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第二百十七話 北口の重り

石工が持って来た板橋は、人が一歩だけ乗れる長さだった。ペペが「短いな」と言うと、石工は作業座の図に板を置いた。下が空いた敷石をまたぎ、両端を硬い岩へ預ける。曲がり角の先まで橋を延ばせば、細い縁へ重さが掛かる。


「ここで止まって、道具だけを伸ばす」


 石工が橋の先を指した。鎖の下の石片を引き出す前に、羽板の縁へ縄を掛けて動きを受ける。手の届かない奥へ石が落ちたら、追わない。ナディアはこの順を全員に言わせた。ペペだけ「追わない」を二度繰り返し、リゼッタに見られて口を閉じる。


 外では青黒い雲が北の尾根に薄く伸びていた。まだ遠いが、午後には掛かるかもしれない。午前のうちに終わらなければ引き返す。東路の羽根、西口の紙、石切場の短冊は普段の向きを示し、二つの陽の影も台座で交わらない。


 尽は弁当を小さな包みに入れ直した。昨日、内側で首紐を岩へ引っ掛けないよう服へしまった。今日は指輪が冷たいうちから、紐を胸元で二重に結ぶ。セレーネが送ってくれた伝声石は、ナディアの腰にある。学院の保存箱は棚から動かしていない。


   *


 石切場の下段へ着くと、リュオが外の短冊を替えた。雨で波打った紙は、風の向きが少し変わるだけでも絡む。新しい紙を長い糸へ結び、森守の見張り台から読める高さに吊す。石工は外側の詰め石を一枚外し、小部屋の木組みを確かめた。格子との隙間は昨日のままだ。


 内側へ入るのは石工、尽、リゼッタ。ナディアとペペは格子の外で二本の縄を持ち、ユーノが尾根で三か所の見張りと繋がる。昨日見つけた三枚目と曲がり角の空洞を避け、板橋を置いた。石工が砂袋を一つ、二つ載せる。橋の端は滑らない。


 尽が灯を持ち、リゼッタが長い鉤を石工へ渡した。鎖の輪に縄を通すまで、誰も石片に触れない。細い鏡で見ると、石片は下から鎖を持ち上げ、羽板を半開きにしていた。石工が鉤を差すと、石は一度動いたが、縁が重りの下へ引っ掛かって抜けない。


「もう少し押せば?」


 尽が言いかける。石工は首を振った。押せば暗い穴へ落ちる。彼は鉤を寝かせ、石の手前を持ち上げてから、布を巻いた輪へ寄せた。リゼッタは灯を横へ移し、石の影が見えるようにした。


 格子の外からペペが縄を引く。最初は指一本分。次に、もう半分。石片が鎖の下を抜け、布の輪に収まった途端、重りが下がった。


 羽板が音を立てて奥へ開く。縄を持つナディアとペペが踏ん張り、板が穴の縁を打つ前に止めた。小部屋の短冊が一瞬だけ強く奥へ引かれる。尽は灯を守るため手首を内側へ返し、リゼッタが彼の肩を板橋の手前へ押した。橋は揺れない。石工も足を戻し、三人とも曲がり角の安全な敷石に立つ。


「石は?」


「こっちにある」


 ペペが布の輪を格子の外まで引いた。灰色の石片は拳より小さい。天井と同じ岩に見えるが、どの日に落ちたかは分からない。保存するため包み、道具袋の底へ入れた。


 石工は灯を上へ向けた。作業座の天井には石片が抜けた形の浅いくぼみがある。縁に細い割れは残るが、指で触って確かめられる高さではない。次に中へ入る時は、この上にも支えが要る。ペペは布の包みに「北口の上」と書き、昨日の敷石の石屑と混ざらないよう袋を分けた。


 石工は羽板を縄で少しだけ閉じ、手を離した。板はゆっくり元の開いた位置へ戻る。二度目も同じだった。少なくとも重りと鎖は、途中で引っ掛からず動く。北口の丸い穴は今、風を奥へ通している。


 その奥を灯で照らしても、岩肌が斜めに下る所までしか見えなかった。尽の指輪は温かい。昨日より強い気もするが、彼らの立つ位置と羽板の開きが変わっている。ユーノの板には、比べた数字を入れる欄がない。尽は温かさを伝え、石工と一緒に引き返した。


   *


 外へ戻ると、北の雲は尾根の上端へ触れていた。ナディアは詰め石を戻し、全員を上の見張り場まで退かせた。遅い昼食になったが、ペペは石片の包みを弁当と間違えて開けそうになり、リゼッタに取り上げられる。


「同じ布にしたの、誰だよ」


「自分で包んだでしょう」


 尽は笑いながらパンをかじった。石切場の短冊は、作業前より少し強く奥へ傾いている。東路の羽根と西口の紙は変わらない。北口を広く開いた分、ここから入る風が増えたように見える。ただ、日が上がり、森の風も変わっている。今日の一度だけで量を決めることはできない。


 最初の雷は、食べ終える頃に鳴った。尾根の向こうから届いた低い音に、皆が同時に石切場を見た。短冊が岩へ貼り付き、ふっと垂れる。以前の雷の日には外へ翻った紙が、今日は長く外を向かない。遠くの内側で、木を叩くような一音がした。


「紙が濡れて重いだけじゃ?」


 ペペが言う。リュオは見張り台から糸を少し引いて放した。短冊は石に貼り付かず、弱い風に揺れる。尾根の木の葉が横へ流れた時にも、紙の先は外へ伸びなかった。ペペは遠眼鏡を下ろし、口の中で数を数える。昨日の逆流なら、とっくに紙が裏返っていた長さだ。


 東路の伝声は少し遅れて届いた。二段目の紙が内へ引かれ、西の逃がし口でも落葉が枠へ寄った。雷の後の逆流は残っている。ナディアは石切場の短冊を見つめ、リュオへ伝声で確かめさせた。風向きの違いは見える。北口の羽板が閉じたかどうかは、塞いだ石の外から直接見えない。


 尽の胸元が熱くなる。彼は指輪を服の上から押さえ、ユーノに時刻を告げた。次の雷を待つために、石切場の下段へ戻る者はいない。雲は低くなり、森守は三か所の閉鎖線をもう一度確かめた。


 夕方、逆流が収まっても、ナディアは東路を開かなかった。北口の石片を抜いた後、石切場の外向きの風が弱まったことは確かめられた。深い風井から西口と石段へ向かう風は、まだ変わる。格子の右肩を直す仕事も残る。ペペは新しい短冊の端へ今日の日付を書き、明日の観察用に、同じ長さの紙をもう一本切った。

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