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第二百十四話 銀の羽根が指す方

翌朝の工作室では、ペペが銀の羽根を描いた紙を逆さに持っていた。


「これ、こっちが風上じゃないのか」


「それだと軸が抜けるよ」


 ユーノが小さな模型を回して見せる。保存室の予備片は持ち出していない。透明な小板の目盛りを写し、別の薄板と新しい銅軸で同じ大きさの羽根を作る。古い品を屋外で回すより、まず見張りに使える形を試すためだ。


 ペペの最初の羽根は厚すぎた。リゼッタが息を吹いても動かず、尽が少し風を足すと、今度は軸ごと台から外れた。床を滑った羽根を拾い上げたペペは、「俺の仕事を正直に評価した」と言って削り直す。午後には、ユーノの弱い息でも先が向きを変えるようになった。


 保存担当が新旧二枚を並べた。古い羽根の根元に刻まれた線は、風の強さの目盛りではなく、軸を正しい角度で付けるための目印だった。ペペは朝の自分の絵を丸めかけ、ユーノに止められた。間違えた向きも、次に組む人には役に立つ。


 隣の机で課題をしていたミオが、試しに紙扇で横から風を送った。羽根は横へ向くが、台に結んだ細い短冊はほとんど動かない。尽が台の下から風を当てると、短冊だけが立ち上がった。二人の風を一緒にすると、羽根は迷うように揺れる。


「山でもこうなるね」


 ミオが扇を止める。森の上の風と石の割れ目から出る風は別だ。羽根がきれいに回っただけで、地下の向きまで読めたと思ってはいけない。ペペは台の短冊をもう一本増やし、紙の先が互いに触れない位置へ結び直した。


 東路三番の石柱は、閉鎖線の向こうに見える。だが二段目の割れ目は手前にある。ナディアは元の標へ部品を取り付ける案を退けた。代わりに安全な見張り台へ細い支柱を立て、長い横木の先に新しい羽根を吊す。横木は割れ目の上まで届かず、見張り台からでも先が読める位置だ。石工が地面を確かめ、森守が支柱の綱を二方向へ張った。


「ここで測る風が、二段目と同じとは限らない」


 ユーノが注意を添える。見張り台の高さでは木々の間の風も受ける。そこで二段目の紙片と新しい羽根を同時に見て、向きが違う時は紙片の方を優先することにした。古い標を直したつもりになるための道具ではない。


 昼の赤い陽が森の上へ来ると、羽根は谷側を向いた。二段目の紙も、割れ目から外へ弱く揺れる。ペペは遠眼鏡をのぞき、「読める」と言ってすぐリゼッタへ渡した。彼女が目を当てると、透明な板の線が光を拾い、羽根の角度を白い空に浮かべていた。


「やっと働いた」


「俺の削った方だけな」


 ペペは保存室の箱へ向かって小さく頭を下げる。尽の指輪は冷たいままだ。二つの陽の影も台座で交わらず、鐘小屋から音は来ない。ナディアはこの穏やかな時間に限って、石切場の外側を調べる許可を出した。先の雷で詰め石が動いていないか、近くから確かめるためだ。


   *


 北の棚へ上がる道は乾きかけていた。昨日、箱を持ち帰った荷置き台のそばを通ると、ペペは甲虫のいた石をちらりと見た。今日は何もいない。石工が先に下段へ降り、白い詰め石の周囲を叩く。音は前と変わらず、浮いた留め具も木枠に支えられている。


 ナディアは森守を尾根の上に残し、石工に下側の一枚だけを外してもらった。外側の小部屋へ入るのは、石工とナディア、尽、ユーノの四人。リゼッタとペペは入口で伝声を受け持つ。石切場の短冊はゆっくり奥へ吸われ、天気も崩れる気配がない。それでも縄の端は外に結んだままだ。


 小部屋の床は乾き、敷石に新しい亀裂もない。鉄格子の向こうへ灯をかざすと、奥の岩道は前と同じ暗さだった。ユーノは三枚の銅板ではなく、格子の下を見た。前回置いた小さな印の隣に、丸い頭の釘がまだある。


「これ、動いてないね」


 尽が頷く。風で転がらなかっただけかもしれない。ユーノが灯を少し高くすると、別のものが見えた。格子の右側、岩へ差し込まれた太い留め棒の下に、赤茶色の細かな粉が落ちている。格子の縦棒には、指一本分ほどの新しい擦れ跡もあった。


 石工が長い鏡で留め棒の裏をのぞく。棒は抜けていない。だが格子の右上が、左よりわずかに外側へ傾いていた。雷の日に動いたかどうかは分からない。以前ここへ入った時、彼らは留め棒の位置を測っていなかった。


 ナディアが手を上げ、全員の足を止めた。奥から、鉄を指で弾いたような小さな音がした。格子が見て分かるほど動いたわけではない。けれど右の留め棒の下で、赤茶色の粉が一粒、敷石へ落ちる。石工は鏡を引き、長い柄を畳まずに出口へ向けた。


 小部屋の外からは、リゼッタが四人の顔を順に確かめていた。ペペは手にした縄を引き締める。合図があればすぐ引けるようにしているのだが、緊張して結び目を余計に一つ作り、リゼッタにほどかれた。


「閉まってはいる。でも、ここへ体を預けるな」


 石工の声が小部屋に響いた。尽は格子から一歩離れる。奥を知りたい気持ちと、今この鉄を押して確かめてはいけないことは両方ある。指輪は少し温かくなったが、それを理由に近づくつもりはなかった。


 出口からペペが「雷?」と聞いた。空に音はない。ユーノは留め棒と粉の位置を紙へ写し、今の短冊の向きも添える。粉を採ることはできたが、石工は先に全員を外へ戻した。鉄格子がどちらへどれだけ動くのか分からないうちは、小部屋に長く留まらない。


 外で一枚の詰め石を元へ戻す間、ナディアが伝声石を握った。東路の羽根は谷側を向いたまま、紙片も外へ揺れている。西の木枠にも変化はない。格子の傾きと今日の風を、同じ原因にする根拠はなかった。


 ユーノは小部屋で聞いた音の時刻を、東路と西口の報告の間へ書いた。両方の見張りに目立った変化はなく、空にも雷はない。音が風の押し引きだったのか、錆びた金具が自分の重みでずれたのかは分からない。石工は紙に描いた右上の留め棒へ丸を付け、次に外から測る箇所を一つに絞った。


「次は、外から支える図を作る。格子の奥へは行かない」


 石工が木枠に残る隙間を測り、ナディアが頷いた。帰り際、ペペは小部屋の入口を振り返る。昨日見つけた銀の羽根は、まだ箱の中だ。代わりに作った軽い羽根が、離れた見張り台で風を受けている。今はその向きを見失わないことが、奥へ進むより先だった。

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