第四十一話 勝負の次は、同じ寸法
氷風城行きの出発まで、あと二潮。
尽は連絡所の仕事壁で、半潮の札を探した。
帰路切符は買ってある。
宿代も払った。
それでも予備金は多い方がいい。
膝が腫れれば診療費が要る。荷が破れれば袋を買う。氷風城へ着いてからも、働ける日まで食べなければならない。
仕事壁には、昨日までなかった札がある。
〈生活術練習場・旅用保温箱十二個。部材計測、組立補助、低熱成形。二名。〉
昨日の勝負で使った箱を、そのまま商品にするわけではない。
寒い商路で薬湯や乳を運ぶため、練習場が以前から試作していた道具だという。昨日の二つは、外気変化と残力の記録が揃ったため、標準形を決める参考になった。
役割は二つに分かれている。
計測と組立。
低熱成形と封止。
尽は前者へ申し込んだ。
受付係が弟子札と昨日の採点記録を確認する。
「低熱成形はできないね」
「できません」
「組立は監督付き。刃物は練習場支給。自分の工具を使う場合は封紐開記録」
「支給品を使います」
灰紐の工具袋を開ける必要はない。
契約へ署名すると、隣から赤い袖が伸びた。
リゼがもう一枚の札を取っている。
「あなたも?」
「低熱成形ならできるわ」
受付係は、旅札と安全講習の解除札を求めた。
リゼは得意げに出す。
「昨日、一度で合格したの」
「当地の職業術札は?」
得意げな顔が止まった。
「何、それ」
「仕事として熱術を使う許可。生活術の解除札とは別」
「同じ魔法でしょう」
「同じ魔法でも、他人へ渡す品を作れば責任が違う」
リゼはオルドを見なかった。
自分で尋ねる。
「どうすれば取れるの?」
「今回は一日補助札を出せる。監督者の出力上限に従う。完成品へあなたの番号を残す。検査で不良なら、報酬から再加工分を引く」
「いいわ」
「説明はまだ終わっていない」
リゼは黙った。
熱石の封を破れば契約終了。
自分の魔力は、鉄板成形にだけ使える。
保温箱の運用熱へは足せない。
成形後、温度が基準まで下がる前に次工程へ渡さない。
不明な材質には術を使わない。
事故時の停止権は監督者、本人、次工程担当の三者にある。
全部を聞いてから、リゼは署名した。
報酬は尽と同額ではない。
成形には技能札が要る分、少し高い。
ただし二人の枠は最初から別で、リゼが入ったせいで尽の仕事が減るわけではない。
練習場の作業台には、十二組の部材が並べられていた。
鉄の内箱。
樹皮の外板。
乾燥苔布。
開閉板。
取っ手。
熱石を固定する小枠。
昨日と違うのは、形を一つに揃えることだった。
勝負では、二つ作れば終わる。
道具として配るなら、十二個の蓋が別の箱にも合い、壊れた開閉板を交換できなければならない。
監督者エルナは、完成見本を一つだけ置いた。
「同じように作る、では駄目。どこを同じにするか、先に決める」
尽は内箱の幅、高さ、蓋受け、熱石枠の位置を測った。
全部を書き写すのは遅い。
薄い木板へ基準幅の切れ込みを入れる。入れば下限以上。別の切れ込みへ入らなければ上限以下。
通る、通らないで判定する簡易量規。
高さには、段差を二つ付けた棒。
蓋受けには、角度を比べる三角片。
「数字を読まないの?」
リゼが覗き込む。
「全部測るより速いです。外れた物だけ数字を測ります」
「雑じゃない?」
「許される幅の中なら、同じ部品が入ります」
「ぴったり同じ方が綺麗よ」
「十二個全部をぴったり同じにできますか」
「できるわ」
リゼは鉄板へ手を伸ばした。
エルナが止める。
「先に一枚。成形後に量規へ通す。見本と同じ、ではなく、許容内を作る」
リゼは不満そうだった。
それでも一枚だけ受け取る。
指先へ細い青光。
曲げ線の外を冷やし、内側を低く温める。
昨日より光が弱い。
鉄板は静かに折れた。
尽が量規を当てる。
幅、下限を通る。
上限は通らない。
高さも二段の間。
蓋受け角度は、三角片よりわずかに狭い。
「ここだけ戻します」
尽が黄色い印を付ける。
リゼは指で押そうとした。
「冷却待ち」とエルナ。
「少しだけよ」
「少しでも温度札が青線へ戻ってから」
リゼは手を引く。
待っている間に、二枚目へ移った。
今度は蓋受けが一度で合う。
三枚目。
四枚目。
成形は速い。
だが五枚目で、幅が下限より狭くなった。
リゼは首を傾げる。
「同じようにしたのに」
尽は鉄板の端を見た。
厚みが、ほかより少し薄い。
材料札には同じ等級とあるが、完全に同じではない。
「冷やす時間を同じにしても、薄い板は先に固くなります」
「じゃあ毎回、厚みを測るの?」
「下限に近い物だけ分けます」
尽は板の端を挟む小さな隙間量規を追加した。
薄板には黒点。
標準板には白点。
リゼは六枚目から、黒点の板だけ冷気を一呼吸短くした。
十二枚のうち、再加工は二枚。
廃棄は零。
次は組立だった。
尽は内箱と外板の間へ苔布を入れ、空気層を潰さないよう四隅だけ固定する。リゼは成形温度が下がった部材へ封止用の低熱を当てる。
一個目は、蓋が少し重い。
二個目は、取っ手が傾く。
三個目で、手順が揃った。
尽が部材を量規へ通す。
リゼが成形。
冷却棚へ番号順に置く。
尽が苔布と外板を組む。
リゼが封止。
エルナが熱漏れ札を確認する。
四個目からは、言葉が減った。
「黒点」
「一呼吸短く」
「蓋受け、黄」
「戻す」
「冷却待ち」
「分かっているわ」
十二個が並んだ。
完成検査では、三個が最初の基準から外れた。
一個は熱石枠の位置が高い。
一個は苔布が取っ手下へ寄っている。
一個は封止線が厚く、交換時に削りにくい。
担当番号を確認する。
尽の組立だけが原因の物、一つ。
リゼの成形だけが原因の物、一つ。
両方の順番が合わず生じた物、一つ。
責任は分けて記録された。
三個とも再加工で基準内へ戻る。
検査は、それで終わらなかった。
十二個の蓋を外し、隣の番号の箱へ一つずつ移す。
一番の蓋を二番へ。
二番を三番へ。
最後の十二番を一番へ。
自分の箱にだけ合う蓋では、交換部品にならない。
十個はそのまま閉じた。
八番の蓋は十一番で重く、十二番の蓋は一番でわずかに浮いた。
どちらも個別の幅は量規内だった。
原因は蓋受け四隅の高さ差だった。正面だけ測れば合うが、斜めに置くと一角が先に当たる。
尽は三角片を四隅へ当てる順番を検査札へ追加した。
リゼは二つの蓋受けへ最低限の低熱を入れ、エルナが冷却後に再測する。
今度は十二個すべてが隣の箱へ閉じた。
さらに三個を無作為に選び、同量の湯を入れる。
第三線から半鐘。
温度低下は三個とも許容内。
一つだけ取っ手が他より少し温かいが、第一線以下だった。合格としつつ、苔布位置を次回製作で確認する注意札が残る。
「合格なのに、注意を書くの?」
「今は使える。でも次も同じずれが出たら、偶然じゃない」とエルナが答えた。
完成は、欠点が一つもないという意味ではない。
使える範囲と、次に見る場所が分かったという意味だった。
報酬からの控除は、少額だった。
「全部合格じゃないのね」
リゼが十二個を見る。
「十二個作ったので」と尽が答える。
「二個なら負けなかったわ」
「仕事は十二個です」
「分かっているわよ」
彼女は自分の作業番号が刻まれた箱を、一つずつ指でなぞった。
勝負の一点は、もう口にしなかった。
報酬も自分で受け取る。
王都金貨ではない。
セレヌ門で使える小さな炉環札だった。
「これで何が買えるの?」
「平焼きパンなら、たぶん六枚」
「半潮働いて?」
「はい」
リゼは札を見つめる。
「王都の菓子、一つより安いわ」
「誰かが半潮働いたくらいの値段を、一口で食べていたんですね」
「言い方!」
それでも彼女は札をオルドへ渡さず、自分の小袋へ入れた。
出発前の診療で、尽の膝は基準内だった。
長距離座位可。
一鐘ごとの確認。
走行禁止。
荷積み禁止。
条件は変わらない。
星環文庫からは、受理通知だけが届いた。
〈照会番号確認。資料所在の照合を開始。回答見込、十潮以後。通行許可を意味せず。〉
新しい情報はない。
尽は通知の写しを氷風城へ送り、原札を防水袋へ入れた。
工具袋の灰紐。
白頁の封番号。
止まった腕時計。
紹介状。
旅札。
帰路切符。
一つずつ確認する。
出発鐘の前、商旅厅の掲示板には予定どおり書かれていた。
〈氷風城行き、定刻〉
黄色い延期札はない。
尽は、その普通の二文字に少し安心した。
定刻。
旅は、何も壊れなくても始められる。




