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第二百十八話 床下の梯子

セレーネは昨夜の測温板を二枚、朝食の盆の横へ置いた。保存室の箱の外側と、同じ棚の空いた場所。遠雷が聞こえた時、彼女が見た目盛りはほぼ同じだった。しばらくしても差は開いていない。


「塔の記録には、蓋の内側が温かいとあったよね」


 尽が聞く。セレーネは頷く。今回は封を開けず、箱の外だけを測った。中の端片がどうだったかは読めない。尽の指輪は尾根で熱くなったが、保存箱へ同じ反応があったとは言えなかった。


 ペペがパンを半分に割り、「箱まで連れて行かなくてよかったな」と言う。尽は自分の盆に残った干し果物を見た。昨日の石片と取り違えた布は、もう石工の袋にある。指輪の熱が完全に引くまで待ってから、彼は首紐を結び直した。


 石工の用事は二つあった。北口の上から落ちた石と、作業座の天井のくぼみを照合すること。もう一つは、格子から三枚目の敷石の下に見えた銅の蓋だ。古い工事図には、その場所が白く抜かれている。記入を忘れたのか、後から穴を作ったのか。図だけでは分からない。


 前日の雷から一晩、東路の羽根、西口の紙、石切場の短冊は普段の向きへ戻っていた。北の空も明るい。ナディアは下段の入口を開ける前に、三か所へ森守を置いた。昨日の雷で石がさらに動いた可能性がある。石工が小部屋の木組みと格子の右肩を先に確かめた。


 奥の通路へ入ると、第三の敷石はまだ低い音で返った。石工は硬い縁へ二本の支えを入れ、板を渡す。敷石の中央には乗らない。薄い鉤で端を起こすと、板石の下に小さな空洞が現れた。銅の蓋は、そこに伏せてある。


「宝箱なら、昨日の方が先着だぞ」


 ペペが覗き、リゼッタに後ろへ引かれた。彼は床の白線から外れていないと言い張るが、靴の先が一本、線を踏んでいる。尽は灯を下げた。蓋には輪の取っ手と〈下層点検〉の字。錠はなく、周囲に砂が詰まっているだけだった。


 石工が砂を刷毛で払い、銅の蓋を起こす。下から冷たい空気が上がった。穴は人の肩より少し狭く、岩へ打ち込んだ鉄の梯子が続いている。鏡に映る段は七つ。その先で壁が奥へ引っ込み、灯の光が横へ広がった。


「昨日の板は、落ちたら危なかったな」


 尽の声に、石工は答えず、七段の錆を一つずつ見た。四段目は表面が薄く剥がれている。そこは足を掛けない。梯子の両脇の岩へ別の縄を下ろし、板橋の時と同じ砂袋を吊って荷重を確かめた。石が鳴る音はしない。石工はそれでも一人ずつと決めた。


 最初に降りるのは石工。腰の縄をペペとナディアが持つ。四段目を飛ばす時、彼は腕で体を支え、すぐ下の段へ足を移した。七つ目で姿が灯の外へ消え、下から「足場がある」と声が返る。狭い踊り場だ。二人目の尽が続き、リゼッタは上で灯と伝声を受ける。


 尽は四段目の錆を見た。蹴り飛ばして試したくなる形だが、触れずに越える。下へ降りると、踊り場には人二人分の平らな石が残っていた。壁へ古い手すりが打たれ、右には格子の奥から続く石管の裏面が見える。正面の暗い口へ、普段の風が吸われていた。


 手すりの下には、縄で擦ったような浅い筋が三本ある。石工は指先の泥を布へ拭い、筋の端を灯で追った。いずれも暗い口の方へ向かい、途中で消える。昔の番人が測る物を下ろした跡かもしれないが、縄そのものは残っていない。尽は近くの床へ膝をつき、角の石が欠けていないことを確かめてから立った。


 石工は手すりを引かず、足元の砂を指でなぞった。水の跡はない。奥の口は人工の石積みで縁取られているが、二歩ほど先で自然の黒い岩へ変わる。昨日、北口の羽板を開いた時、灯が届かなかったのはこの曲がりのせいだろう。


 左側には細い格子があった。向こうで縦に広がる闇へ、一本の白い糸が下がっている。上の点検口を見張るリュオが、確認のため風井へ入れた糸だ。尽が伝声で位置を知らせると、リュオが糸を一寸だけ上げた。目の前の白が同じだけ動く。


「つながってる」


 尽は声に出した。杉の下の風井から降ろした糸と、石切場の床下から見える糸が、同じ縦穴にいる。今まで図の上で近づけていた線が、ここで目の前に交わった。


 指輪が温かい。尽は胸元へ触れ、リゼッタへ伝声で知らせた。彼女は上から「今、どの段?」と返す。尽が踊り場だと言うと、少し間が空いて、「そこから先へ行かないで」と続いた。彼は正面の暗い口から目を離し、床へ置いた灯を持ち上げた。


 地球の社で、古い宮司から指輪を受け取った時のことが一瞬浮かぶ。あの夜も雷があった。今いるのは、二つの陽の下に築かれた点検路だ。尽は首紐を引き出さず、温かさだけを伝声石にもう一度告げた。リゼッタは短く「聞いた」と答える。上では誰かが縄を少し巻き、背中に掛かる重さが軽くなった。


   *


 上へ戻る時は、尽が先だった。四段目を飛ばす動きが思ったより窮屈で、頭を銅の蓋の縁へぶつけかける。ペペの「右!」という声で身を縮め、泥を袖で拭いてから外へ出た。石工も戻り、蓋と敷石を仮に閉じる。次に開くなら梯子の四段目を補わなければならない。


 ペペは尽の袖を見て、自分の上着から布を一枚裂こうとした。リゼッタが「それは包帯用」と止める。代わりに濡れた手拭いを渡され、尽は額についた土埃を拭いた。皆が下をのぞいている間、ペペは地上へ続く敷石の白線を踏まずに、二度往復していたらしい。靴の裏だけ妙にきれいだった。


 北口の石片を天井のくぼみへ当てる試しは、今日はしなかった。昇り降りで砂が少し落ち、石工が割れの線を新しく写したからだ。誰かが下にいる間、頭上の岩を叩く理由はない。ナディアは二つ目の仕事を延期し、入口を元どおり塞いだ。


 学院の地図室で、ユーノは風井の十五尺の横穴へ、新しい踊り場を描き入れた。石切場の北口から入り、作業座の床下を通る小さな点検路。左の格子で風井の縦穴を見られる。正面は自然の岩へ続くが、そこを歩ける道かどうかは分からない。


 セレーネは二枚の測温板を棚へ戻し、尽から踊り場の話を聞いた。彼が見たのは、糸が動くところまでだ。地底の先を想像し始めたペペは、四段目の錆を描いた紙を渡され、黙って梯子の寸法を書き写した。


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