。
宿主は尽を覚えていた。
「今度は赤と碧を間違えなかったか」
「碧から戻る途中です」
「隣の客は?」
リゼが答える。
「同行者よ」
「客車は別です」と尽。
「細かい!」
宿主は大部屋二床と、オルド用の一床を出した。
リゼは個室を求めかけ、壁の料金札を見る。
昨日自分で得た炉環札だけでは足りない。
「大部屋でいいわ」
今度は、オルドの財布を見る前に決めた。
夕食の皿には、あの半透明の緑茎が載っていた。
リゼが箸棒で持ち上げる。
「これは何?」
「食べないでください」
「また苦い葉?」
「舌が二潮しびれる飾りです」
彼女はすぐ皿の端へ戻した。
「先に聞いてよかったわ」
尽も頷いた。
二人とも、少しは黒枝のやり方を覚えていた。
尽は地図の黒線を折り畳み、碧線の上へ指を置いた。
次は黒枝から氷風城。
リゼは隣で、使わなかった食事用外套の別送札を眺めている。
家柄は荷重に入らない。
けれど、置いてきた服の数は、きちんと別送料へ入っていた。




